第18話 第二幕 領主邸 ①


〈領主視点〉


「まったくよお、オレサマの領地ナワバリでずいぶんと、好き勝手にやってくれてるみたいじゃねえか」


 開口一番、である。


 不機嫌さを隠さずに腕を組み、ただでさえ大迫力の双丘を『ドドン!』とさらに押し上げながら睥睨してくるのは、この城塞都市ブルタンクを治める女領主、ブルクト・ラオ・ブルタンク、その人であった。


 かつて『猛牛騎士ブルナイト』として恐れらた気性の荒さを匂わせる、鋭く引き締まった相貌。右頬に残る古傷。側頭部から生えた牛角。


 身長は二メートルを超え、みっちりと筋肉の詰まった身体を、軍服を模した実用性重視の貴族服に押し込んでいる。そのためミチミチと、一メートルを超える胸囲が悲鳴をあげて、今にもボタンが弾け飛びそうなほどに隆起していた。


「はて、何のことでしょうか?」


「さあ。まったく心当たりがないっスねえ〜?」


 牛人ブルマンの超人として〈存在進化ランクアップ〉を果たした闘牛人ミノタロスの威圧を正面から受けて、悪びれなくそう答えるのは、白と黒の精人アルヴである。


 城塞都市における領主邸の一室。


 来客用の部屋には現在、

 複数の人影が存在していた。


 部屋の中央、来賓用の長椅子ソファーに腰を降ろすのは、顔の下半分を般若面で隠した和装の大男であり、背後に従者である三人の少年少女を侍らせている。


 対する主賓用の長椅子にはブルクトと、伴侶である男性が座り、背後には客人と同じ数の護衛騎士たちが並んでいた。


 女領主の視線は大男の背後。


 大柄な鬼人オーガンの少女を左右から挟む、

 小柄な少年と少女に向けられている。

 

「ああん? とぼけるなよガキども。――おい、トルクト」


「はっ」


 女領主に応じたのは、背後に控える護衛騎士。

 

 騎士団の部隊長であり、ブルクトの娘でもある、トルクトだ。


 母親に似て骨格のしっかりとした体躯に、大きな背丈。大きな胸部。それらを薄く白い布地と、最低限の鎧装甲で覆っている。


 機動力を重視しているため股下などは局部装甲すら省かれて、伸縮性のある白布による鋭利な二等辺三角形が描かれているのだが、彼女たちにとってはそれが正装であり、事実一般的な獣人ライカン騎士の装いであった。


 何せ獣人ライカンとは、

 肉体美を称賛する傾向が強い種族。


 さらに未婚の女性などは、

 殊更に肌を露出する風習がある。


 よって十八歳という出産適齢期であり未婚でもあるトルクトは、白布に包まれた自らの肉体のなかでもとくに弾力性に優れた部位を『ブルン』と揺らし、滅多にお目にかかれない可憐な神官服の美少年に流し目を送ったうえで、手元の資料をめくっていく。


「……えー、今現在、確認されているだけでも、この三日間で四箇所の酒場や賭場が何者かに襲撃されています。そして衛兵たちが駆けつけた時には、襲撃者たちはすでに逃走済み。あとには荒らされた現場と、無力化された客や施設の関係者だけが取り残されていました」


「そして問題なのが、そのどれもが闇ギルドとの繋がりがある施設だったということです」


 部隊長の説明を補足するかたちで割り込んできたのは、彼女に並んで女領主の背後に控えていた副隊長、犬人ワンダ騎士のフーリーだ。


 長い前髪で左目を覆い隠した彼女は、残る右目でバチコンと美少年にウィンクを送りつつ、話を続けた。


「警邏兵も現場に突入するまでは確証を得ていなかったらしいのですが、ご丁寧なことに、違法な魔薬に違法呪具、貴金属に契約書と、そうした証拠がわざわざ隠し金庫から持ち出されて机の上に並べられていたとのことです」


「こうした現場の状況と、逮捕者たちの事情聴取による、直近の記憶喪失といった証言にゃどから、襲撃者が何らかの違法な魔薬や精神魔法を使用したのではにゃいかという、見解ですにゃ」


 締めの報告を奪ったのは、この場に控えている最後の獣人騎士。


 トルクト、フーリーと、三人のなかではもっとも背の低い、そばかす顔の猫人キャーティア騎士、ネルコであった。


「「「 …… 」」」


 説明という貴重なアピールタイムを奪い合った獣人騎士は、互いを視線で牽制し合いつつ、最後にニッコリと、渾身の笑みを対面に佇む神官服の美少年に贈った。


「へえ。それは物騒ですね」


 だが黄金稲穂のツインテールを揺らす白精人エルフは、彼女たちを一顧だにしない。


 代わりに、その隣に並ぶ男装の大鬼人オーガの少女が顕著に反応した。


「……あっ。そ、それでクロちゃん、この頃はいつも夜になったらエル兄さまとお出かけを――」


「――はいはいお子ちゃまは黙っていましょうね〜。今はオトナの話し合いっス」


「あ、あわわ、ごめんなさいエル兄さま!」


「……はあ」


 隣に並ぶ黒精人オルヴに嗜められて、

 慌てて両手で口を塞ぐ和装の男装少女。

 

 彼女を挟んだ反対側で、嘆息する姿すら美しい白眉の少年が、再び口を開いた。


「……それで、そうした連中が一掃されて、そちらに何か問題でも?」


「いや、何も?」


 そうした少年少女の遣り取りに、毒気を抜かれたわけでもないだろうが……ニカッと。

 

 放っていた威圧を霧散させて、

 領主は剛毅な笑みを浮かべた。


「がはははは! むしろ、ゴミムシどもの掃除をよくやってくれたと、褒めてやりたいね! いったいどこのどいつだかは知らないが、正体を隠してまでオレサマの領内浄化に貢献してくれるとは、有難いこった! おかげでオレサマも肩の荷を軽くして、こうしたプライベートな会談に応じられるってもんよ!」


 目の前にいる辺境領地からの客人が、城塞都市の門戸を叩いたと、番兵から連絡を受けてから四日が経過している。


 スケジュールの都合上、本来なら彼らとの面談はもう少し先になる予定だったのだが、都合よく『何者か』が面倒ごとを処理してくれたおかげで、こうして予定を前倒しにできたのである。


「そうですか。それは何よりです。きっとその何者かも、領主様のお役に立てたことを喜んでいることでしょう」


「……とはいえ、だ」


 本当に何も知らないような、天使の如き無垢な笑みを浮かべる白精人エルフの美少年に、ブルクトの瞳が狩人の鋭さを帯びる。


「どれだけ利益や正義があろうと、犯罪は犯罪。王国の法律に反する以上は、如何な義賊であろうとも、一度お縄についちまえばオレサマはそいつらを裁かなくちゃならねえ。そのへんのことを、そいつらはちゃんと理解しているのかねえ」


 ブルクトとて、闇を抱えた貴族社会に生きる地方領主だ。


 立件されない違法を合法とは言わないが、

 清濁を合わせ飲む器量は有している。


(ぶっちゃけ、表立って強硬策を執り辛い立場のオレサマたちに代わって、領内の不穏分子を片付けてくれた『何者か』には、感謝してるんだけどな)

 

 とはいえ、襲撃を受けた側も無能ではない。

 

 ああまで面子を汚されれば、

 報復は避けられないだろう。


 今回摘発された闇ギルド構成員は末端であり、上層部では、すでに犯人探しが始まっていることは想像に難くない。そして街の闇が動いたとき、あくまで無関係の立場を貫くならば、自分たちはその『何者か』を支援することはできないのだと、女領主は暗に告げた。


「問題ないかと」


 そうしたブルクトの杞憂を、

 神官服の美少年が一言で切り捨てる。

 

「むしろその程度の道理も弁えずに手段を選んでいるというのなら、彼の者たちは成るべくして成った結末を迎えるに過ぎません。領主様が、そのお心を痛める必要はないかと存じます」


「ふうん……そいつは、オレサマからすれば、何とも都合がいい連中だね。いやさ、都合が良すぎて、むしろなんか裏があるんじゃないかと疑っちまうんだが、そのへん、アンタはどう思ってるんだい?」


 そこで女領主は視線を一旦、

 白精人の少年から外して。


「……」


 先ほどから沈黙を保ったまま、対面の長椅子ソファーに腰に腰掛ける般若面の大男に、話の矛先を向けた。




【作者の呟き】


 獣人騎士 = ハイレグ騎士

 

 異論は認めません。

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