第2話・・・相棒/ハングリー・・・
新入生代表の挨拶を終えた白鳥澪華は白虎学園の生徒会長室へ呼ばれた。
ドアの前に立った
『どうぞ〜』
中から穏やかな声が聞こえた。
ガチャ、とドアノブを回して「失礼します」と金髪を揺らしながら入ると、そこでは、二人の最上級生が迎えてくれた。
一人は入学式中、澪華の付き添いをしていた
澪華の失礼を承知でした質問に的確に回答してくれたこの学園のナンバー2。先程のやりとりだけでも思慮深さと内に秘める覇気に感服させられた。
……そして。
その鷹形を斜め後ろに控えさせ、優雅だが異様な深みのある笑みを浮かべて座る女性。
こうして初めて正面から相対すると澪華ですら空気の呑まれそうになる。
「話すのは初めてね。…改めて、白虎学園の生徒会長。
羽衣凪織。
着座状態だと床に触れそうなほど伸びている赤みがかった茶髪は波打ち、さながら彼女のオーラを象るように広がっている。頭には白いリボンを巻き、可愛く美しい。慈母のような眼差しは自分の全てを受け入れてくれるような包容力を感じさせるが、同時に一度飛び込めば引き返せないような危うさも覚えさせる。
身長・体型は女性の平均を少し上回るぐらいだが、彼女の纏う雰囲気が実物以上の大きさに見せる。
(…この私でさえ、ごく自然に「この人の方が上」だと無意識の内に下ってしまいそうです…。これが、白虎学園の生徒会長、
「どうしたんだい? そんなに見惚れて」
羽衣凪織が笑いかけてくる。
確かに覇気に当てられていたが、決して表情に出していなかったはずだ。
平然と心を見透かしてくる。さすが生徒会長といったところか。
「別に」
澪華も微笑で返す。
「四歳上の学生というのが新鮮でつい意識を奪われてしまいました」
「うぐっ」
白鳥が強気に弄ってみたら、凪織が子供のように顔を歪ませた。
…そう。
『四神苑』の学園は全て三年制ではなく
年齢にして15~20歳。幅広い年代の思考と思想、五年という長い歳月、そして最大年齢差五歳が生む複雑な人間関係が精神をあらゆる面で鍛え育む。
「やっぱり〜、20手前で制服って痛いかな〜?」
羽衣が自分の制服を摘んで唇をくいっと捻る。
「決してネガティブな意味で言ったわけではありませんから」
「いーや!」
羽衣が頬をぷくっと膨らます。
「澪華ちゃん、絶対バカにしてた! 自分の方が若いぞって鼻高くしてたよ!」
そんなことない。制服より今の反応の方が大人げない。
しかもいきなり下の名で呼ばれた。
…一つの言動に対して情報量が多く、白鳥は頭が痛くなってきた。
すると。
「そんなことはないだろ。それに制服云々より今の反応の方が大人げないぞ。あと親しくもないのにいきなり下の名前で呼ぶな」
鷹形が手刀を羽衣の脳天に落とした。
羽衣が「いてて」と頭を押さえる。
意外とお転婆な生徒会長と、冷静に宥める副会長。なるほどオーソドックスな良き相棒だ。
(それにしても…)
澪華は羽衣を見る。
(こんなふざけた態度なのに、彼女から感じる覇気が一切緩まない。…今の言動は全て『素』に近いものだとは思いますが、ポーカーフェイスで隠せるものを敢えて晒したといったところでしょうか)
やはり計り知れない女だと、改めて羽衣凪織を認める形となった。
「さて」
ぱん、と羽衣が柏手を打つ。
「真面目な話に移ろうか」
澪華は背筋を伸ばした。ここからが本題だ。
「この場でいくつか、澪華ちゃんに確認したいことがあります」
わざとらしく畏まった口調で羽衣が言う。ちなみに下の名前呼びはもう変える気がないようだ。
「まず一個」
羽衣が人差し指を立てる。
「『
『権限代理人』とは、『首席』を獲得した生徒に与えられる権限の一つだ。
白鳥が獲得した『首席』の座には多くの権限が備わっている。
端的に言えば、鳳凰財閥の絶大なバックアップだ。
各業界の重鎮との優先的交渉権、多額の資金援助、自己資金トップ層だけが参加できる社交会への招待権。
そして、
その他にも目から鱗が出るほどの権限が存在し、それら全てを『首席』生徒は保有することができる。
そして、『権限代理人』とはその『首席』の持つ権限の一部を非常時に代わりに行使できる者のことを指す。
「言うまでもないことだけど、」
羽衣がそう前置いて説明する。
「この『権限代理人』はその肩書き自体が『首席の許可』の証。変な話、『権限代理人』が『首席』に黙って鳳凰財閥の資金を大量に引き出したり、首席の言葉だと偽って勝手に交渉を進めることもできてしまう。その責任全てを『首席』が負うことになる。……そして何より、」
羽衣が顔の前で指を絡める。
「この『権限代理人』は一度任命したら『首席』の意思で解任することは不可能。……悪辣な権限の使用が目立つようであれば、『
そこで羽衣がふっ、とこちらを試すように笑う。
「だから、超超超超ちょ〜〜〜真剣に選ぶ必要があるんだ。一生、君の隣で、君に全てを捧げ、尽くしてくれる子を! 選ぶんだ!」
鼻息が荒くなってきた羽衣の後ろで、鷹形が「これも言うまでもないことだと思うが」と口を開いた。
「『権限代理人』の選出に期限はない。前例を挙げれば卒業までの五年間、誰一人として選ばなかったという先人もいる」
権利であって義務ではないということだ。
「だが、」と鷹形が言葉を続けたところで、
「しかし、」と澪華が敢えて言葉を被せた。
これを失礼と捉える先輩ではないと目を合わせて確信しつつ、澪華は言葉を続けた。
「『権限代理人』が一人もいない、というのははっきり言って外聞が悪い、と言いたいのですよね?『私には信用できる人が一人もいません』と公言しているようなものですから」
「その通りだ」鷹形が頷く。
「理解しているようだから単刀直入に聞こう」
落ち着きを取り戻した羽衣が顎を引き、視線が鋭くなる。
「『権限代理人』は二人選べる。現時点でもう決まっているのかな?」
「はい」
澪華が淀みなく頷いた。
「一人だけ、既に決まっています」
「ほう」
羽衣が愉快げに微笑む。
「それは誰かな? そしてもう確定は揺るがないのかな? 澪華ちゃんさえよろしければ今日中に登録を済ませることもできるが?」
「そう仰ると思いまして」澪華が不敵な笑みを浮かべた。「既に生徒会長室の近くまでその者を待機させています」
澪華がポケットから携帯を取り出した。
「30秒以内にここへ呼べます。羽衣生徒会長さえよろしければ、今この場で登録させて頂きたいのですが」
羽衣が「ほほう」と微笑み、鷹形は片方を口端を少しだけくいっと吊り上げた。
澪華の準備の良さと、リスクが生じる『権限代理人』選出への積極的な態度に少なからず称賛の意を抱いたのだろう。
「では、呼んでもらおっか。お望み通り、登録を済ませよう」
◆ ◇ ◇
「失礼します!」
活力に満ちたよく通る高い声が生徒会長室に響いた。
ところどころ外ハネした濃い茶髪の長い髪。両側のこめかみの少し上あたりの髪を一房ずつ括り、まるで垂れた犬の耳のようになっている。少し吊り目で勝気と活力に満ちたエネルギッシュな印象が強い。小柄で軽やかな佇まいと相まって俊敏さに定評がありそうだ。
そして、元気溌剌な少女というインパクトの他にもう一つ、彼女のとある部分がインパクトを放っていた。
……それは左目周りに刻まれた傷だ。針で縫ってはいるようだが、左目を中心に広がるように深い傷が綺麗な顔の上に刻まれているのだ。
その少女は太陽のような満面の笑みを浮かべて、ばさっと勢いよく頭を下げた。
「初めまして!
にかっとその少女、栞咲紅羽が締めの笑みを浮かべる。
「……随分とまあ元気な子だねぇ」
天真爛漫な紅羽の迫力に羽衣がくたびれたような笑みを浮かべる。
気持ちはよくわかる。有り余るエネルギーを放出する紅羽と話すのは体力がいる。
「それと」
紅羽が犬の垂れ耳のような結び髪を揺らしながら、首元の
「ご覧の通り、『普凡科』です! 所属クラスは一年
そう、紅羽は『普凡科』だ。
澪華はちらっと、羽衣と鷹形の表情を窺った。
歴代の『権限代理人』のほとんどが『特世科』であることは知っている。
正直なところ、羽衣も鷹形もここで嫌味な反応するとは思っていない。何か社交辞令とは別の反応や言葉を引き出せればいいと思ったのだ。
……しかし、
「紅羽ちゃん」
羽衣が下の名前で紅羽を呼んだ。
「はい」
目を合わせる紅羽に対し、羽衣が自身の左目に人差し指を添えた。
「その左目って…」
「はい!」
紅羽が元気よく首を縦に振った。
「
左目の下に指を当てて紅羽は肩を竦めた。
「小学二年生の時に交通事故で。この義眼、クオリティ高いから初見で気付くの難しいんですけどね。…やっぱり、この傷でわかりました?」
紅羽の左目周りの傷も交通事故の跡なのだ。
「傷は関係ないよ」羽衣が首を横に振った。「その義眼単体なら気付けなかったかもしれないが、目が二つ並んだらはっきりと違いがわかったよ。
……全く別種のこんなに綺麗な瞳を二つも持つ人間なんて、いるはずないってね」
ぱちんっ、と羽衣がウィンクする。
「お上手ですね〜っ。ボクが男の子だったら惚れちゃってたかも!」
「あ、ボクっ子なんだ! ……いいねぇ」
うひひ、と羽衣が卑しい笑みを浮かべたところで「その顔やめろ」と鷹形が手刀を脳天に落とした。
いてて、と痛がる羽衣を見て、紅羽は澪華に微笑んだ。
「面白い人たちだねっ、澪華っ」
「同感よ、紅羽」
澪華は自分の頬が綻ぶのがわかった。
やっぱり紅羽が隣にいるだけで落ち着く。元気が出る。
大切な役割を任せられるのは紅羽しかいない。
「ではでは」
一段落ついたところで、羽衣が手を叩く。
「早速『権限代理人』の登録を済ませようか」
その後、登録を終えた後にも幾つか確認を済ませてその場を無事に終え、澪華と紅羽は生徒会室を後にした。
◆ ◇ ◇
『権限代理人』の手続きは滞りなく終了し、白鳥澪華と栞咲紅羽が退室した後の生徒会室。
「羽衣、あの二人どう思う?」
鷹形は羽衣凪織に率直に感想を訊ねた。
「バランスの良い相棒だと思うよ」
羽衣が微笑む。
「おそらく白鳥澪華ちゃんは普段は合理的だけどいざとなれば猪突猛進にもなれるリーダーの基本資質をしっかり備えたタイプ。そして栞咲紅羽ちゃんは持ち前のエネルギー量で澪華にどこまでも付いていき、もしもの時は対等な関係で意見を言える組織のサブリーダーとして理想タイプの一つ。
……それに何と言ってもお互い信頼し合っている。うん、しっかり優秀で会長としてはありがたいよ」
「中々の太鼓判だな」
「正当な評価さ。…ただまぁ」
羽衣が目元に影を落として薄ら笑った。
「それでも中々どうし伸し上がれないのが、この白虎学園であり、この『四神苑』なんだよね」
「……それは、」鷹形が目を細めた。「自慢か?」
鷹形が肩を落として続ける。
「かつて俺達の世代の『首席』を打ち倒して生徒会長にまで上り詰めた『
「あははっ!」
現生徒会長であり元『
「そんなに深い意味はないって! ……ただ私は言いたかったの。敗北者の勝利に対する
……その羽衣の言葉を裏付けるように、白鳥澪華の元へ、早速嵐が接近していた。
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