殲滅戦線 - Annihilation Front -

涼風紫音

蒼空に舞う翼

「ブラボー3、ブラボー3、状況は?」

 無線機からコール。淡々と、感情のない男の声。

「こちらブラボー3。オペレーション・コントロール。状況は最悪だ。ついさっきブラボー小隊の小隊長は俺になった。小隊の生き残りはその1機だ」

 まだターゲットまでの距離はあるというのにこの有り様だ。操縦桿を握る手に力が入る。

 半世紀ほど前に現れた異星人の巨大物体は人類側の懸命なコンタクトの甲斐なく地球への侵略を開始し、抵抗を破砕し北半球を制圧した。そしてそこで唐突に侵略の手を止めた。その理由を人類は知らない。

 そこから終わりの見えない戦争の時代が始まった。異星間航行を果たすだけの高度技術はすさまじく、人類がまだ実用の域に到達していないレーザー兵器が無数に配備された前線は文字通り難攻不落と言ってよかった。

 今回のカリブの海賊作戦オペレーション・カリビアン・パイレーツは、比較的統制の取れた反攻作戦としては10年ぶりに実行された作戦だった。

 最初の大規模反攻作戦として実施された陸海空の統合作戦はその規模ゆえか前線からはるかに遠い位置で探知され、槍衾のようなレーザーの雨霰で航空戦力と海上戦力が壊滅し、援護を失った陸上部隊は前進も後退もできず、補給も途絶え、大損害を被って撤退した歴史を記している。

 次いで何度か行われた少数精鋭の空軍単独の作戦は、小規模ゆえに前線近くまで進出したものの、一度攻撃にさらされるとレーザー兵器の濃密な迎撃で一瞬で壊滅したと噂されている。

 大規模な陸海空の統合作戦を遂行する力を失い、また相次いで精鋭を失った人類は本格的な反攻まで実に10年の歳月を必要としたのだった。

「畜生。帰ったら、この無謀な作戦を立案した参謀の馬鹿野郎の頭の上に一発落としてやる」

 最初の迎撃ラインで既に僚機をすべて失ったブラボー小隊は、それでも俺一人で進撃を続けていた。ああ、帰ったら、必ず、だ。

「作戦が成功し、生還したら、それも良いでしょう」

 オペレーターの男は無感情に俺の言葉をいなす。戦闘管制は送り出したが最後、部隊が帰還しないことにすっかり慣れていた。あるいは慣れた人間にしか務まらない仕事になっていたとでもいうべきだろうか。

「良いニュースと悪いニュースがあります」

「では悪いニュースから教えてくれ」

 覚悟ができているというつもりはない。誰だって死ぬのは怖い。それはほぼ生還が見込まれない立場であれ、パイロットとて同じだ。

「別ルートで侵攻していたエコー小隊、オスカー小隊、ウィスキー小隊は小隊長すらいません。全滅です」

 まだ最初の迎撃ラインを超えただけだというのに、既に甚大な被害だ。パイロット速成養育学校の同期も少なからずそこにはいた。しかし心折れ反応が遅れればその死者の列に俺もすぐに名を連ねることになる。次の迎撃ラインはもうすぐだ。

「なるほど。悪いニュース過ぎて反吐が出るね」

「良いニュースは、ロメオ小隊とタンゴ小隊はまだ残っています。作戦は続行です。訂正します。タンゴ小隊はたったいま消えました。いずれにしろ続行です」

 状況は最悪に近い。もともと今回の作戦は、小部隊では防御火網を突破できずに摺り潰されるからこそ、6個小隊24機の集成部隊での実施とされた経緯がある。つまり作戦を考えた連中は相応に打ち減らされることを承知の上でこの作戦を結構した以上、相応の損害は覚悟の上だろうが、それにしても悲惨極まりない。

「ありがたくて涙が出るね。で、ロメオ小隊はあと何機残っている?」

「今のところはロスト1。まだ小隊として機能しています」

 つまり残数4機。全体として見れば実質的にはほぼ壊滅状態と言ってよい。殲滅戦線はその名に相応しい結果を出しているわけだ。もっとも殲滅されるのは常に人類側であり、この作戦も今のところ過去の作戦と同様の状態に陥りつつあった。


「もうすぐ第二次迎撃ラインだ。ここを突破すれば、人類初、か」

 カリブの海賊作戦――それは北米大陸への反攻の足場とすべく、敵陸上兵器の展開が比較的薄いと目された旧ドミニカ・キューバを奪還し、中米侵攻のための兵站を推進することにあった。無人兵器が大半とも言われるカリブ海で比較的土地を確保でき、また中米反攻の支援を出すにも適した距離にあるここを奪還することなしに、北米への反攻は望めないだろう。

「照射警報!」

 レーザー兵器はその性質から大気中で減衰するものの、一度照射されれば数秒で機体に穴が開く。射角を反らすことで大きく脅威を減衰できはするが、それも射線が一つであればこそであり、無数に照射されるレーザーをその方法で躱すのは不可能と言ってよかった。まして人の認識レベルとしてはほぼ光速と同義であり、照射警報が鳴る時にはすでに照射されているため、常に後手の対応をせざるを得ない。

 即座に不規則機動完全ランダム回避のスイッチを入れる。それまで警報から1秒か2秒。けたたましいアラートが鳴り響く中、急減速・急加速にくわえて急制動や上下左右のロールを組み合わせたランダム回避が始まる。完全に機械任せだが、その制動はランダムに行われるためレーザーを避けるには適していた。

 人間が耐えられる限界を無視したような荒れ狂う制動に、俺は臓腑が締め付けられ気を失いそうになるが、警報は一向に収まる気配がない。一体どれだけの数の兵器がこちらに牙を剝いているのか知れたものではない。

「オペレーション・コントロール!ロメオ小隊の状況は?」

 この様子では望み薄だが、少しでも迎撃の線が分散すれば多少はマシになるかもしれない。あるいは、既に分散していてこの状態なのかもしれないが。

「ロメオ小隊は第二次迎撃ライン到達と同時に1機ロスト」

 果たしてターゲットまで到達できるだろうか。怪しいものだ。

「生き残りを全部合わせても小隊未満かよ」

 舌を噛みそうになりつつ、毒づく。

「最短コースで突破を」

 オペレーターは聞かぬふりをして指示を伝えてきた。しかし不規則機動を続けなければ撃墜必死で直線で飛び抜けることなど無理難題だ。

99.999%ファイブ・ナインだったな。この作戦考えたやつは自分でこの空を飛ぶべきだ。絶対次は縛ってでも乗せてきてやる」

「現状、一番勝算のある作戦です」

「勝算。笑わせるな!」

 作戦参加部隊がほとんど壊滅している状況で勝算という言葉で話せるオペレーターも、おそらく狂っているのだろう。50年敗北を重ねるような戦争状態が続いていることで、どいつもこいつも感覚が麻痺しているに違いない。

 時間感覚すら失わせる不規則制動がふと止んだ。気が付けば照射警報も鳴り止んでいる。

「突破した……⁉」

 眼下には青々としたカリブ海が広がる。作戦開始以来、海の色など気にしたことも、その余裕もなかった。

 大小さまざまな島々が視野に収まった。ドミニカかキューバ、そのどちらかにこの一帯の無人迎撃兵器群を制御する施設があると推測されていたものの、それは目視で確認しなければならない。このゼロと呼ぶべき生還率の作戦を有人で行う理由はそこにある。北半球の失陥と並行して軌道上の衛星群が軒並み破壊されてしまった人類は、衛星を使った偵察の術を失っていた。

 そしてそれは探すまでも無かった。かつてキューバと呼ばれた島の中心から、複雑な幾何学線で構成された異様な雰囲気の巨大なタワーが屹立していたからだ。


「こちらロメオ2、繰り返す、こちらロメオ2。友軍機、聞こえるか」

 太陽を背に無線の主がその機体を寄せてきた。

「ブラボー3だ。ロメオ2、残りはどうした」

「さっさと昇天しちまったよ!」

 怒気半分、諦念半分の返事。単独任務にならなかっただけ幸いというべきだろうか。それとも運悪く2機が次の地獄に招待されたというべきだろうか。もっとも、全機反応弾を搭載したった1機でもそれを投下すれば良いというレベルの作戦である以上、2機生き残っているのはシミュレーション以上の成果ではあった。

 そのタワーは無機質で金属とも非金属とも言い難い質感で、何の反応も示さずにそこに位置していた。敵は技術が進み過ぎて推進剤を使う誘導兵器の類いは廃れてしまっているというのが人類の見解だった。再三失敗した作戦のどれもがレーザーの飽和照射に焼き尽くされて失敗し、ミサイルの類いは一切観測されなかったからだ。

「ロックオンされた⁉」

 存在しないはずのミサイルのロックオン警報にロメオ2から悲鳴が上がる。旧世代機に搭載されていたフレアの類いは機動性向上のための重量軽減を目的として第11世代汎用戦闘機マルチロール・ファイターにはまったく搭載されていない。つまり対抗手段がほとんどないと言っても過言ではなかった。

「タコ野郎はミサイル使わない。あのムカつく教官が偉そうに言ってたじゃねーか」

 怨嗟の声が空しく喚く。過去の作戦で第二次迎撃ラインを突破できた部隊は存在しない。未知の領域だ。何が起きても不思議は無かった。

「ロメオ2。どでかいタワーの中央で発射を確認した。1、2、3……8。8発!」

 さきほどまでのレーザーの飽和攻撃と比べれば数は微々たるものだが、俺たちは対レーザー兵器の訓練は積んでいても、誘導弾で狙われるような状況は訓練ですら想定されていなかった。フレアが搭載されていないのも、その必要がないと判断されたからだ。訓練などしているわけがない。しかしホーミングで狙われた際のロックオン警報がそのままなのは理解に苦しむが。

「大した数じゃない。おそらく過去の攻勢で使われた旧世代機から回収したものをリサイクルしているんだろうよ」

 俺は気休めにもならないことを叫ぶ。考える時間は無い。

「俺の反応弾をミサイルの射線に撃ち込む。そうすりゃ空間ごと葬れる」

「失敗したら?」

「その時はいずれにしろ仲良く昇天して終わりだ。早いか遅いか、それだけの差だ。賭ける価値はある。ロメオ2、お前の反応弾はタワーにぶち込んでやれ」

 反応弾は磁場で反物質を内部に閉じ込めたミサイルだ。目標で磁場が消え、対消滅反応が始まれば巻き込む範囲は申し分ない。ただし、空間ごと消滅の連鎖で消し飛ばす性質上、移動する小物体を相手にするような設計ではない。ある程度大きな的が動かないことを期待して撃ち込むもので、賭けは分が悪いが賭ける他にない。

「ブラボー3、発射ファイア!」

 発射と同時に2機は左右に分かれて旋回し有効半径から逃れようと回避行動に移る。高速で旋回して再合流するまでさほど時間はかからないが、成功しなければいずれにしろ敵のミサイルで命中して終わりだ。

「3、2、1、目標地点コンタクト

「ロックオン警報が止んだ! やったぜこの野郎! やりやがった!」

 ロメオ2から興奮した声が飛んでくる。虎の子の反応弾はもうロメオ2の一発しかない。その一発であの巨大なタワーを吹き飛ばせるだろうか。

「ロメオ2、タワーの足元を狙え。土台が無くなればタワーなど崩れる墓標だ」

「オーライ。目標セット……ロメオ2、発射ファイア!」

 いかにも鈍重なミサイルがタワーに向けて飛んでいく。着弾までの時間に焦れる。

 やがてタワーの根本に閃光が広がると、その半分ほどを島ごと消し去っていく。他上半分は支えるものが無くなった虚無の空間へと崩落を始めていた。

「ハッ! 見たかタコ野郎! くたばりやがれ!」

 99.999%ファイブ・ナイン。ほぼ成功しない、いや、必ず失敗するといっても良い勝算しかない作戦を、やり遂げた。奪還作戦はこの後揚陸部隊が無事に辿り着けば成功するだろう。しかしそれはもう俺の、俺たちの任務ではない。

「ブラボー3、ロメオ2、こちらオペレーション・コントロール。敵のカリブ海の無人迎撃システムの沈黙を確認した。帰還されたし」

「言われなくても還るさ。残念ながらお前の頭に落としてやるブツはないけどな」

「反逆罪で処刑されずに済みますね」

 このすっかり神経が狂っているとしか思えないオペレーターは、相変わらず淡々と応える。それが余計に気に障るが、それ以上会話を重ねる気にもならず、俺は司令部との無線交信を切った。

「ところでロメオ2。上機嫌なところ悪いが、異星人をタコ野郎と呼ぶのはなんなんだ? まだ誰も見たことないんだぜ?」

「気にするな相棒。大昔から異星人はタコみたいな野郎だってことになってる」

 ロメオ2はよくわからないことを言う。そんな話は見たことも聞いたこともない。基地に帰還したら詳しく話を聞くとしよう。


 司令部は作戦成功の報を受けても相変わらず淡々と指令を飛ばし続けていた。50年間一度も作戦が成功したことはない。画期的な出来事であったが、それだけ勝利から遠ざかっていると、歓喜の仕方すら忘れているのかもしれなかった。

 広いオペレーション・センターを見下ろす形で設けられている司令官室から窓越しにその様子を眺めていた司令官は、副官を呼ぶとこう問うた。

「貴官には人類の未来はどう見える?」

「未来、ですか。今回の作戦の結果が成功であったとしても、それはほんの一歩、いわば南極を目指してそこに上陸する目途が立ったという程度でしかないでしょう。大勢が大きく変わるとも思えませんが」

 副官もまた淡々と応えた。オペレーターと変わらない、勝利を知らない、戦争しか知らない世代だ。もっとも司令官自身、50代でもありこの長い長い戦争が始まる前のことなど実際に覚えているわけではなかったのだが。

「薔薇色の未来という言葉を、貴官は知っているかね?」

 物憂げに俯きながら質問の仕方を変える。

「薔薇の色、赤ですか? 人類の未来が血に染まっているという意味であれば、その通りでしょう」

 相変わらず感情の乗らない声色で応える。

「貴官は戦争しか知らんのだな」

「生まれる前から戦争しか無かったですから」

 しばしの沈黙が室内を覆い、司令官は諦め半分に説教めいたことを言い始める。

「良いかね。薔薇色の未来というのは、本来『明るい未来』という意味なのだよ。そしていま人類の目の前にあるのは、到底そういうものではない。しかし、だ。その薔薇の色が青ければ、それは人類にとって、いままさに必要なものなのだよ」

「青い薔薇ですか。小官は見たことがありませんな」

「薔薇の色に本来青など存在しないからな。その様子では青薔薇が示す意味もわからないのだろうな」

「専門外ですので」

 司令官は顔を上げて副官を見据えると、もう一言だけ付け加えた。

「貴官も少しは戦争以外のことを学び給え。生き残ったのはブラボー3とロメオ2だったか。ちょうどいい。その二人に補充要員を加えて小隊を編成しろ。小隊の名はブルー・ローズ小隊にしよう。もう下がって良い。少しは休め」

 そう言って副官を下がらせると、一人残った司令官は小綺麗に整頓されたデスクの上に無造作に置かれた作戦概要の資料を見つめ、窓の向こうを見やると呟いた。

「今の人類には奇跡が必要だ。しかしこのままではいかんな。戦争以外の文化を取り戻さなければ、戦争馬鹿ばかり育てていては、勝てたところで先は暗い」

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