7:兄弟の絆 十字路の御呪い
なあなあ、聞いたことあるか?
お前の中学校に行くまでに十字路が四つあるだろ。その十字路で早朝、1回ずつ立ち止まって硝子瓶を道路に叩きつけるんだ。そうしたらさ、異世界の中学校にたどり着くんだとよ。
……異世界の中学校ってなにか、って? そりゃあお前、なんでも叶う夢のワンダーランドだとか。別の世界、って意味もあるらしいけど、ともかくその夢のワンダーランド中学校……響きがイマイチか? そこに行けばお前の望みは叶うんだよ。
……ほら、お前、最近学校で辛い思いばっかりしてるんだろ? 知ってるよ、兄貴だからな。弟のことはなんでも知っていて当然だろ。
だから、さ、俺にも何かできないかなって探してて。学校の先生たちに告げ口とかしてもさ、何も変わらないと俺は思うわけだ。現に、お前が虐められてるのを見て見ぬ振りしてる。いくらいじめっ子達が上手く立ち振る舞ってたってさ、やっぱそういうのってわかるじゃんか。でもお前の学校の先生たちは気が付かない。何言っても無駄だって、お前だってわかってるはずだ。
こうなったら、こんな噂話に頼るしかないって思ってさ。
ん? 異世界の中学校についてもっと知りたい?
──はは、いいぜ。
お前の望みがなんでも叶う。それはつまり、いじめっ子たちを全員殺すことだって可能だし、そんなことをしてもお前が罪の意識を感じることもなければ誰かにそれを咎められることもない。
他のことだってできるぜ。見て見ぬ振りした教師たちに痛い思いをさせたり、好きな子としたいことをしたり、なんなら空を飛ぶこともできる。俺としては屋上から飛び上がるのがおすすめだな。
ん? なに、度胸試しになるし、一番高いところから空を飛んでみたほうが夢があるじゃないか。だからまあ、ちょっと言ってみただけだよ。
おっ、乗り気になってきたか?
じゃあ早速硝子瓶、買いに行こうぜ。善は急げ、だ。明日の早朝、やってみよう。
……ああ、そうだ。異世界の中学校でしたいことがあるなら、硝子瓶を買うついでにそれに必要な道具も買っとけよ。向こうに道具があるかどうかはわからないからな。
それと──もう一つ、注意しなきゃならねえことがある。
あっちの世界とこっちの世界、見た目はどっちも変わらない。時間の流れも変わらない。だから成功したかどうかは誰にもわからないんだ。わかるとしたら、そうだなあ、俺は儀式について行くことはできるけど、実際に一緒にやるわけじゃないから学校にはいけない。つまり、俺の姿が消えたらあっちに行けた、ってことだ。
……帰りたくなったらどうするのか、って?
ああ、帰り方もあるぜ。
お前の中学校、時計塔があるよな? 時計塔つうか、校舎に付属した時計が嵌っただけの塔。あそこの屋上に行って、そこから飛び降りる。空を飛ぶんじゃなくて、落ちなきゃならねえ。それも頭から。
そうしたらお前はこっちに帰って来れる。
……ん、なんだよ、お礼なんていいって。それでお前の気が済むならいいんだよ。そうだ、お前が向こうの世界でいじめっ子たちに仕返ししてる間に、こっちの世界で俺がいじめっ子たちを懲らしめてやるよ。さっきは先生に言っても、なんてこと言ったけど、うん、それなら俺にできることをすればいいだけだからな。
それじゃあ行こうぜ。早くしないと店が閉まっちまうからな。
……なんだよ、泣くなって。俺さ、お前に兄貴らしいこと全然できてないだろ。だから、その償いっていうか……今まで悪かったな。
俺も心を入れ替えるから、お前も頑張れよ。
◇
『本日午前八時、山内市内にある中学校で複数の生徒が同中学校に通う男子生徒に腹を刺されたという通報がありました。被害者は全員三年生で、一人が死亡、五人が重体、三人が軽傷の状態だということです。なお犯人と思われる生徒はその後飛び降り自殺を図っており、搬送先の病院で死亡が確認されました。なお────』
「おや、部長。どうかしましたか?」
部室の奥、付けられたテレビを檸檬色の瞳がじっと見つめていた。声をかければ彼女は顔をこちらに向けままで、どう思う、と。短くこちらに投げかける。
「はは、どうも何も、ただの事件でしょう」
そう答えてみれば、ようやく部長はこちらに顔を向けてくれた。眼鏡を外した彼女は、眼鏡をつけている時以上に目つきが悪い。不機嫌そうなその顔に肩をすくめる。誤魔化しは許されないようだった。
「……気になることがあるとすれば、そうですねえ、この中学校の近辺に硝子の破片が散乱していたとかなんとか。たしか、ありましたよねお呪いが。十字路で硝子瓶を叩き割っていくと、最後には異世界に辿りつくとかなんとか。……あれ、夜にやるんでしたよね?」
その通り、と部長は頷く。
そう。このお呪いは夜にやらなければ意味がない。夜以外の時間にやっても、どこにも行くことはできない。朝でも昼でも駄目。誰もが寝静まった深夜にやらなければ意味がないのだ。暗闇で境目が曖昧になる時間、その時にこそ、この世界と別の世界の境界すらも曖昧になる──。
「……そういえば最近異世界に行く方法お教えてくれ、だのなんだの言ってきた他校の生徒がいましたよね? 結局5000円でこれを教えましたけど、彼はどうしたんでしょうね?」
知るかよと投げやりに呟いて、部長はテレビを消してしまった。放課後を迎えた学校内。テレビの音が消えれば、他に聞こえてくるのは遠くで鳴り響く楽器や運動場で練習をしているらしい生徒たちの声だけ。煩いくせに煩くない、絶妙な空間。
──お前、何か知ってるだろ。
かちゃりと音を立てて、部長は眼鏡をかける。檸檬色の瞳はあっという間に単なる薄茶色へと変わってしまった。
「はは、別に僕は何も知りませんよ。本当に。部長の方こそ、何か知っているからそんな顔をしているんじゃないですか?」
指摘してやれば、仏頂面が複雑な表情へとその姿を変える。
……ああ、なるほど。
部長は人間じゃないくせに、あまりに人間的すぎる。そういう人だからこそ、僕はこうして不可思議なことに首を突っ込むことが許されているのだけれど。
「そうですねえ、知識は使い方を誤ってはいけない。どんな知識であれ、それにはきっと正しい……と、いうよりはそうした方が他の誰かのためになるという使い方がある。それをしなければ──いえ、しなくてもいい。だけど悪い使い方……例えば誰かを貶めるような使い方をすれば、今度は自分の番がやってくる」
なんのだよ。
わかっているくせに問いかけられて、また、笑いそうになる。
「なんの、って、そりゃあ──おっと、誰か来たみたいですね」
部屋の奥からのそりと這い出る。ぴたりと閉じた扉の向こうでは誰かが何度も戸を叩いているようだった。
「はいはい、どうぞ、開いています…….おや、これはこれは、先日はどうも。今日はどういったご用件で?」
助けてくれ、そう叫ぶ男に呆れて笑みをこぼしそうになる。だが、我慢。僕の役目はあくまでも語り手であり聞き手である。監督でも舞台作家でもないのだ、好き勝手に救うか救わないかを決める権限はない。
「なに、呪われてるんじゃないか? はは、そりゃああなた、呪われるようなことをしたんでしょう。だって後ろにはっきりと見えますよ」
すっと指さしてやる。男はガタガタと足を震わせて、今にも崩れ落ちてしまいそう。そんな情けない人間に、僕はただ事実を一言告げてやった。
「包丁を手にした、中学校の制服を着た男の子の姿がね」
皆既 月代杏 @tsukishiro228
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