第12話 星籠山

 四人が足を踏み入れた「星籠山せいろうやま」は、学院の裏手に広がる霊力で満ちた深い山だった。木々が密集し、冷えた空気が肌を刺す。頭上では枝葉が絡み合い、日差しをほとんど遮っている。湿った土の匂いが鼻をくすぐり、ひんやりとした湿気が肌にまとわりついた。


山の入口には古びた石造りの門がそびえ立ち、その先には白く立ちこめる霧が道を覆っている。木々の間からは、橙色の果実を房状に垂らした高木が見える。果実は滑らかで、甘い香りを放ちながら風に揺れ、まるで宙に浮かぶ灯籠のように幻想的だった。紫色の花房を垂らした多年草は無数の糸状の構造で覆われ、霧に濡れて微かに光を反射している。さらに奥には、青紫の花弁に星空を思わせる模様が散りばめられた花が咲き誇り、霧の中で幽かに輝いていた。


「うおー……すげぇ。」


郁之助が驚きに目を見開き、槍を肩に担ぎながら呟く。ほかの生徒たちもあちこちで声を上げた。


「これ、植物なんだよな?なんか信じられねえ……」

「すごく綺麗だけど……触ったら危なそうじゃない?」


鳴たちも足を止め、周囲を見回す。山全体に漂うのは静寂と神秘の気配だった。


「なんか……すごく綺麗……」


貴音が感嘆の息を漏らす。


「でも、夢みたいでちょっと不安になるね。」

「ああ、それに普通に迷いそうだな。」


郁之助が苦笑する。

 

「迷うつもりなら、お前一人で迷ってくれ。」


七彦が冷たく返すと、郁之助は肩をすくめて「怖い怖い」とおどけて見せた。


鳴は一歩後ろで無言のまま森を見渡していた。

視線は鋭いが、どこか興味を欠いたような雰囲気を漂わせている。

 

風が枝葉を揺らし、霧の中から時折見える植物たちが淡く光る。その不思議な光景に、四人は言葉を失いながらも一歩ずつ奥へと進んでいった。


 先に到着していた日向が石造りの門の前に立ち、全員に振り返る。


「よし、全員そろったみたいだな。試験の詳細はすでに説明した通りだが、もう一度確認しておく。」

 

生徒たちは足を止め、じっと耳を傾けた。山の奥からはかすかな風の音が聞こえ、周囲に漂う霧が幻想的な気配を強調していた。


「課題を達成するには、合計四体の法獣を倒す必要がある。方法は二つ。法獣を無力化するか、護符を使うかのどちらかだ。」


そう言いながら、日向は腰に提げた袋から手のひらに収まるほどの大きさの木札を取り出し、生徒たちに見せた。木札には幾何学的な紋様が刻まれており、微かに霊気を帯びている。


「法獣にはこの札が埋め込まれている。この木札を持ち帰り、俺に報告した時点で試験終了だ。わかっているとは思うが、法獣を倒さなきゃ札は手に入らない。」


生徒たちの間にざわめきが広がる。木札は不気味な霧に包まれ、淡い光を反射している。その姿に、ただの試験では終わらないことを誰もが悟った。


「油断するなよ、法獣はそう簡単に札を渡してくれるような甘い相手じゃない。」


そう言いながら、日向は袋から数枚の護符を取り出した。護符は白地に力強い紋様が描かれ、淡く光を放っている。霧に包まれると、その輝きはより神秘的に浮かび上がった


「護符は一班につき四枚だ。」


日向はそう言いながら、次々と護符を各班に渡していく。そして鳴たちの班にたどり着くと、四枚の護符を手渡した。


「ほらよ。」

 

七彦がそれを受け取ると、鳴たち三人に視線を向ける。


「さっき決めた通り、護符は鳴に預ける。お前が一番まともに扱えるらしいからな。」


そう言いながら、護符を鳴に差し出した。


貴音がじっと護符を見つめる。


「これが護符......?なんか、ただの紙みたいだけど。」

「ただの紙なわけないだろう。」


七彦が呆れを含んだ声で返す。


それでも納得がいかない様子の貴音は、首をかしげながら続けた。


「これで何をどうするの?」


郁之助が笑いながら護符を指差した。


「霊力を込めて、妖に貼るんだ。成功すれば妖を封じられる。でも、言うほど簡単じゃないぜ。」

「霊力を込めるのと同時に詠唱もする必要がある。」


七彦が冷静に付け足す。


「そうそう、俺は一度も成功したことがない。」


郁之助がケラケラと笑う。

 

鳴は無言のまま差し出された護符を受け取った。手の中でそれを握ると、護符はまるで鳴の力に呼応するかのように微かな光を放った。


日向は全班への護符の配布を終えると、一歩前に出て静かに告げた。


「準備はいいか?」


その問いかけに、場の緊張が一層高まる。郁之助は槍を軽く肩に担ぎ、気合いを込めて大きく頷いた。


「よっしゃ、いっちょやってやりますか!」


隣では貴音も同調するように拳を握りしめる。


「頑張ろうね!」


日向は満足そうに頷き、声を張り上げた。


「よし――始め!」


その一言を合図に、生徒たちは一斉に動き出した。各班が思い思いの方向へと散っていき、山の奥に向かう足音が次第に薄れていく。


七彦が小さく息をついて鳴たちを見回す。


「行くぞ。」


その軽い言葉に促され、四人は迷いのない足取りで山の中へと踏み込んだ。木々の間から霧が漂い、視界を曇らせる中、星籠山の神秘と試練が彼らを静かに迎え入れた。

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