エルサイズの豚 ~豚と呼ばれた伯爵令嬢がイケメン侯爵を見返すために絶対やせる~
いやしけい
第1話 また豚って言った……2回も……お父様にも言われたことないのに……!
このとき、私はまだ知らなかった。
この結婚に隠された秘密を。
そして、これから始まるダイエットが、なんやかんやあってこのフトリア王国を滅亡へと導くことを……。
*******
長身で細身に見せながらもしっかりと筋肉を浮かべる体に、切れ長の目に高い鼻といういかにも端正な顔を乗せているその男は、流麗な所作で金色の髪をたなびかせながら、ホワイトボードにその容姿くらい整った文字をしたためた。
『消費カロリー>摂取カロリー』
書き終えると、イケメンはボードを手のひらでバンと叩き、
「単純なことだ。これを続けていれば、いずれ体重は落ちる」
と、小馬鹿にしたような鼻息とともに漏らした。
スタシス侯爵家の若き当主、ホメオ。――――私の目の前にいるビジュ最強Tier1美男子の名前だ。
この日18歳になった私は、この男と結婚するために、スタシス家の屋敷までやってきた。
しかしこのスカしたツラをしたスペックお化けは、輿入れしてきた私の姿を一瞥するなり、細い眉をひそめ、鋭い目で私を見下ろし、地獄の底から湧き上がるようなクソデカため息をついた。
――――――中央の貴族は、体型にうるさいと聞く。スタシス侯爵殿も、あるいはそうかも知れん。
実家を出る前に言われたお父様の言葉を思い出し、私はホメオに開口一番「それじゃあ痩せればいいんでしょ!?」と啖呵を切ってしまった。
そしたらまもなく私は、この神様から造形チートの詰め合わせセットを受け取ったようなこの男に本館から連れ出されて、ちょっと日当たり悪目な北側の離れにある別館の、この会議室に押し込められたってワケ。
ホメオは、さらにペンをホワイトボードに走らせる。
「体脂肪を1キログラム減らすには、約7200キロカロリーの消費が必要になる」
口頭で説明をしながら、数値を次々と書き込んでいく。
「1日につき300kcalの消費が上回れば、およそ23日で1kg、1年で15kgは落ちる計算だ」
そういうと、ホメオは流れるような動作でペンにキャップを付け直し、粉受けに置いた。
私は、実家から着てきたままのドレスの上から腹を掻いた。
「あのねえ……」
言いたいことは山ほどある、でも今はコレ。
「そんなことができたら、誰も苦労しないわよ! できないからこうなってるの! わかる!?」
私は会議テーブルを手のひらで叩いて立ち上がった。
「なるべく短い期間で、できるだけ楽に痩せる方法! 私が知りたいのはそれ! 悠長な原則論が聞きたいわけじゃないの。何か知ってる風にこんなミーティングを開いたんだから、当然それくらい説明できるんでしょうね!? ホラ早く言ってみなさいよ!」
私は言いたいことを一通りまくし立て、肉体を再びパイプ椅子に弾ませた。
肺に空気が足りなくなり、呼吸音にゼーゼーとノイズが交じる。
ホメオは深く息を吸って、瞳を閉じた。
やがて、会議室に伝わる私の声の振動が途切れると……、その目を、鋭く見開いた。
「――――この豚がッ……」
まさに家畜を見るような視線と、低いイケボの罵りが、私の豊かな脇腹を突き刺した。
「豚!? いま豚って言った!?」
ひるまない。すぐさま再度立ち上がり、はるか高くから私を見下す美顔を睨み返す。
「確かに、今言ったことは何も特別なことではない」
ホメオは一歩足を踏み出し、
「だが、その簡単な原則すら知らずに、ただ怠惰に過ごした結果がその体だ」
私に向かって指差す。
「グッ」
正論の二太刀、三太刀。
だが倒れない、伯爵令嬢は膝をつかない!
「それにもかかわらず、基本的なことすら把握せずに、近道ばかり探そうとするその態度こそが豚なのだ」
「グアアアアアアアッ!!」
一刀両断、会心の一撃。さすがの私も、その場にへたり込んだ。
「また豚って言った……2回も……お父様にも言われたことないのに……」
地面を見つめる私。
ここまで言われたら、速攻で三行半を突きつければいいのかもしれない。
しかし、これは政略結婚。実家とスタシス家の関係を深めるために必要なこと。
こちらも子どものつかいではない。おいそれとトンボ帰りするわけにはいかないのよ。
ホメオは目を閉じ、やれやれとばかりに深いため息をついた。
「もっと早く体重を落とす方法は……無くはない」
「なッ!?」
私は再び立ち上がり、会議テーブルに身を乗り上げた。
「あるなら言いなさいよ! ホラ早く!」
ホメオは微動だにせず、私をその長身から冷たく見下ろした。
ムカつく。どんなに揚げ物を食べても、胸焼けも胃もたれもしたなんてことないのに。
「……だが、今のお前には到底教えられん」
「なんでよ! 先に答えを教えなさいよ! そういうまわりくどいのは嫌! コスパとタイパを考えなさいっての!」
「だまれ豚」
「3度目!?」
ホメオは私を意に介さず、部屋の出入口の方を見ながら右手を上げて合図を出した。
すると、会議室の重そうな木の扉が、勢いよく開かれた。
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