第1話・・・『四神苑』/『首席』

四神苑しじんえん』。

 それは世界に名を轟かせる鳳凰ほうおう財閥が建てた超高度育成機関。要するに学校のことである。

『四神苑』の大きな特徴は、広大な敷地に『四つの学校』が存在することだ。


 一つが、朱雀すざく学園。

 ノブレスオブリージュを信条としている『日本の貴族』が集結した学園だ。

 入学基準の段階で『家柄』『親・会社の保有資産』『寄付金額』など、徹底的に血統を見定め、尚且つ学生時代の功績や学力に関しても高いラインを設けて一切妥協せずに『高潔な貴人』のみの入学を許している。


 一つが、青龍せいりゅう学園。

 スポーツ関係に特化し、その中でも『司令塔』『策士』『戦術眼』の才に秀でた者が集結した学園だ。

 ただ鍛えるだけ、ただ才能を乱暴に振るうだけ、そういった脳筋は完全に断り、俗に言う『頭脳派』を募っている。『知』と『武』の二つを完全に両立した人間が学園に集まり、切磋琢磨して才能を磨き合っている。


 一つが、玄武げんぶ学園。

『情報』の扱いに長けた者が集結した学園だ。

 マスコミ志望、インフルエンサー、マーケター、動画クリエイターなど、『情報』の専門家たちが集まっている。騙し合いを強制するような『教育カリキュラム』によって骨の髄まで『情報』に敏感で、物事の『裏』の『裏』を読む謀略家を作り出すことを目的としている。


 一つが、白虎びゃっこ学園。

『自由』を重んじ、一部・・の生徒の自主性が100%尊重される学園だ。生徒達は絶大な権限を与えられ、授業も大幅免除されることで多くの『自由』な時間を『自分がやりたいこと』に注げる。その『やりたいこと』は生徒の数だけバラエティに富んでおり、多種多様の才能が『思考』『力』『言葉』をぶつけ合い、唯一無二の『才能』へと磨き上げる。

 ……そして白虎学園にはもう一つの独特ユニークな一面もあり…。


 各学園は山を丸ごと一つの敷地としており、さながら一つの『国』として四つの学園は日々対立している。

『四神苑』は鳳凰財閥が創造した『魔境』であり、日々争わせることで強靭な精神と実力を養っているのだ。



 ………さらに鳳凰財閥は『四神苑』を更なる『魔境』を化して、より争いを活発化させる為に本来なら受け入れるはずのない生徒・・・・・・・・・・・・・・・・を試験免除で招き入れている…。



 ■ ■ ■



 春、四月。

 桜色の世界を彩る新しい門出のシーズン。

 身長185センチ。一瞬の間隙を見逃さない鋭い眼光を持つ男子生徒・鷹形伊助たかがた いすけは、白虎学園の生徒会副会長として入学式のメインを飾る生徒の付き添いをしていた。

 伊助は目の前で静かに座る少女を見た。

(…落ち着いてるな。さすが『首席』といったところか)

 伊助は現在、控え室である生徒と共に待機をしていた。

 その生徒こそ今年の入学『首席』、新入生代表の挨拶を務める少女だ。

  

 白鳥澪華しらとり みおか

 輝く金髪をポニーテールに結び、凛々しく射抜くような双眸が揺れぬ光を宿している。背筋を真っ直ぐ伸ばして腕を組んで座る姿は正に不動。

 緊張も焦燥も熱意さえ感じないが、伊助にはほんの僅かに垣間見えた。その堅城のような佇まいの内側でめらめらと燃え渦巻く『闘争心』が。

 白虎学園の『首席』の座を獲得した生徒だ。当然、計り知れない『我欲』を秘めていることだろう。


「鷹形先輩」


 すると、白鳥の方から声をかけられた。


「どうした?」


「私の出番まで時間があるみたいなので、一つだけ質問してもいいですか?」


「何が聞きたい?」


 性格柄、鷹形の返しは素っ気ないものだったが、白鳥は臆することなく口を開いた。

「白虎学園は『自由』を重んじると聞きましたが……それは嘘ですか?」


 不躾とも言える質問に、鷹形は一切感情を表に出さず、逆に聞き返した。

「具体的には?」


「入学一週間後」

 白鳥が少しトーンの落ちた声で続ける。

「『首席』主導の元で新入生だけの『社交会』などというものを開かなければならないと告げられました。どうやら拒否権のない義務のようです。……入学早々、このような面倒事を強制されて、些か不服です」


「なるほどな」

 鷹形は白鳥の言い分に納得した。

「知っていると思うが、学園側のバックアップも大いに受けられるし、社交会は手っ取り早い人脈拡大のチャンスだ。歴代の『首席』は嬉々としてこの機会を自分のために最大限利用していた。……お前はこれをチャンスとは捉えないのか?」

 鷹形は至って冷静だが、意図的に若干の棘を込めた。

 好みではないからと拒絶する者が大成するとは思えないからだ。


「チャンスと捉える? 無理ですね」

 しかし白鳥は間髪入れずに否定した。

「時間は有限です。学園側からバックアップを受けとしても、多くの時間を割かれることになります。……私ならその時間を使って『社交会』などという自分とは親和性の低いものより、もっと有意義なことの為に使いますね」


 白鳥が一瞬言葉を切り、「それに」と視線を鋭くして続けた。

「……一番の問題は、私のライバルとなる『特世科とくせいか』の生徒達はその間にも確実に自分のために動いているということです。確かに私は『首席』の座は得ましたが、これは決して楽に獲得したものではありません。薄氷の上の勝利だと自覚しています。

 ……一分一秒も無駄にできないのに、やりたくないことをやらなければいけない。はっきり言って『不自由』を強制されているように感じます」


「……なるほどな」

 鷹形は素直に感心した。

(『ただ嫌だからやりたくない』と駄々を捏ねているわけではないのか。…まあ、そんな奴は『首席』になれんか)


「それと」

 白鳥が視線を細めて更に続ける。

「『歴代の『首席』は嬉々としてこの機会を自分のために最大限利用していた』と仰いましたが、嘘ですよね?」


「……」鷹形が静かに口を開く。「どこがだ?」


「『嬉々として』という部分です。私と同じ思考の持ち主は少なからずいたはずです。嬉々とするはずがありません」


「オーケー」鷹形が降参とばかりに両手を上げた。「お前を図る為に適当な嘘をついたことは謝る」

 鷹形が天を仰いだ。

「今『不自由を強制されている』と言ったな。……端的に言えば、それが狙いだ」


「……」


 何も反応を示さない白鳥に鷹形が続ける。

「『自由』と言えど何でもやっていいわけではない。極端な話、『自由』と言われても殺人を犯していいわけがないだろう? 例え学園首席でもルールには従ってもらう、という白虎学園の威光を示す為の意味も込めているんだ」


「……その為に『社交会を開く』などという比較的大掛かりなことをせねばならないのですか?」


「それだけ大掛かりなことをしなければならないほど、過去にも少し問題が起きていたのさ」


「問題…?」


「主に生徒が増長したことに起因したトラブルだ。白虎学園は生徒に『自由』となる為の権限をかなり与えるからな。……いくら試験で振るいにかけても調子乗る生徒が必ず出てくるんだよ」


「……そういうことですか」


「特に『特世科』による『普凡科ふぼんか』の生徒への悪質ないじめが一時期耐えなかったらしくてな」


「…そうでしょうね」

 白鳥が目を伏せる。


「だから『社交会』を開かせたり、他にも定期的に学園の行事に強制参加させることで抑止力としているんだ」


「今日まで続いているということは、一定の効果があるということですね」


「ああ。……特に学園側が最も避けなければいけないのは、『首席』を始めとした入試上位の連中が増長することだからな。悪いが、少なくとも一年間は『五核初コア・ファイブ』の入試一位〜五位には仕事を強制すると思う。悪く思うな」

 ここで鷹形が申し訳なさそうにするのも違う。生徒会の威厳にも関わると思い、冷たいと言われようと濁すことなく伝えた。


「それなら仕方ないですね」

 対して白鳥は嫌がる素振りも見せずに頷いていた。


「…やけに素直に納得するな」


「納得のできる理由を呈示されましたから」白鳥が肩を竦める。「くだらない慣習を守っているだけならボイコットでもしてもいいかと考えていましたが、反省と改善の賜物ということですよね」

 白鳥は凛々しい笑みを浮かべた。

「先人がこの学園を守る為に施したものであれば、『首席』としてその責任は果たす所存です」


 その責任感に満ち溢れた様子に、鷹形は一瞬、眩しいと錯覚してしまった。

「……ありがとう」鷹形は無意識に言葉を紡いでいた。「話が早すぎて助かる」


 どういたしまして、と白鳥が苦笑する。


(……ふっ)

 鷹形は心の中で笑った。

(自分に不利益ないルールは無視する『自由な心』と、秩序を乱さない『固い精神』も併せ持つ。……今年もちゃんと、有望過ぎる生徒が入ってきてくれたようだ)


 副会長として、最後の一年間は期待できそうだと血が湧いた。


 それから数分後、入学式スタッフの生徒が白鳥を呼びに来た。



 ■ ■ ■



『続きまして、新入生代表による挨拶です』


 壇上の裏手で待機していた白鳥澪華は、その司会の挨拶を合図に歩き出した。

 コンサートホールのような式典会場。

 壇上から見える景色は正に圧巻だった。

 総勢2000人にも及ぶ生徒達が二階席まで埋め尽くしている。これが全て上級生抜きにした新一年生の人数だというのだからとんだマンモス校だ。

 全員、自分と同じように白を基調とした制服を見に纏い、襟元の校章の色は全員黄色だ。

 ちなみに先ほどまで一緒にいた副会長であり最上級生である鷹形伊助の校章の色は赤だった。


(日本有数の名門校だけあって、面構えが既にそこらの実業家より肝が据わってますね)

 生徒達の顔を見てそんな感想を抱きつつ、澪華はマイクに口を寄せた。


『初めまして』

 会場中に澪華の声が反響する。

『この度、新入生代表を務めます、白鳥澪華しらとり みおかと申します。……元来、どの業界においても式典における長話は歓迎されません』


 澪華は冷静に皆の気持ちを代弁し、指を二本立てた。


『なので、私からは「特世科とくせいか」「普凡科ふぼんか」、それぞれの生徒へ簡潔に言葉を伝えたいと思います』

 

 「「「…ッ」」」

 集中力が低下していた生徒達の目の色が変わった。

 いきなりデリケートな部分に切り込んだと全員が思ったからだ。



特世科とくせいか』と『普凡科ふぼんか』。

 それは他の三つの学園にはない、白虎学園だけの独自システムである。


 白虎学園は『自由』を重んじる。生徒達にも多くの権限を与え、授業も免除されるので時間を好きなだけ好きなことに使える。


 ……しかしこれは、『特世科』の生徒のみに与えられる特権なのだ。


『普凡科』の役割は主に二つ。

 一つが『学園全体の学力の維持』。

 一つが『「特世科」の企画への参加権』。


 授業も試験も免除される『特世科』に代わって白虎学園の学力を維持し、『特世科』の生徒が企画したことに関しては優先的に参加できる。


『普凡科』の生徒は言わばフリーランスのような仕事人のような扱いであり、企画を選ぶ権利もあれば、参加した際には報酬を得ることができる。


 ちなみに、『普凡科』の生徒は男女ともに無地のネクタイ・リボンに対し、『特世科』の生徒は虎の縞模様をモチーフにしたネクタイ・リボンを着用している。


 

「まず『普凡科』の生徒へ」


 澪華は会場中の無地のネクタイ・リボンの生徒達に意識を集中した。


「貴方達は白虎の『宝』です」


 澪華は言い切る。


「未だにあなた達を『奴隷』『使える駒』と蔑む輩がいるようですが、そんな愚人の戯言に耳を貸す必要はありません。共に『白虎学園』を盛り上げていきましょう」


 言葉を無駄に飾らず、正直に澪華は伝えた。


 どうか好意的に受け止めてほしいと願いつつ、次は縞模様のネクタイ・リボンの生徒達に意識を集中した。

『次に『特世科』の生徒へ。……正直、私は貴方達との距離感をまだ掴めないでいます』

 澪華は目を逸らさず、真摯に伝えた。


『「首席」の座は獲得しましたが、全員が自分より劣る、などと驕るほど私も愚かではありません。「首席」の座は私の実力だと自負はしておりますが、運の要素も決して少なくなかったでしょう。「特世科」の皆様は私に準ずる才覚の持ち主だと認識しております」


 一泊置いて、澪華は瞳に力を入れた。


「…しかし、馴れ合うつもりもありません。この場を借りて宣言します。……五年後・・・、私は生徒会長としてこの学園を卒業する覚悟です。私と同じ目標の人は躊躇うことなく鎬を削り合いましょう」


 気の所為か、会場中に漂う空気が変わった気がした。


 ひりひりと、肌を刺すような鋭い空気だ。


 澪華は己の宣告に対するアンサーだと受け取った。



 ……『特世科』と『普凡科』の生徒へ言葉を送り、誰もが澪華の宣告を以て挨拶は終了だと思ったかもしれない。


『それと、最後に』


 だが澪華としてはまだ終わっていなかった。


『これは白虎だけでなく、他の三つの学園にも言えることですが、』


 澪華は声音に明確な敵意を込めて、言葉を紡いだ。


『「翳麒麟かげきりん」などと大層な称号を授かっている「愚劣」を通り越して「害悪」でしかない人達に告げます』


 あからさまな挑発的態度に、場がまたどよめく。


 澪華は空気を気にせず、口元にマイクを寄せた。

 

『貴方達に存在価値はありません。…精々、身の振り方には気をつけて下さい』


 低い声で告げると、生徒達の視線が右往左往した。

 動揺もあるだろうが……気になって探しているのだ。


 今の澪華の敵意を向けられた、張本人達を。


 ……『四神苑』が生徒達の成長の為に敢えて招き入れた、異分子達を。



 ◇ ◆ ◆




「あはっ! 言われてるよぉ? せーんっ」



「言われちゃったねぇ。……それじゃ、頑張って存在価値を示すとしますか」



 異分子の一人である柊閃は、エメラルドルビー両眼オッドアイで白鳥澪華をじっくりと眺めた。

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