もっていってください

安室 作

もって いって ください




 これから話すのは、怖がらせたりビビらせようって類の話じゃない。

 気を付けて欲しいこと……教訓ってやつだ。ガキの頃によく言われたろ? 

 知らない人にはついて行かない、声をかけられたり追いかけてきたらすぐ逃げる、みたいなことを。

 先生や大人は注意はしたかもしれないが、より詳しく伝えとこうと思うんだ。俺たちの住む地域。いつ誰かが危ない目に遭うかなんて分からねえしな。


 学校に行くとき、白い壁に絵を描いてる家があるのを覚えてるか?

 河川敷から曲がる前の道にある家だ。ちょっと通学路からは外れてるが、小学生の時とかに一度は行ったことあるんじゃないか? ……そうそう。ガキならとうぜん興味が湧くよな。

 まず壁にデカデカと虹やら風船やら動物の絵が描かかれてるし、平和がどうとか、幸せは自分の心が決める、みたいなメッセージが窓に貼ってあったりしてたろ? へえ、今も変わんないのか。


 なら、ドアの前には何があった?

 たくさんの絵や木彫りの動物が置いてあったよな。昔はおもちゃや服とかも置いてあったんだ。そして木の看板に赤い文字でこう書かれてる。

 【もって いって ください】……俺も人のことは言えないけど下手くそな字だ。あんなにすごい絵とか木彫りが作れるのに。そういうのが芸術家ってモンなのかね。それにタダで作品や物をあげようとしてるのも意味不明だし……まあいいや。

 これから俺がガキだった時に起きたことを話すからな。ちゃんと聞けよ?




 あの家は河川敷らへんの子どもはみんな知ってた。友だちの噂じゃ年を取った夫婦が住んでるみたいだが、朝も夕方も通学路を使う時間には誰も見たことなかった。

 並べられた絵や木彫りの作品から、どっちかが芸術家でもう引退したのかもしれない。あと古いおもちゃとか幼児服も置かれてたから、子どもがいたんじゃないかな。その子どもは大きくなったんで使いたい人がいたら貰ってほしい……って感じか。


 そこから何か持っていこうとする友だちはいなかった。もちろん俺もそうだ。欲しくなるようなモノはねえし、それに怖いというか、単に気味が悪かったんだよ。通り過ぎる時たまに眺めるくらいでだんだん何が置いてあるか、すぐ興味も薄れたしな。


 俺の世代、一年上の先輩グループが色々と問題を起こしてて……不良ってよりはイキって調子乗ってる奴らだ。悪ノリして面白がり周囲に迷惑かけまくっていたが、あの家に目をつけたのがこの話の始まりになった。


 もってけ、という看板の通り先輩たちは好きに持っていった。最初は一つずつで、それなりに遊びとして使ってたらしいんだけどな。けっきょく絵は蹴ったり叩いて壊したり、木彫りの動物たちも石投げの的。服やおもちゃも雑に扱われて捨てられてたって話だ。

 その家主がガキの所業を知ってか知らずか、減った分は補充されてたんだよ。木彫りの作品やおもちゃも。家の中にどれだけあったのか……少なくとも捨てずに取って置いたものだ。先輩たちは気まぐれにかっさらっては遊んで壊しを繰り返した。さすがに壁の絵にラクガキすることは無かったが、持っていって良いものを自由に使ってるだけ。あいつらの言い分としちゃそんなとこだろう。


 自分勝手? まあでも、中高生のノリなんてそんなモンよ。誰も止める人はいなかった。最後の最後まで、置いておくモンが無くなるくらい壊し尽くすまでな。


 ある朝……俺の友だちが部活の朝練に向かって河川敷の道を走っていると、原っぱの木があるところに、何か散らばっているのが遠目で見えたんだ。その時は誰かのイタズラだと思ったんだと。でも、けっこうな量捨ててあるから気になって確かめに行った。木の周辺は……板のカケラや木片と、バラバラになったおもちゃが積んであった。よく見ればそれがあの家に置いてあった絵や木彫りだって分かったと思うが、友だちはそれどころじゃない。河川敷中に聞こえるくらいの叫び声をあげた。


 人が一人、木によりかかるようにしてうずくまっていて、その下には数本の彫刻刀が転がっていた。

 全身血まみれで、かろうじて学校の制服だってのが判別できた。顔は分からなかった。皮という皮は削られて、穴だらけだったらしい。すぐそばの板切れには真っ赤な文字でこう書いてあった。見覚えのある血で書いた字……。





【もって いって ください】



 


 その後、死体が先輩のグループのリーダーだって判明したらしく、警察があの家に入っていって、誰がが捕まったってよ。

 タダより怖いモンはない。そう提示してる本人がどう考えてるのかなんてのも分からないしな。先輩が顔を削られたのだって、やり返しや恨みというより……もしかしたら単なる作品として手を加えられただけって可能性もあるだろ? 



 今も木彫りとか絵が家の前に置かれている?

 そりゃあ誰も中に入って確かめたことはないんだ。作品がまだ残ってたか……家に残った人が作り続けているのかもな。犯人と作成者は別で、今日も作品を増やし続けているのかも。


 好奇心のまま、わざわざ自分の身を危険に晒すマネはしないようにな。

 真実はどうであれ……俺たちが知らなくていい話なんだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もっていってください 安室 作 @sumisueiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ