第9話 新景の兆し

 壇上に近づくにつれ、新入生たちの視線が自然と鳴に向けられる。黄金色の瞳と白銀の髪は、嫌でも目立つ。それでも鳴は気にした様子もなく、静かに佇む。


鳴は軽く周囲を見回す。賑やかな声が飛び交い、興奮した表情の者、緊張した面持ちの者ーーさまざまな人間がいる。その中で自分が浮いているのを感じながらも、特に気にする様子もなく静かに立っていた。


「お前も新入生?」


隣に立っていた少年が興味深そうに声をかけてくる。


「.....うん。」


鳴はそっけなく返事をした。


少年は鳴の容姿を見て、目を丸くする。


「すっげえ......お前、どこの出身だよ?」


「さあ。」


鳴は視線を外したまま答える。その態度に少年はますます興味深そうに鳴を見つめていた。


ふと、少年の目が鳴の腰に下がっている刀に留まる。


「それ、刀か?」


少年は思わず声を上げ、興味を引かれたのか、少し身を乗り出して鳴の腰元を指差す。


「なんで、そんなもん持ち歩いてんの?」


鳴は鬱陶しそうに顔をしかめた。


「……うるさい。」


低い声でそう返しながら、刀を軽く手で押さえる。その動きには、何かを守ろうとする無意識の緊張感が漂っていた。


少年はその様子を見て、一瞬驚いたように目を瞬かせるが、すぐに笑みを浮かべると、軽い調子で言った。


「悪い悪い、聞いちゃダメなやつだったか?」


鳴はそれには答えず、じっと正面を見据えていた。少年はその態度を気にする様子もなく、満足そうに口笛を吹いていた。


周囲のざわめきの中で、壇上の鐘が大きく響いた。その澄んだ音が、これから始まる学院生活の幕開けを告げていた。

鐘の音が静かに収まると、壇上に立つ学院長と思われる壮年の男性が一歩前に進み、厳かな声で口を開いた。


「諸君、天元道学院への入学を心から歓迎する。この学院は、妖という脅威と向き合うための知識と技術を磨く場である。そして、それを成し遂げるのは君たち自身だ。」


低く響く声が広い会場に染み渡り、新入生たちは静かに耳を傾けていた。壇上には他にも数名の教員たちが並んでいるが、その鋭い視線とどこか威圧感のある佇まいが独特の緊張感を生み出していた。


「妖を祓うためには戦闘の技術だけでなく、妖に対する理解を深めることも必要だ。だが、最も重要なのはーー」


そのとき、鳴の隣に立つ少年が小声で呟いた。


「なんか、思ったより固っ苦しいな……お前もそう思うだろ?」


そこで鳴は初めてその少年をちらりと横目で見た。赤毛にそばかす、どこか人懐っこい印象のその顔には、若干の退屈さが浮かんでいる。鳴は何も答えず、正面を向き直したまま口を閉ざした。


「おい、無視かよ。」


少年は苦笑いを浮かべ、制服の裾を弄りながら肩をすくめた。


学院長の声が再び響く。


「ーー共に進む者たちとの絆を大切にしろ。この学院で過ごす時間は、互いを支え、学び、そして成長するためのものだ。それが未来を切り開く鍵となる。」


「きずな、.....」


鳴は眉を僅かに動かしながらその言葉を反芻する。自分には無縁のものだと感じつつも、壇上で語る学院長の目には不思議と力強さが宿っており、少しだけ目を引かれた。


式は続く。入学の心得が語られ、各教員の紹介が始まった頃には、鳴は正直少し飽き始めていた。視線をぼんやりと壇上に向けながら、肩に乗る泳に頬を寄せる。


泳はそれに応えるように一度、鳴に擦り寄ってからじっと周囲を観察する。時折、ぴくりと耳を立てては、聞き慣れない声や音に反応している。その仕草に気づいた鳴が僅かに顔を傾けると、泳は軽く尻尾を揺らし、まるで「気にするな」とでも言うようだった。


壇上で一人の教員が紹介されると、鳴は思わず目を細めた。日向だった。


「こちらは武技鍛錬の授業を担当する滝日向先生。」

日向は壇上で軽く頭を下げる。この数日ですっかり見慣れてしまった顔だが、今はまるで別人のように堂々としている。


「本当に教師だったんだ。」


鳴がそう呟くと、隣の赤毛の少年が目を輝かせて身を乗り出してきた。


「おいおい、知り合いか?あの先生って、結構すごい人らしいぜ?」


少年の声が大きかったのか、前に立つ生徒がちらりと振り返る。それでも少年は気にせず、興奮した様子で鳴を覗き込んだ。


鳴はその勢いに押されるように視線を外し、ただ一言、ぼそりと呟いた。


「......そう。」


 入学式が終わると、各組の振り分けが始まった。壇上に立つ年配の教師が、一人ひとり名前を読み上げ、新入生は木札を受け取り、書かれた組へと分かれていく。


「志堂 鳴。」


自分の名前が呼ばれた瞬間、鳴は短く息を吐きながら壇上に向かった歩き出した。視線が一斉に集まる中、特に動じる様子もなく壇上へ上り、教師から渡された木札を受け取る。そこには「五組」と刻まれていた。

壇上を下り、指定された位置に腰を下ろすと、式中に話しかけてきた赤毛の少年が隣に座ってきた。


「おっ、お前も五組か。いいじゃん!」


少年は木札を覗き込んでニヤリと笑うと、軽く身を乗り出してきた。


鳴はそれに対して特に反応することなく、ただ木札を見つめ、膝で静かに座る泳の頭をそっと撫でた。少年の話し声も、周りの興味津々な視線も、まるで届いていないようだった。


「俺、かがり 郁之助いくのすけ。よろしく。」


少年は手を差し出したが、鳴はその手をちらりと見ただけで何も言わず、視線を木札に戻した。


「おいおい、また無視かよ。」


郁之助は気を悪くするどころか、むしろどこか面白そうに鳴を観察している。

 

鳴は無視を続けたが、膝の上に座る泳がじっと郁之助を見つめ、小さく「ニャア」と鳴いた。


「お、そっちは挨拶してくれるのか。」


郁之助は泳に軽く手を振りながら笑った。


郁之助は引っ込めた手を頭の後ろで組むと、ふと思い出したように話を続けた。


「そういや五組の担任、滝先生らしいぜ。あの人、噂じゃかなりの手練れだって話だ。どんな先生か楽しみじゃないか?」


その言葉に、鳴はちらりと郁之助を見たたが、特に興味を示すこともなく再び前を向いた。

しばらくして全員の組み分け終わると、生徒の前に各組の担任が並び始めた。五組の前に立ったのは、やはり日向だった。


「さて、五組の諸君。」


日向は軽く微笑みながら視線を巡らせた。その佇まいにはどこか余裕があり、新入生たちは自然とその姿に目を引かれている。


「俺が君たちの担任の滝日向だ。よろしく頼む。」


郁之助が「ただの先生って感じじゃないだろ?絶対すごい人だぜ」と小声で鳴に話しかけたが、鳴は返事をせず前を向いたままだった。その代わり、泳が小さく鳴き応じた。


「また猫だけが俺に答えてくれるのか?」


郁之助は軽く笑いながら泳を見た。

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