皇帝

 ところが、魔族を奴隷すると思い込んでいた教会は、魔族を対等に扱い魔王の娘をきちんとした待遇の側室にしたことに激怒した。


「魔族を対等に扱うなど、皇帝どころか新しい魔王の誕生ではないか!」


 教会は俺を直ちに破門にした。これに呼応して近隣諸国すべてが連合して帝国包囲網を結成する。王国と魔王国の合体は、パワーバランスを崩壊させかねない危険な組み合わせだったのだ。


「我らが皇帝陛下をお守りすべし!」


 そう叫んで最も奮闘したのは魔族の部隊だ。聖騎士団は、宿敵である魔族を奴隷にしなかったことへ不満を抱いていたし、教会相手に戦うことにも抵抗感が強かった。王国の貴族に至っては絶好の復讐のチャンスとばかりに包囲網に同調する者すらいた。


 だが、魔族は違った。魔王も七大将軍も居なくなった以上、俺が負けたら魔族は奴隷扱いされる未来しか残されていない。ならば、勇者であっても俺を支えるほうがいくらかマシだ、と。


 この時俺は十六歳。ここからの十年間は、まさに死闘だった。あらゆる陰謀が仕掛けられ、暗殺、裏切り、サボタージュ、騙し討ちが横行した。エレノアは旧国王シンパの貴族に騙し討ちにあい、俺は妃にした国王の娘のイリスに暗殺されかかった。


「父を殺した恨みを思い知れ!」


 ……最初に騙し討ちしてきたのは、お前の父だぞ?そう反論したい気持ちをグッと抑えて、ひと思いに殺してやった。こんなのでも俺のこどもの母親でもあるのだ。さすがに生かしては置けないが、せめてもの慈悲だ。


 この帝国包囲網は厳しい戦いの連続だった。この勢いで魔王軍と戦っていれば、とっくの昔に魔王との戦争は終わっていたと断言できる。近隣諸国をすべて滅ぼし、最後は教会トップの教皇の首を捻じ切ることで包囲網はようやく崩壊した。


 ようやく帝国包囲網との戦争が終結したと思った矢先、ルチアから出し抜けに決闘を申し込まれて俺は困惑した。


「フェリックス陛下、お願いがございます。私と決闘してくださいませ」


「ルチア、何をいってるんだ?不満があるなら、遠慮なく言ってくれ。ルチアは一番の功績を挙げたと俺は評価してるんだ」


 ルチアの“未来予知”がなければ、俺の負けだった。だから、ルチアが望む褒美はすべて叶えてやりたいと考えてはいたが、まさか決闘を望むなんて想定外もいいとこだ。


「なればこそです。私は病魔に犯され、まもなくお役に立てなくなりましょう。そうなる前にフェリックス様に倒して頂いて“未来予知”を“強奪”して欲しいのです」


 ルチアへの恩返しが俺の心の支えだったのに、その俺にルチアを殺せというのか。数々の修羅場をくぐり抜けてきた俺だったが、さすがにこの進言はこたえた。数日間悩み抜いたか、結局のところ俺自身の手で聖女ルチア殺さざるを得なかった。


「フェリックス様……、皆が幸せに暮らせる世界をお作りくださいませ……」


 包囲網を打ち砕いたとはいえ、国内外の情勢は混沌としており、未来予知”なしで渡り切れる自信など俺にはなかったのだ。





 ルチアとの決闘の後、遺品を整理していると遺言書が見つかった。


 ルチアは、幼い頃に戦災で両親を亡くしていた。幸い聖女と認められるだけのスキルを持ち合わせていたため拾われた修道院で無事に成長することができたが、もう二度と同じ悲劇を繰り返さない世の中を作るために俺に賭けたのだという。


「ただの社畜サラリーマンだった俺にどこまで託すんだよ……」


 ルチアの遺言は、俺にとっても深く共感するものではあった。魔王との終わりなき戦争に疲れ果てた騎士や民たちを間近で見てきたのだ。モンスターの襲撃に苦しんだ俺の村だって、平和なら騎士達が守ってくれたかもしれない。


 ルチアの想いに応える形で、五年の間内政に力を注いだ。しかし、新興の超大国となった帝国を警戒する国々が、毎日のように国境を侵犯し、反乱を手引きしてくる。


「外交と忍従か、それともいっそすべてを征服してしまうか」


 自慢の賢臣達を集めて議論させたが容易に結論は出ない。帝国は大陸随一の大国だが、それでもその支配領域は大陸全体の三分の一にも届かない。征服されたばかりの領土が過半を占める不安定な状況だ。


 だが、スキル“強奪”のおかげで凄まじい数のスキルが俺の手元に集まり、もはや俺一人でちょっとした国なら滅ぼせるくらいの強さになったのも事実だ。それにスキル“鑑定”のおかげで人材の補充に困ることもない。


 大陸には獣人、エルフ、ドワーフといった亜人の支配する国々や、はるか東には我らとまるで異なる文明を築いた国々が存在していた。議論を重ねているうちに、それらの国々が第二次帝国包囲網を形成しつつあった。


 ついに俺は決意する。


「帝国は、これより世界征服を開始する。そして大陸に『永遠の平和』をもたらすのだ。」


 帝国の領内は、滅ぼされた数々の国の貴族や民で溢れかえっている。これらを団結させるには国外の敵に目を向けさせるのがもっとも効果的だ。まだ三十歳になったばかりの俺自身、心身ともに充実しなんだってできる気がしていた。


 世界征服戦争、反帝国戦争、第二次帝国包囲網……。様々な名称で呼ばれることになる大戦争が始まった。すでに大陸西部を制覇していた帝国軍は、世界征服を目指して東へ東へと軍を進めた。集められた兵力は百万を超えたが、その中核は一万人にまで膨れ上がった勇者パーティーだ。


 一人一人が強力なスキルを持ったメンバーで構成されており、戦士だけでなく、強力な魔法の使い手、傷病をたちどころに治す癒し手、百発百中の弓の使い手なども含まれた混成部隊だ。


「大将がもう討ち取られたっ?!」

「城壁が一瞬で崩れたぞっ!」

「背後から襲われてるだとっ!」


 あらゆる堅陣を突破し、あらゆる堅城を破壊し、あらゆる方向から出没する。どんな軍も城も、勇者パーティーの前にはたちまち蹂躙された。そして半壊状態に陥った敵軍を、空前の大軍が掃討していく。帝国軍は破竹の勢いで大陸を制覇していった。


 それでも大陸は広く険しい。大陸全土を制覇するのには四半世紀、すなわち二十五年もの歳月が必要だった。それに連戦連勝といっても戦死者は当然発生するし、重症を負うものや重病にかかるものも数多くいた。


 もはや助からないと悟った臣下達は、いつしか俺に介錯を望むようになっていった。


「勇者様、私にとどめを刺してください」

「陛下、最期に我と決闘をっ!」


 聖女が最期に決闘でスキルを“強奪”されたというエピソードは、全軍に広まり、臣下のあるべき姿を示す伝説となった。死を悟った臣下達は俺に“強奪”されることを望むようになった。


 初めてダンジョンを潜った時に一緒だった冒険者、俺に剣術を教えてくれた聖騎士団員、勇者パーティーの最初のメンバーの一人、帝国包囲網をともに戦い抜いた魔族たち……


 臣下というより戦友と呼ぶにふさわしい。そんな彼らが次々と俺に介錯を頼むのだ。戦死する姿は見慣れていたが、自ら戦友に手をかける経験はほとんどなかったので最初は涙ながらに介錯していた。


 だが、その人数が百人を超えたあたりから、俺は笑顔で介錯できるようになった。彼らがこの世の最期に見る景色なのだ。せめて笑顔で送るのが主君のつとめと割り切るようになった。


「陛下、平和な世界をお作りください」

「勇者様、私はお役に立てたでしょうか」

「正義のために死ねて私は幸せです」


 皆が俺に想いを託して死んでいった。この大戦争で、敵味方合わせて何百万という人が亡くなった。民衆も入れたら何千万にも達するだろう。


 それはきっと『永遠の平和』に必要な犠牲なのだ。今更、中断することもやり直すこともできない。敵からは“血まみれ勇者”、“大魔王”、“人類の災厄”などと罵声を浴びながらも、俺は戦い抜いた。


 最後の遠征の終え帝都に凱旋した時、俺は五十五歳になっていた。

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