前世人間ですが、犬やってます
くさなぎきりん
プロローグ
――判決を言い渡す。
被告、神ヴェルデミッサ・カムイ・フォスタルグ。
全魔法の剥奪、及び神としての一切の権能と記憶の消去、及び第一世界への追放、及び人族以外への強制転生を命じる。刑は直ちに執行とする。
分かりきっていた判決を聞いて、私は両手に掛けられた錠に視線を落とす。
悔しかった。
もともと人間だった私は別に望んで神になったわけじゃないし、神という立場を失うことも別に未練はない。
ただ、まんまと無実の罪を着せられたのが悔しかった。
冤罪という嘘が残り、真実が闇に葬られるのが悔しかった。
そして、間もなくこの悔しささえ消されてしまうのが堪らなく悔しかった。
4柱の執行官が私を取り囲み、”祝福”の準備を始める。
天上界において、効能を永続的に発動する刑罰は”祝福”によって付与される。なぜなら祝福は魔法や呪いと違い、拒絶する理由がない。そのため解除や抵抗の方法は研究されてこなかったのだ。まあ私は研究済みだけど。
ここ”裁判の神殿”内は通常、あらゆる魔法、呪い、祝福の発動を打ち消す機構が働いているけど、刑の執行時のみそれは解除される。間違いなく刑が執行されたことを傍聴する神々に見せつけるため、刑はこの場で執行される。
解除されるからといって受刑者である私には何もできない。両手首に掛けられた錠が魔力を吸い取り、空気に還元してしまうから。
執行官の準備が整い、合図とともに空間の魔法制限が解かれる。
この刹那、針穴を通すようなタイミングで、傍聴席にいた私の一番弟子が未完成な『
神々の間ですら知名度が低い1級禁止魔法なのに、さすが私の一番弟子。よく覚えていたものだ。
それとほぼ同時に『魔法を剥奪する祝福』が発動。
続けざまに『神になってから私が得た権能と記憶を消去する祝福』と『人族以外への強制転生の祝福』が発動。これらを抵抗するすべはない。
それから一拍と置かず転送魔法が発動し、私の身体と魂は呆気なく天上界から消え失せた。
◇◆◇◆◇
昼下がりの陽光が黒煙の中で歪み、頼りなく揺れている。
燃え上がる炎と煙がクロスヴェインの上空を覆う。扇状地の最奥、緩やかな斜面の最も高い位置にそびえ立つクロスヴェイン城は、レンガの外壁が赤い炎を反射し、燃えさかる巨大な灯台のように街全体を照らしていた。
城下町の多くの人々が、火の手が広がる城と立ち昇る黒煙を見上げていた。煙の臭いが漂う中央の広場では、老人は成すすべもなく立ち尽くし、幼い子供たちは母親にしがみついて泣き声を上げ、露天商たちは露店の片付けに追われていた。一方、井戸の周りでは水桶や槌を抱えた男衆が自発的に集まり、市街地への延焼時の対応方法について意見を交わしている。
城の内部では避難が急ピッチで進められている。年若い領主は焼けるような熱気に顔を紅潮させながらも、冷静に指揮を執っていた。
彼の指示を受けた兵士たちは素早く駆け出すと、城内に残る人々を安全なルートへ誘導していく。
突如。轟く地響きと振動。
城のどこかが大きく焼け落ちたのだろうと誰もが理解した。
これ以上城内に留まるのは危険と判断し、領主は最後まで残って救助活動していた者たちへ直ちに脱出するよう号令を出した。
◇◆◇◆◇
太陽が西の地平線へと隠れ始め、炎の勢いがいくらか弱まった頃。
既に人の気配がない城の中庭で、小さな動物が目を覚ました。
よろよろと起き上がったのは、一匹の子犬だった。
(ここは……どこ?)
もちろん口から声が出たわけではない。その問いは脳裏に浮かんだものだった。しかしそれが言葉として成り立つことに、自身が驚いていた。
(あれ? 私は犬だよね? でも、人間の記憶もある?)
記憶を辿ろうとしても、まるで思考に霧がかったように断片的にしか浮かばない。
人間だった頃の名前や具体的な生い立ちは思い出せない。でも人間として七十数年の生涯を
しばらく自分が犬なのか人間なのか考えていたが、「見た目は子犬、中身は人間」という結論でひとまず納得することにした。
自分についての考察がひと段落ついたところで、最初の疑問が再浮上する。
ここはどこなのか。なぜこんな場所にいるのか。
辺りを見回しても、見覚えのある景色ではない。初めて来た場所か、あるいは知ってるけど年月が過ぎて変わってしまったのか。
それよりも……ひどい匂いだ。これは木材だけじゃなく、塗料とか布とかいろいろなものが燃えたときの煙の匂いだろうか。きっと犬だから尚更きついのだろう。
城からは少しだけ離れた場所にいるせいで直接煙や熱気が届いてはいないけど、この空気は絶対に身体によくない。この幼い身体なら尚更だ。
(これは安全の確保が先ね。考え事はそれからにしよう)
小さな足で地面を蹴り、私は駆け出す。
覚束ない足取りながらも、ここを離れなければという一心で中庭を抜け、城壁の外へ出る道を探して走る。運よくあまり遠くない場所に通用門を見つけ、誰かが開けたらしいその扉をくぐったのは、ちょうど地平の向こうに日が沈んだ時だった。
目の前には、夜の闇を纏いつつある森への道が続いていた。
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