魔王が人類を根絶しない理由 〜吸血姫の婿探し〜
リズ
第1話 真祖が生まれた日
『あの子は、人類やそれに連なる者を滅ぼすつもりみたいだね。真面目なのはいいんだけど、やり過ぎは駄目だ。これはもう一人、楔を作り出す必要があるね』
高度に発達した魔法文明を持つ世界。
その世界の大陸で最も発展した国。
高層ビルがぎっちりと立ち並んだその街を、神の子、四足で地を駆け、背中の翼で空を舞う青い宝石のようなドラゴンが一夜にして滅ぼした。
そのドラゴンはそれだけに飽きたらず、世界各地を飛び回り、人間やそれに連なる亜種族、魔物たちに至るまでを滅ぼそうと行動を開始する。
そんな現状を、神、上位存在は異界から眺め、ため息を吐いた。
そして、自らが存在する異界と現世の狭間である真っ白な空間に、一つの存在を創り出す。
「やあおはよう我が娘。体調はどうかな?」
「妾という存在に。体調の悪い日なんてあるのかしら?」
下界の人々に、神と讃えられる存在に、畏まることなく、まだ形すらない存在は言い返す。
「君に頼みがある」
「言わなくても、妾の中にアナタの願いは刻まれてるわ。姉である神龍の人類抹殺阻止と、世界の調停者になる役目、せっかく生を受けたのだから、務めは果たすわ」
「話が早くて助かるよ。いい感じに調整出来たみたいだ」
「もう時間もないのでしょう? もう行くわよ?」
「頼むよ。ああそうだ。現世に行く前に名前をあげる。君の名前はクラティアだ。クラティア・クリスタロスと名乗るといい」
「権力と、透き通る水?」
「君の力で住み良い世界を作って欲しいという願いを込めたんだ。頼むね」
「まあ、善処しますわお父様」
その言葉を最後に、クラティアを囲んでいた世界は白い空間から暗転。
まだ形を成していないクラティアは、後ろに引っ張られるようにして意識を手放した。
それからしばらくもしないうちに、クラティアは目を覚ます。
辺りの様子を見るに古い廃城の玉座の間のようで、立ち上がったクラティアの目には屋根のない天井一杯に、星の海が広がっていた。
「まったく、お父様も気が利かないわね。妾を生み出すならもっと華やかにしてくれてもいいでしょうが」
言いながら、クラティアは自分の外見を確かめるために魔法で散らばっているガラスを集め、目の前に姿見を作り出した。
「種族は世界初の吸血鬼、金髪で色白、幼女なのはお父様の趣味かしら? ああでも」
姿見で自分の姿を眺めていたクラティアが魔法を使い、姿を幼女から少女へ、さらに淑女へと変化させる。
どうやら年齢の概念は適応されていないようだ。
「さて、それじゃあ早速、馬鹿真面目な姉を止めに行きましょうか」
頭や五体に、何が出来るかは父から刻まれている。
姉である龍が八割ほど人類を滅ぼし、残るは二割ほど。
その二割を今は助けるために、クラティアは全裸のまま背中から蝙蝠のような翼を生やすと、身を屈めて飛び上がり、夜空にその身を翻した。
「これが感覚というものか。ふふ、悪くないわね」
呟きながら、自分と似た魔力を感じた場所に向かって飛行していくクラティア。
そして、神の子はある島の上で邂逅する。
「誰だ? いや、その魔力。貴様、神の遣いか」
「立場的には貴女の妹よ、お姉さま。お父様からの頼みでね、貴女を止めに来たわ」
対峙する巨大な龍と、大人の姿に変化しているとはいえ矮小な吸血鬼。
二人はしばらく睨みあっていたが、同時に、龍は口から、クラティアは手から同じ熱線を放った。
その熱線同士がぶつかり合って炸裂し、月や星に照らされた明るい夜空を、昼間のように照らして一瞬青空を覗かせる。
その光景を見た人間により、後の歴史に語られる、神話の一ページ。
悪魔と神龍の戦いは三日三晩続いた。
「どうやら、性能は妾のほうが上らしいな」
「邪魔をするな。人類を滅ぼさなければ、世界はやがて滅んでしまうのだぞ!」
「やり過ぎなのよ。人類に寄り添い、正しく導く事が出来れば世界はより良い方向に向かっていく。お父様はそうあれかしと望まれたはずだけど?」
対峙している神の子同士、その片翼はもげ、クラティアは左手を失いながらも笑い、龍は右手と右後ろ足を失いながら怒号を放つ。
「私が! 神の子が人と寄り添うなどと!」
「だから、貴女は妾に負けるのだ」
そう言って、クラティアは指を弾いて魔法を発動した。
「【冥界の門】という魔法だ。姉上の魂を、お父様にお返しする」
「させるかよ!」
龍の背後に現れた巨大な門。
その門が開き、中からおびただしい数の人間や魔物の魂が現れ、龍にしがみついていく。
放っておけば、龍は体ごと門に引き摺り込まれ、死を迎える。
しかし、龍は魔力を暴走させて自爆、周囲を空間ごと吹き飛ばし、周囲の島や海を巻き込み抉り、吹き飛ばして姿を消した。
「あの魔法から逃げるなんてねえ。まあいいわ。心臓は手に入れたし。もう暴れ回る事は出来ないでしょ」
そう言って、クラティアは爆発のドサクサに紛れてくり抜いた心臓を別の空間に放り込んだ。
こうして、この世界における頂上決戦は終わりを迎え、人類は滅亡の一歩手前で踏みとどまることになったのだった。
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