第3話 非常にッ!! もったいないッッ!!!
ホメオが部屋を出ると、ハンスはくるりと私の方へ振り返った。
その顔には、悩みなど1ミリもなさそうな、満面の笑み。
使用人として紹介されなければ、王子様と言われても納得するかもしれないほど、天使を思わせるような整った容姿をしている。
それ以前に、男の使用人の服を着ていなければ、ほぼほぼ美しい少女でしかない。
というか女なんじゃないの? 絶対女でしょ。背はまあまあ高めだけど、骨格とかはいかにも女っぽいし、声も高いし。
……このご時世色々あるし、思わぬ地雷を踏む可能性もあるから言及するのはやめておきましょう。
「身の回りのお世話をさせていただきます、ハンス・ランゲルと申します!! よろしくお願いします、奥様ァ!!」
その美しい姿から来るイメージを頭突きで破壊せんばかり勢いで、ハンスは頭を下げながら甲高い声で叫んだ。
「そう、よろしくね、ハンス」
私は少々勢いに気圧され、顔をそらす。
ハンスは腰を前に倒したまま、顔を上げてこちらへ向けた。
「お話はうかがっております! 奥様はダイエットをされるそうですね!?」
さらに、笑顔を強める。真夏の太陽のような、しんどいまぶしさ。
「いつの間にそんなことまで? まったく……」
恥ずかしいじゃないのよ! どこでいつから聞いてたのよ!?
「ところで奥様、質問よろしいでしょうか?」
腰を曲げたままのハンス。 その格好疲れない?
「なぜダイエットなどをされるのですか? ホメオ様がおっしゃられたのですか?」
「何故かですって!?」
私は声を上げて立ち上がった。
「もちろんザマァするためよ! 私をひと目見ただけで、クソデカため息をついてここに押し込んだあのイケメン細マッチョにね!」
会議テーブルを、バンと両手で叩く。
「ああ、思い出しただけでも腹が立ってきた! あのキレイな顔に一発カマしてやってもいいんだけど、それだと私の気が収まらない! 絶対にやせて、振り向かせて、言い寄ってきたところでフッてやるんだから!」
驚きで止まっていたハンスの表情に、再び微笑みが浮かんできた。
「そうですか、それはそれは……」
ハンスは一瞬、顔を下げ……
「非常にッ!! もったいないッッ!!!」
背中をのけぞらせながら、天に向かって咆哮した。
「ふくよかな体! たわわなお肉! すべての生命を包み込む、大地のような柔らかさを湛えた、その肩から腰にかけての丸みを帯びた豊かなフォルム! いやもう丸みなどという矮小な域を遥かに超えて、ほぼ球体、まさに『珠(たま)』ではありませんか!」
両手を掲げ、そして、ゆっくりと開く。
「そんな玉体をわざわざ削り取るなど、大きな損失ですよォ、これは! できることなら止めたい! この手で! この悲しき滅びの定めをッッ!」
そしてそのまま手のひらで顔を覆い、体をよじらせた。
そろそろ、こっちを止めたほうが良さそうね。
「悪いけど、吐いたツバを飲む気は無いわ」
さっきまで豚だのなんだのとさんざん言われた後なだけに、そのままでいいと言われるのは悪い気はしない。そのまま甘えてしまいそうだった。
でもその反面、素直に受け止めきれない部分もあった。
何より今は、あのハンサムゴボウ当主様を、見返してやらないと気がすまない。
「承知しました。奥様がどうしても望まれるのであれば……、ボクもお手伝い致します! 及ばずながら!」
ハンスは直立に戻り、再度深々と頭を下げた。
そして、隣で静かに立っている、メイド服の少女をチラリとみて、
「リム、君もあいさつを」
と、促した。
リムと呼ばれた少女は、視線を私の方へ向けた。
かと思うと、ワインの滓でも舐めたかのような険しい表情で、低い声を漏らした。
「……してやる……」
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