第10話 邂逅の芽吹き

 日向の案内で五組の生徒たちは教室に移動した。そこは独特な雰囲気を持つ教室で、正面には大きな黒板と教壇が据えられていた。


生徒たちの席は階段状に配置されており、机は横長で一つの机に二人ずつ座れるようになっている。机の表面には長年の使用による微かな擦り傷があり、時折、古い墨跡のようなものも見つけられる。


長椅子にはそれぞれに二つの座布団が丁寧に並べられている。座布団は薄紅色と深緑色で統一されており、少しの色彩が木造の空間に温かみを与えていた。

 

教室全体に漂うのは、磨き込まれた木材の心地よい香り。それに加えて、静寂の中に長年の規律と伝統が染みついたような、厳粛な空気が流れている。天井は高く、柱には精巧な彫刻が施されている。


「席は自由だ。適当に座ってくれ。」


日向の言葉を受けて、生徒たちはそれぞれの席に座り始めた。


生徒たちが席につくと、木製の床が軋む音が響き、教室内の静けさが一層際立つ。外から差し込む淡い光が木目の美しさを照らし出していた。


鳴は教室の中を一瞥しながら、自然と一番後ろの窓際の席を選んだ。窓から差し込む光が机の表面を柔らかく照らしている。


教室には約二十人ほどの生徒が席に着いていた。皆がそれぞれの机で隣の者と何かを話していたり、周囲を見回したりしている。


鳴は窓の方に視線を向けた。窓の外には手入れの行き届いた中庭が広がっており、木漏れ日が風に揺れる葉を踊らせていた。柔らかな日差しがその白銀の髪に反射し、虹色に照らす。


日向は教壇に立つと、黒板を軽く指で叩きながら説明を始めた。


「さて、早速だが今から君たちには実技試験を受けてもらう。」


その一言に、教室全体が静まり返る。


「とはいえ、一人で挑むわけじゃない。四人組の班を作って試験に取り組んでもらう。時間は限られているから、早めに相性の良い仲間を見つけてくれ。」


日向の話が終わるや否や、教室内はたちまちざわめきに包まれた。誰と組むか、誰が強そうか、あちこちで生徒たちが相談を始める。しかし、その急な発表に戸惑いの表情を浮かべる生徒も多い。何をどうすればいいのか、まだよく分からない様子で、目を見合わせては困ったように肩をすくめている。

 

鳴はその喧騒を窓際の席からぼんやりと眺めていた。自分から誰かに声をかける素振りもなく、膝に座る泳を静かに撫でている。その黄金色の瞳は、周囲の騒がしさにもほとんど興味を示していないようだった。

ふと窓から外を見上げると、陽光が雲間を抜けて、木々の間に差し込んでいるのが目に入る。騒がしい教室の中で、鳴だけが静かにその光景を見つめていた。


そんな鳴の前に、突然、勢いよく手が差し出された。


「ねえ君!一緒に組まない?」


顔を上げると、そこに立っていたのは左右に高く結んだお団子髪が特徴的な少女だった。髪はくすんだ桃色で、丸い瞳を輝かせ鳴をまっすぐに見つめている。活発な印象を受けるその笑顔は、どこか場の緊張を和らげるものがあった。


「私、三羽みわ 貴音たかね!まだ誰とも組んでないんだ。一緒にやろうよ!」


鳴は一瞬、彼女の手を見つめたあと、

「...いいよ」とだけ短く答えた。

たが、貴音はまったく気にする様子もなく、にこにこと笑みを浮かべたまま、隣の席にどかっと腰掛けた。


「じゃあ決まりね!あと二人はどうしようか。」


鳴がその様子をじっと見ていると、膝の上の泳が目を細めて小さく「ニャア」と鳴いた。


「あっ、ねこちゃんだ!」


貴音は目を輝かせ、驚いたように身を乗り出し、顔を近づける。


「君のねこ!?かわいい!名前は?」


「....泳。」


貴音の勢いに若干押され、鳴は少し身を引きつつ短く答えた。


泳は貴音をじっと見つめ、軽く尻尾を揺らした。それを見て、貴音はさらに嬉しそうに顔をほころばせた。


その時、後ろから声がかかった。


「おっ、お前らもう決まったのか?なら俺も入れてくれ。」


振り返ると、郁之助が軽い足取りで歩いてきた。机の近くに来ると、特に遠慮する様子もなく、片手で机に軽くもたれながら続ける。


「篝 郁之助だ。よろしく。」


貴音は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐさまにっこりと笑い嬉しそうに返事をした。


「私は三羽 貴音、よろしくね!」


郁之助は軽く頷き、周囲を見回しながら言葉を続けた。


「そうだ、こういうのは腕の立つやつが必要だろ?あと一人引っ張ってくるから、ちょっと待ってろ。」


そう言って立ち上がった郁之助を、貴音は感心したように目で追った。


「おお、頼もしいね!」


貴音の声には、驚きと期待が入り混じっていた。その横で鳴は相変わらず無言だったが、わずかに眉を動かしながら彼女たちのやり取りを聞いていた。泳も耳をぴくりと動かし、郁之助の後ろ姿をじっと見送る。


程なくして、郁之助が鋭い目つきをした少年を連れて戻ってきた。その少年は麦藁色の髪を短く切り揃え、どこか気難しそうな雰囲気を漂わせている。


「こいつだ。あかつき 七彦ななひこ。ちょっと面倒くさい奴だけど実力は確かだぜ。」


郁之助が軽く肩を叩くと、七彦はは鋭い目つきで郁之助を睨む。


「俺はまだ一緒に組むとは言っていない!」


「まあまあ、細かいことは気にすんなって!」


郁之助は悪びれた様子もなく、楽しそうに笑っている。

七彦はしばらく渋い顔をしていたが、やがて小さくため息を吐いて口を開いた。


「.....七彦だ。よろしく。」

 

「これで四人揃ったね!」


貴音が嬉しそうに手を叩く。

鳴は特に何も言わず、目の前の三人をじっと見つめていた。その視線には興味というよりも、ただ観察するような静けさが宿っている。膝の上の泳はというと、七彦のことをちらりと一瞥し、小さくあくびをしたあと、再び丸くなった。

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