愚者の月

@mayclub

第1話 兄の事情・1

 朝の食卓の風景。

 オレはいつものように、妹と自分の二人分の朝飯を作って、まだ寝起きでボーっとしてる咲夜を急かしている。


「ほら、さっさと食べちゃえよ。今日のスクランブルエッグ、結構いい出来だぜ」


「……うっさい」


 低血圧の妹は、不機嫌そうなジト目で、オレを睨みつける。


 へいへい、そーですか。ああ、ちなみにうちの両親は揃って海外赴任中で、今この家はオレとコイツの二人暮らしだ。


 家事一切を何もしない暴君のような妹のために、健気なオレは毎日シンデレラのようにこき使われているのである。


「ちょっと」


 さっきから目の前の食事をぼんやり眺めていた咲夜が、


「早く、食べさせてよ」


「……はい?」


 な、なに言ってんだ、コイツ……。


「昨日、アタシのお風呂覗いたでしょ。その罰よ」


「って、おいぃぃ! ちょっと待て、あれはオマエがボディソープ切れたからって持ってこさせたんじゃねぇかっ」


「はいはい、見苦しい言い訳はもういいから」


「いやっ、全然言い訳じゃねぇよ! 100パー、オマエの言いがかりだろーがっ」


「フン。それにこの前も、アタシの下着いじってニヤついてたし」


「いやっ、フツーに洗濯物取り込んでただけだっつーの! 変な脚色すんじゃねえっ」


「いいから。は・や・く」


 問答無用に目を据わらせて、咲夜が睨みつけてくる。


(……うう)


 こうなったら、もうしょうがねえ……。

 オレは妹の理不尽な要求に唯々諾々と従って、お口を開けて『はい、あーん』というこっぱずかしい羞恥プレイをやらされるのだった。


 咲夜は勝ち誇ったようにほくそ笑んで、オレを見上げている。しかもその小悪魔な笑顔が、やたらと艶っぽかったりしやがるんだ、こン畜生!


 と、その時。


「おはよう、コウくん」


 朗らかな澄んだ声音が、背後に響いた。


 オレは最高にバツの悪い気まずさを堪えつつ、ゆっくりと振り向く。


「おう、おはよ。……ユカリ」


 目の前には、屈託なく微笑む幼馴染みの少女が佇んでいる。


「いや、オマエ……いつからそこにいたんだ?」


(ってか、オレと妹の悶絶ものの羞恥プレイの一部始終が、すべてモニタリングされていたりとか……)


 ヒクヒクと顔を引き攣らせるオレに、


「ん、どうかしたの? コウくん」


 軽く小首を傾げ、


「わたしは今来たとこだよ?」


 ユカリは何事もなかったように、涼しげに微笑んでいる。


 いや、むしろその菩薩のような笑顔が怖すぎるのだが……。


 そんな彼女を、咲夜は不機嫌そうなジト目で睨みつけている。

 一方、ユカリは笑顔のまま黙殺スルー。


(いや、オレの妹と幼馴染みが、ガチで修羅場すぎるのだが……)


 ひと言も言葉を交わさないふたりの間で、

 オレは身の置き所もなく……

 気まずい沈黙の泥沼に沈んでいくのだった。




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