暴走機関者
湖城マコト
X機関
穏やかな昼下がり。繁華街の路地裏は騒然としていた。
警視庁と書かれたホログラムの規制線の外には、何事かと多くの野次馬が集まっているが、ホログラムによって規制線の内部は目隠しされており、様子を伺い知ることは出来ない。
規制線の中では二人の捜査官が、遺体の横たわる血だまりを見下ろしていた。
「酷いですね」
「どうりで俺らに声がかかるわけだ」
眉一つ動かさず、無表情で遺体を観察する
殺害されたのは女性である可能性が高い。断定できないのは、ボロボロになった花柄のブラウスなどの特徴から推測しているためだ。遺体は全身を噛み千切られ、人相や身体的特徴を確認することさえ難しい。まるで野生動物の集団に襲われたかのような状況だが、ここは都心部の白昼の繁華街だ。そのような獣害が起きる可能性は低い。
「金属反応が出ました」
鑑識からの報告は予想通りだった。そうでなければ二人が今回の現場に派遣されることはない。
「機関獣の仕業で間違いなさそうですね」
「今のところ周辺でそれらしき目撃情報は聞こえてこない。野良ではないかもしれないな」
「機関者の指揮下ですか。厄介ですね」
2050年代。科学技術が発展する中、人類は突如として出現した未知の機械生命体「X
X機関は主に、既存の獣や神話の怪物の姿に似た
金属反応と無数の噛み傷を伴った遺体、複数個体の機関獣による凶行を裏付ける一方で、白昼の繁華街でその姿は一切確認されていない。野良の機関獣ではなく、指揮官たる機関者によって統率され、姿を晦ませたものだと考えられる。
「そういえば歌占は、機関者絡みの事案は初めてだったな」
「はい。とても貴重な経験が出来そうです」
「向上心があるのは結構だが、被害者の前で不謹慎だ」
「そうでしょうか? 結果は変えられませんが、この経験は未来へと繋がるものでしょう?」
不思議そうに小首を傾げる音音を前に、一矢は直ぐには二の句を告げなかった。音音は配属されてまだ一月の新人だが、感情が希薄で、言葉を選ばずに言うならば冷淡な印象を受ける。失われた命は戻らない。この経験を今後に生かすという音音の言葉は正しいが、一矢は目の前の遺体をすぐさま、結果とまでは割り切ることは出来なかった。
「
『全て確認したけど、どの映像にも機関獣および機関者らしき姿は確認できなかった。監視用ドローンで周辺もリアルタイムで監視してるけど、目立った動きはないね。犯行現場は完全にカメラの死角だし、全て計算ずくなのかも』
「分かりました。周辺の往来も確認したいので、私にも監視カメラの映像を送っていただけますか?」
『了解。準備が整い次第、送信するね』
音音は本部で情報分析をしている三井寺
「殺戮が目的なら、繁華街に機関獣を放てばいい。そうしなかった以上、何か個人を殺害する理由があったということになりますよね」
「こういったケースで最も多いのは、機関者が人間に擬態する際の障害となった場合だ。運悪く擬態の瞬間を目撃してしまったか、あるいは擬態先の関係者か」
機関者は人間を殺害し、その皮を奪って擬態する。その際に生前の情報を全て機械の体にインストールすると考えられているが、擬態が完璧ではなく、周辺の人間が違和感を覚え、正体の発覚に繋がったケースも存在する。目撃者は言わずもがな、身近な人間に気づかれてしまう可能性を機関者も学習しているようで、近年は機関者が擬態先の家族を全員殺害し、正体の発覚を遅らせようとするケースが増えている。かなり荒っぽい方法だが、機関者の作戦は短期決戦が多く、正体の発覚を少しでも遅らせることができればそれで十分なのだ。
「身元が判明すれば機関者の正体に近づけるかもしれませんが。どうでしょうか」
「遺体がこの状態だからな。人相や指紋からの特定は困難だ。必ずしもデータベースにDNAが登録されているとは限らないしな」
機関獣によって嚙み殺すのは、残酷であると同時に合理的な殺害方法でもある。人相や指紋を確認できなければ身元の特定は困難を極める。現在、全国民のDNA情報をデータベース化する計画が持ち上がっているが、個人情報保護の問題などから、現在は任意の登録に限られている。被害者が任意登録を済ませてくれていたらすぐに身元は判明するだろうが、過度な期待は禁物だ。
「穏やかな昼下がりに惨いことを。機関者は時を選んではくれないな」
規制線を潜り抜け、私服のブルゾン姿の男性が姿を現した。思いがけぬ顔の登場に、音音は一瞬目を丸くする。
「
「たまたま近くで買い物をしていたら、サイレンが聞こえてきてな。様子を見にきたらこの有様だ」
ブルゾン姿の男性は、二人と同じ警備部X対策課壱係に所属する鉉上
「俺も捜査に参加する。異論はないな」
「異論はありませんが、よろしいんですか? せっかくの非番の日に」
「事件が起きた以上、休んでなんていられないさ。だが歌占の指摘はもっともだ。非番の俺は今回の捜査には組み込まれていない。一度本部で係長と配置を話し合わないとな」
「いえ。そういうつもりで言ったわけではないのですが」
非番の日ぐらいしっかり休んでほしいと思っただけなのだが、事件が起きた以上、鉉上にはその選択肢は存在しないようだ。
「歌占と葛城は引き続ぎ捜査を進めてくれ。俺も後で合流する」
そう言って鉉上は現場を去っていった。
「主任も災難ですよね。出先で現場に遭遇しなければ、たまの休日をゆっくり過ごせたでしょうに」
「ここまでくると、そういう巡り合わせなのかもしれない。主任はどこまでも捜査一筋の人だからな。ご家族にとっては災難かもしれないが」
鉉上の背中を見送ると、二人は再び捜査に意識を集中させる。
『歌占さん。直近数時間の周辺の防犯カメラ映像を端末に転送しておいたよ』
鉉上が去ったとの前後して、本部の三井寺から音音の端末に防犯カメラ映像が届いた。音音は葛城にも見えるように、映像をARで表示する。
「周辺の防犯カメラ映像か?」
「被害者と似た服装の女性が写り込んでいないかと思いまして。この辺りは繁華街ですし、お店を利用している姿が映っていたら、決済情報から個人を特定出来るかもしれません」
そうして、早送りを使いつつ、防犯カメラの映像と睨み合っていると。
「葛城さん。この女性の背格好と服装、被害者に似ていませんか?」
「よく見つけられたな」
今から一時間程前の大通りを映した映像に、音音は被害者らしき姿を発見した。雑踏の中ではあるが、特徴的な花柄のブラウスが目を引いた。
「すぐ隣を男性が歩いているな。被害者の連れか?」
「拡大してみます」
この男性が皮を奪われ、機関者に擬態されているのなら、正体の発覚を恐れて連れの女性を殺害したという図式が出来上がる。いずれにせよ、この男性が事件の鍵を握っている可能性は高い。
「……歌占。まだ何か見落としがあるかもしれない」
「カメラの映像は隅々まで確認しました。この女性が被害者である可能性が高い以上、一番の容疑者は彼です」
「カメラに映っていないだけで、同じような特徴の女性が繁華街にいたのかもしれない」
「その可能性も否定はしませんが、こうしてカメラにそれらしき人物が写っている以上、まずはその可能性から潰していくべきでしょう」
「……疑えというのか」
「それが私たちの仕事でしょう。冷静に事実を見極めていく。感情に流されるなどもっての他です」
「そうだな。お前は正しい」
沈痛な面持ちで目を伏せると、一矢は自分の端末で、被害者らしき女性の映った映像を同僚の捜査官に転送した。
「確信を得るために熊坂さんに女性の顔を送った。もしも彼女が想像通りの人物なら、熊坂さんは面識があるはずだ」
周辺で情報収集にあたっているベテランの
「……熊坂さんに確認が取れた。映像の女性は鉉上主任の奥さんで間違いない。隣を歩いているのは主任だろう」
被害者らしき女性の隣を親し気に歩く女性は、先程まで顔を合わせていた主任の鉉上世美丸の妻であると判明した。機関者を追う捜査官である鉉上が機関者に擬態されている。彼が遅れをとるはずがないと信じたいが、それはバイアスでしかない。例え何者であろうとも、擬態される時はされてしまう。被害者が鉉上の妻である可能性が高い以上、あの鉉上は機関者の擬態である可能性は極めて高い。
「歌占から本部。緊急の報告です」
音音の判断は早い。早速本部に状況を報告した。
「三井寺さん。主任の現在地は?」
『繁華街から無人タクシーに乗り込んだみたい。現在地のデータも送信した……機関者が主任に擬態しているって、本当なの?』
「常に最悪を想定するべきです。そうしないと手遅れになる」
『だけど主任と戦うような真似は――』
『
通信を代わったのは、X対策課壱係の係長を務める獅子口
『
「了解。現場に急行するために
『もう到着する』
直後に音音の頭上から影が差し、微かな機械音が耳に届く。捜査官の迅速な移動のために使用される飛行用ドローン天開だ。大きな箱型のボディとプロペラで構成されており、最大で四名までの捜査官を輸送することが出来る。場所を選ばず着陸可能で、飛行するので渋滞に捕まる心配もない。迅速に現場へ向かうためには欠かせないメカだ。機関者、機関獣と戦闘するために欠かせない通と呼ばれる装備も傾向されており、これで装備を整えながら追跡することが出来る。
「俺も後で合流する。気をつけろよ、歌占」
葛城に見送られ、音音は天空に搭乗した。
※※※
『タクシー会社の協力により、十秒後に車両が停止する。即座にタイヤを撃ち抜いて』
「了解した」
道路上に目標の自動運転タクシーを補足し、X対策課壱係所属の捜査官、蘆刈
すでに壱係の働きかけで、一般車両は遠ざけてある。道路上で動きを止めたタクシーに、壱係所属の捜査官が近づいていく。
「……無駄な抵抗はせずに出てこい」
黒いバイザーを装備した捜査官の黒塚
「おいおい。どういうことだ黒塚?」
両手を挙げながら、鉉上がタクシーから姿を現した。姿形は鉉上世美丸そのもので、困惑した際の眉根の寄せ方まで完全に一致している。
「主任には機関者に擬態された疑惑が出ています。そのまま動かないでください」
「冗談きついぞ。俺はその機関者の捜査のために本庁に向かってるところだってのに」
――本当に主任が機関者に? もしも間違いだったら。
対機関者用光線兵装は、当然人間を殺傷するのにも十分な威力を有している。その銃口を上司の姿をした存在に向けることにはどうしたって葛藤が存在する。
「何か誤解が生じているのなら釈明する。冷静に情報を整理しよう」
そう言って、鉉上が黒塚の方へ歩み寄ろうとした瞬間、一筋のビームが鉉上の上空から迫った。鉉上はそれを異常な反射神経で首の動きで回避し、ビームは頭の右側面を掠めた。
「外しましたか。だけどこれではっきりしました。主任はやはり機関者に擬態されてしまったようですね」
移送用ドローン・天空から飛び降り、音音が道路上へと着地。先行していた黒塚が合流する。
「黒塚さん。機関者相手に迷いは禁物ですよ」
「すまない……主任の姿と声を前に覚悟が鈍った。君の判断は正しかったよ」
反省して頭を降ると、黒塚は今度こそしっかりと鉉上の姿をした存在を見据えた。人間の反応速度ではビームを瞬間的に回避することは難しい。加えてビームが掠めて頭部の右側面からは、金属光沢を放つボディが露出している。鉉上が機関者に擬態されていることは、もはや視覚的にも疑い用がない。
「捜査官の姿なら侵入も容易いかと思ったが、そう上手くはいかないな」
正体が露見した機関者は言葉で取り繕うことはやめていたが、生前の鉉上を彷彿とさせる困り顔で頬をかいている。同時にその発言から目的も見えてきた。機関者は鉉上の姿で、X対策課の本部である警視庁を目指している。本部で現職の捜査官や幹部が襲撃されたら、その被害は甚大だ。そういう意味では事前に阻止することが出来た。
「猟犬たち。仕事の時間だ。存分に食い散らかせ」
機関者がポンと手を打ち鳴らすと、どこからともなく、金属光沢を放つ金属の犬が三匹出現した。人間を襲う金属の獣、機関獣の出現だ。機械の犬は
『援護する。巻き込まれないでよね』
「流石です。五月子さん」
通信の直後、五月子の放ったビームが、一匹の送犬へと迫る。頭部のコアへの直撃を避けるために送犬は咄嗟に回避行動を取ろうとしたが、ビームは右前足と後ろ足の付け根を完全に焼き切った。バランスを失い転倒した送犬の頭部を音音が即座に撃ち抜き、活動を停止させた。
「黒塚。こうしてお前と戦うことになるとはな」
「その顔と声でこれ以上喋るな。虫唾が走る」
音音と五月子が送犬に対処している間、黒塚は機関者と対峙していた。黒塚は装備を光線拳銃から、近接戦闘用の装備である光線刀「
「安心しろ。直ぐに何も聞こえなくなる」
「そうだな。お前の首を刎ねれば少しは静かになる」
すでに迷いは振り払った。黒塚は首目掛けて光線刀で斬りかかったが、機関者はバックステップを踏んでギリギリで回避。同時に、変幻自在な両腕を巨大なブレード状へと変形させる。人の腕からブレードが生えた異形の剣士がそこにはいた。
「お前に勝ち目はないぞ黒塚。俺は鉉上世美丸そのものだ。お前の太刀筋を俺は知っている」
機関者の言葉は真実だ。機関者は擬態先の人間の人格や記憶を完全に取得する。すなわち、訓練や実戦での黒塚の動きは全て記憶されている。状況は圧倒的不利かと思われたが。
「それがどうした?」
黒塚の返答は機関者の後ろから聞こえた。一瞬の間に背後を取ったのだ。首を刎ねるべく迷いなく刀身を振るう。機関者は咄嗟に回避しようとしたが、ビームの刀身は首を切り進め、完全に両断した。
鉉上の前で披露した技術は全て見切られている。ならば鉉上にはまだ披露していない走法と剣技で一撃で仕留めるまでだ。こういう事態を想定していたわけではないが、黒塚には同僚にも披露していない引き出しがいくつも存在している。
「この早さは記憶に――」
「静かにしろと言った」
刎ねて道路に転がった頭に、黒塚は容赦なく光線刀を突き立てた。これまでの経験上、機関者の弱点であるコアは頭部に存在している。これで機関者は仕留めた。後は機関者の指揮下を離れた機関獣を駆除するだけだ。
「黒塚さん! 後ろ!」
「くそっ……」
送犬と戦闘していた音音が声を荒げる。黒塚は通信と同時に咄嗟に回避しようとしたが、背中を鋭利なブレードが掠めた。痛みに顔を歪めながらも黒塚は距離を取り、何が起きたのかをその目で確認した。首を刎ねられても、機関者は体だけで行動を続けており、ブレード状の右腕からは黒塚の鮮血が滴っている。
「大丈夫ですか黒塚さん」
五月子の援護射撃で送犬を退け、音音が黒塚の元へ合流。負傷を気づかう。
「かすり傷だ……私としたことが不覚をとった」
「主任の記憶を元に、事前にコアの位置を変えていたのかもしれません」
機関者は黒塚の想定外の速さには対応出来なかったが、狙いは予期していた。捜査官が擬態された弊害だ。
『アツマレ! リョウケン!』
頭部を失ったことで発声が出来ず、胴体から機械的な音声が発せられる。すると音音と五月子の連携でコアを潰され行動不能に陥っていた送犬たちのボディが、磁力のように機関者に引き寄せられていく。機関者に触れた瞬間、送犬のボディは溶けて吸収されていく。吸収はタイヤを撃ち抜かれて停車したタクシーにも及び、その車体を丸ごと吸収。機関者は巨大な水銀のような姿になった。五月子が光線狙撃銃で狙撃するが、この形態になるとビームも表面を焦がすだけで深部に到達することが出来ない。
ものの数秒で巨大な水銀はまるごとその形を変質させ、五メートルはあろうかという、金属光沢を放つ巨大な人狼のような姿となった。機関者が機関獣と周辺の金属を吸収し巨大化した最終戦闘形態、
『こちら葛城。ここからは俺が引き継ぐ』
通信と共に、空から巨大な人型の影が差した。音音が頭上を見上げると、葛城一矢がパイロットを務める対機関者用人型巨大兵装「
大多羅は六メートルの高さを持つ巨大な人型ロボットであり、壱係に配備されている壱式は、濃紺のボディで、単眼を思わせる頭部の巨大カメラと、状況に応じてあらゆる武器を使い分ける人型の右腕。一撃必殺の威力を誇る巨大な杭打機となった左腕。腰部には短時間の浮遊を可能とする複数のバーニアが装備され、両足は巨大な機関者の圧力にも負けぬよう、鎧のように重厚だ。コックピットは背面に存在しており、そこで葛城が操縦を行っている。巨体は巨体で迎え撃つ。大多羅はX対策課の切り札であり守護神だ。
『歌占、黒塚。巻き込まれないように離れていろ!』
「後は任せましたよ。葛城さん」
五月子が捜査車両で乗り付け、黒塚と音音を回収する。音音は乗り込む直前に葛城に思いを託した。二人が残っていては葛城は本気で戦えないし、負傷した黒塚の治療もしなくてはいけない。
『近づいたのが運の尽きだ』
人狼となった暴走機関者は鋭利な爪を振り下ろしてきたが、葛城は杭打機にマウントされたタワーシールドでそれを防ぐ。表面に傷が刻まれるが、本体には遠く及ばない。肉薄とした好機を見逃さず、大多羅壱式の右腕が暴走機関の左腕を握り止め、掌と指先から飛び出した杭で突き刺し、完全にホールドした。続けて前脛にマウントされていた極太のワイヤーが飛び出し、暴走機関の両足へと巻き付く。重量では大多羅の方が上回っているため、暴走機関者はそう簡単には振り解くことはできない。
『これで終わりだ!』
至近距離でホールドされた暴走機関者の腹部目掛けて、左腕の巨大な杭打機から杭が強烈に打ち込まれ、背面まで一気に貫通した。杭打機は連発が可能で、全身が穴だらけになるまで何度も何度も巨大な杭を打ち込む。そうしているうちに、巨体の中の小さなコアにもついに杭の質量が届き、完全に粉砕。その瞬間、暴走機関者の機械の体は細かい粒子状となり、完全に消滅した。
「主任……」
葛城は大多羅壱式に膝を付かせ、昇降装置で道路へと降り立つ。普段なら勝利に高揚感を覚えるものだが、大切な同僚を喪った今、胸に広がるのは悲愴感だけだ。
「……終わったんですね。葛城さん」
戦闘終了の報告を受けて、音音が戻ってきた。五月子は一緒には戻らず、治療を受ける黒塚に付き添っている。
「こちら、歌占」
音音の端末に連絡が入った。戦闘には合流せず、捜査を進めていたベテランの熊坂からだ。
『繁華街近くの廃ビルから、全身の皮を剥がれた男性の遺体が発見された。鑑定はこれからだが、恐らくは鉉上のものだろう……やりきれないが、遺体が発見されたのはせめてもの救いだ』
「分かりました。引き続き、そちらはよろしくお願いします」
静かに目を伏せると、音音は通信を終えた。
「鉉上主任の遺体が発見されたそうです」
「そうか……覚悟は出来ていたが、言葉で聞くと辛いものがあるな」
顔を上げた黒塚が音音の方を見やると。
「主任……もっと色々と教わりたかったです――うわあああああああ――」
突然、音音がその場で泣き崩れた。
主任である鉉上がすでに殺害されていて、機関者に擬態されている可能性を指摘された時も、鉉上の姿をした機関者に銃口を向ける時も、いつだって冷静だった音音。冷酷なのではと思った時もあったが、それは大きな誤りだった。心の中で葛藤しながらも、決してそれを表に出さず、あくまでも冷静に捜査を進める。音音は捜査官として誰よりも正しい姿を体現していた。だが、捜査が終了すれば音音もまた一人の人間だ。緊張の糸が切れた瞬間、押し殺していた感情は一気に決壊した。
「歌占は捜査官として立派に務めを果たした。共に捜査出来ることを誇りに思う」
音音の肩に優しく触れ、葛城は活躍を労った。音音は己を律し、冷静に捜査を進める力が備わっている。これは大きな武器だ。それは生前の鉉上を彷彿とさせるものでもあった。
「……どんなに科学技術が発展しても、人は過去には戻れない。ならばせめて未来のために、この経験を忘れずにいようと思います」
葛城に支えられて立ち上がると、音音は覚悟を新たに、戦闘の跡に向けて敬礼をする。葛城もそれに続いた。
了
暴走機関者 湖城マコト @makoto3
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