白い結婚をかっ飛ばせ! カヘル侯

 

 ぎいーん!!



「うっ……?」



 今や氷のような騎士の青い眼光がんが、男にまっすぐ突き刺さってきている。全身をかけ抜けるその超常の冷気に、男は本能的に危機を感じて戦慄し、思わずうめいた。そこに騎士が淡々と、しかし鋭く切りつけるように言う。



「イリー都市国家群の対犯罪連携を、見くびらないでいただきたい」



 四枚の複写書類……そこにあるかつての自分の筆致が、騎士と一緒になって男をにらみつけていた。



「搾取詐欺目的の≪白い結婚≫容疑にて、あなたを捕縛します。起立してください」



 すいっと立ってきた毛深い騎士が、流れる所作にて男の手首に簡易手錠をかける。男は歯を食いしばり、しかし抵抗せずに立った。騎士二人に促され、小さなへやを出て市庁舎の廊下に出る。


 ここは各種届出を受け付ける一般窓口から、やや離れた部分だ。ひと気もなく職員の目もまばら、と男はすばやく見てとった。つまり脅威になり得るのは、後ろを歩いている毛深い方の正規騎士だけ。前を行く坊ちゃん文官騎士を押しのけて逃げれば……まだ勝機はある!


 するッ!


 男はたくみに手錠をすり外した。こんなちゃっちい・・・・・戒めなんざ、解くのは何の雑作でもない。


 勢いよく足を前に踏み出す。そのまま前の騎士の左脚を、自分の長い右脚でふわりとすくいかける。



――均衡を崩させたところで、全力疾走を決めよう! あの角を曲がればたしか一般窓口のはずだ。届け出に来てる市民の間に紛れ込んで、そいつらを盾がわりに逃げればいい!



 素早さと器用さに絶対の自信を持つ男は、瞬時に組み立てた計画を実行にうつす。


 すかッッ!



「え」



 ……しかし男の長い右脚は、何ものにも触れなかった。空を切った足のまわりに、くるんと黄土色のが舞う。そこからひょいっと、何か・・が出た。


 ぱこーん!!


 突き抜けるような衝撃は一閃の痛光となって、男の後頭部を通過した。


 ばたり……。男は意識を手放して、石床に大きくのびる。



「こんなに呼吸を荒く乱しておいて、闇討ちもないものだ」



 そういう騎士は息を上げず、全くの平常心にて男を見下ろす。


 彼は右手に無骨な戦棍、でなくいぼいぼ付き鉄球のすぐ下を持っている。だいぶ加減しての打撃だった、容疑者はじきに気づくであろう。



「自分の足で歩かせた方が楽でしたが、仕方ありません。ローディア侯、そっちを持ってください」


「はい、カヘル侯」



 ずりずりずり……。


 二人の騎士は男の腕を左右から持ち上げて、引きずり始めた。


 廊下突き当りの角を曲がって、一般窓口近くに出る。届け出や各種手続きのために来庁していたデリアド市民たちは、二人とその引きずっているものを見てぎょっとする。……しかし騎士の姿をみとめて、なーんだと胸をなで下ろした。



――ああ、カヘル様だ。


――いつも大変ねえ……!


――なにか捕り物でもあったんかい。



 つるッと端正な目鼻だちを最大限に引き立てるべく、後方へなでつけられた白金に近い明るい金髪。この若くうるわしき騎士こそ、我らがデリアド副騎士団長、キリアン・ナ・カヘルである!


 その涼やかにいけてる外見とは裏腹に、カヘルは面倒よごれ仕事をいとわない。まじめ一徹で真摯な姿勢が、ちびっ子からじじばば世代まで市民に広く支持される理由である! 剣を持たずに実用一点ばり、戦棍で悪党をぶちのめす構えも好かれていた。この人ならば任せて大丈夫。皆カヘルを信じて、そう思っている。


 今もそうだった。へたに騒いでカヘルの邪魔にならないようにと、その場にいる者は声を上げない。カヘルとローディアが悪党を引きずり、しょっぴいていくのを遠巻きに見守るのみである。


 ……しかし副団長のもとで長く働く側近騎士の毛深いローディアは、カヘルの不機嫌・・・をしっかり感知していた。これだけ周囲から賞賛と尊敬のまなざしを向けられても、カヘルが本当に会いたかった人がそこにいないから、不満も不満、大不満なのである。



――≪白い結婚≫詐欺常習犯・出現の一報を聞いて、騎士団本部から駆けつけはしたけど。あいにく地勢課のファイーねえさんは出張中! せっかく市庁舎での捕り物で、いいとこ見せられる機会だったのに……残念!



 頭のてっぺんから足の指先まで、明るい栗毛にもじゃふか包まれているこのでかい側近騎士は、けっこう繊細である。上司カヘルが決しておもてに出さない、その心の内の機敏をおしはかることができた。


 これまで二度の結婚で大失敗を繰り返したカヘルが、今度の恋でどうにか幸せをつかむようにと、これでも彼なりに願っているのである。








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