中編


 彼女と結婚したんだって? って?

 いや。俺違うし。


 上記の電話を切ってすぐに友人二人が家に来た。


 怒濤の事情聴取に素直に応じ、すべてを説明ゲロする。


 絶対お前以外あいつの相手は務まらない!


 絶対あの子以外あんたの相手は無理よ!


 何かの間違いだ!


 と、友人二人は口を揃えて唾を飛ばすが、客観的事実だけ並べると黙った。


 もうこれは本人の口から聞くしかないと、彼女へ電話をさせられた。


 自ら死刑執行場に赴く気分だ。


 俺からの電話……出ない。


 友人二人からの電話にも出ない。


 留守電にもならない。(機械に弱い彼女はたぶん設定も知らない)


 友人たちは一瞬黙り、ヨシ、飲もう! と大量の酒を買いに走り(逃げたとも言う)、朝まで飲み明かした。友人二人が。俺は下戸だ。


 つまみ作りも片付けも俺なのは何か腑に落ちないが、いや、俺の友人は台所に立っただけで鍋に穴があいたり包丁が折れたりするから、切に座っていて欲しいのだが、まあ、ありがたいと思う。


 少しだけ、気持ちが軽くなった。


 翌日、夜明けともに、結婚に向け同居している友人二人を車で家まで送り(来る時はタクシーで来た。帰りは送ってもらう気満々だったなこの二人)、大量の空き缶や空き瓶をまとめ、酔った友人が戯れに作成した鍋の中の七色の「何か」を壮絶な戦いの末に始末し、支度をして出勤する。


 すると、部長に呼ばれた。


 ミスを続けた自覚はある。


 注意や処分は甘んじて受けるつもりで、課長と共に部長室へ行く。


 内容は、ちょっと驚いた。


 四月から海外赴任の辞令が内示される予定であるとのこと。大きなミスをすると話が流れてしまうから、気を引き締めなさい、との叱咤激励だった。


 三年前、入社当時から希望していた、彼女のいる国の支社への赴任がこのタイミングで叶うとは。


 彼女は予定ならばすれ違いで帰国する。だが、向こうで結婚した。結婚相手が日本人か外国人か分からないけれど、向こうに残る可能性が高いのではないだろうか。


 向こうでバッタリ彼女と会うかもしれない。誰かの隣でカワイイ顔して微笑む彼女と。


 うん、死ぬ。


 自分から希望したことではあるが、ここは恥をしのんで事情を話すことにする。情けないけど、しょうがない。


 その国を希望していたのは、結婚を約束した彼女が赴任しているからであること。その彼女と連絡が去年の夏から取れずに、昨日、共通の友人から向こうで彼女は結婚したと聞いたこと。しばらく音信不通で、別れることは予想していたが、別れ話もせずに結婚したと聞いて……昨日の今日で気持ちの整理がついたとは言えないこと。


 部長と課長は黙って俺の話を聞いてくれて、終業後、飲みに連れて行ってくれた。俺、飲まんけど。


 部長と課長の家庭の愚痴が小説書けるくらいに波瀾万丈だった。俺の失恋なんか霞んだわ。


 数日後、会社側が動いてくれた。海外赴任の話は別の人になり、その人の抜ける所に異動するよう内々に辞令された。外国からの観光客が多い、ここからは遠い雪国の支社。


 今回、その人が海外赴任にOKしてくれ、通訳としても活躍していたその人の後任が俺、となった。


 実は俺、外国語得意なのである。親の教育のたまもの。ありがたや。


 俺のわがままとも言える事情を考慮してくれた会社とその人の為に、俺は二つ返事で引き受けた。


 転勤は二人で暮らした部屋を引き払う、良いきっかけともなった。


 きっとこのままだったら、いつか彼女がひょっこり帰ってくるのを心の底で待ちながら、独りでこの部屋に住んでいたと思うから。(キモいって言うな)


 仕事の引継ぎをしながら、さくさく引っ越し準備をする。


 少し背伸びをして借りた2LDKの部屋。彼女が帰国して結婚して子どもができるまでは、このまま住むつもりでいた部屋。


 彼女は海外へ行く時、必要な物は全部持って行った。ここにあるのは無くても構わない物か、すぐには必要じゃない物だろう。だが、捨てるにも俺には判断できない。


 彼女が置いていった荷物は段ボールで五箱。車で運べなくもない。


 俺は彼女の実家に直接持って行くことにした。


 結婚の挨拶をしたが、縁は切れ、最後の挨拶をするために。


 まあ、彼女の両親は、彼女から結婚したと聞いて、俺とは別れたことなど言わずもがな、だろうけどさ。俺はちゃんとけじめを付けたい。


 あ、自分の親に何も言ってない。

 気は重いが、言わざるを得ない。

 日曜の昼下がり、母親に連絡した。


 おとーさん! おとーさん!!


 って、昔音楽で習った魔王並みの大声で父親を呼び、突然電話が切れたので、かけ直しても出ないと思ったら、二人して家に来た。俺の実家は車で二十五分である。


 事情を説明すると(親に失恋話なんてなんの拷問だ)、母親が、何かの間違いだ! と彼女(もう元彼女か、面倒くさいからSHEの意味で彼女でいいや)へ電話をした。


 なんで友人たちと同じ行動とるんだ?


 電話は鳴るだけでやはり彼女は出ない。


 黙る両親。


 俺が彼女の実家へ荷物を届けて最後の挨拶をしてくると言うと、二人とも一緒に行くと言う。


 いやいや、俺二十七にもなって、パパとママと一緒ってどうよ。


 あ、拒否権は無いって、あっそう。しかも今から行くって。


 母親が彼女の母親へ連絡する。今までも結構連絡取り合ってたらしい。


 電話に出た彼女の母親が、娘が向こうで結婚したなんて話は一切聞いていない! おとーさん!  おとーさん大変!! と大混乱になり、電話が切れた。


 母が何回か彼女の母親に電話したが出ず、一時間後、こちらから行くつもりだったのに、彼女の両親と、事情を知る者として彼女の幼なじみである友人(彼女の実家の向かいが実家・今の家も同じ町内)と、芋蔓式で俺の友人(彼女の母親とも何故か仲良し)が俺んに来た。


 ちなみに彼女の実家は車で三十分、友人宅は十五分である。


 行動が皆一緒で迅速すぎる。怖いと思うのは俺だけか。


 そしてなんでこうなった。


 八畳程のリビングに大の大人が七人、床に円座。


 円の中心に悪魔が召還できそうだ。この場合は彼女か。


 俺は何回目かの事情を説明すると(もう慣れた。嘘、めちゃしんどい)、彼女の両親は、何かの間違いだ! と言って彼女に電話をかけ始めた。この光景さっきも見たな。


 まあ、出ない。彼女の母親は俺ん家に来る前にもかけているそうだ。その折り返しもない。


 黙り込む一同。ここ数日、ここまで色んな人から着信があって、折り返さないなんてあるだろうか。それとも、折り返し連絡ができない状況なのだろうか。


 いくらなんでも、何か不測の事態に巻き込まれているのではないかと、皆に不安が過よぎった。


 彼女の母親に月に一回は来る彼女からのメールを見せてもらった。


『元気? 忙しいけど頑張ってるよ。身体に気をつけて。じゃあ、また!』


 ……毎月一日、八時丁度に送信されている。使い回しの上、送信予約ってやつだろ。親、気付け。


 ってことは、彼女本人からのメールじゃないかもしれない。何かに巻き込まれていて、元気なように成りすまされているとしたら。


 これ、やべぇヤツじゃないのか?

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