第2話 新種を求める人間の話


 花々の咲き乱れる森のなか。

 倒木によって出来た小さな空間で、森の主が妖精たちに物語を聞かせている。

 バラという植物を、青色で咲かせようとした人間の話だ。



 新しい花を作る。

 増やしやすい品種、育てやすい品種。

 好まれる形、珍しい咲き方、他に無い花色。

 ある地域では、バラという植物の品種改良に莫大な投資をするほど熱心なものだった。

 植物界には存在しないという青色のバラを作ろうと、多くの植物学者や研究家たちが競い合っている。


 その植物学者の青年も、青いバラの研究に没頭していた。

 結婚したばかりの妻を家に残し、植物サンプルを求めて旅立ってしまうほどに没頭していたのだ。

 だが彼は世界中を旅する内に、鑑賞用の植物よりも穀物など食用植物の方が必要とされている事に気が付いた。

 貧しい者の多い辺境の土地で、飢えに苦しむ人々の惨状を目の当たりにした。

 干ばつで枯れた林に、硬く痩せた土。

 土地の支配者は豊かな土地を他所から奪おうと、戦のための税を取り上げるそうだ。

 わずかに育てた家畜や、出稼ぎに出た若者たちの賃金ではとても足りず。


 せめて、こんな土地でも育つ食べ物があれば……。


 世界各地への旅費に研究費。学者の彼だけで賄えるものではない。

 彼には、青バラを求める資産家のパトロンがいるのだ。

 研究に没頭していた彼だが、実際に世界を見て回り、求めるものが変化した。

 辺境の土地でも育つ、麦の品種研究をしたくなった。

 一部の金持ちが見栄や戯れの余興に求める花よりも、飢えから人を救う麦の方が重要のはずだと。

 彼はブルーローズのための資金を、麦の品種改良の費用に使ってしまった。


 誰かにとっての、良かれ悪かれ。

 隠し事は暴かれるもの。

 彼は痩せた土地にも生えるイネ科の雑草を見付け、その近縁種の食用穀類のタネを隣国から買い付けていた。

 しかし農村でもない土地からの妙な量の注文に、暇な推理好きが食い付いたのだ。

 すぐに暴かれた彼の秘め事は、パトロンの元に『情報という商品』として売り付けられてしまった。


 当然、資金援助は無くなった。

 さらに怒った資産家は、彼の妻を連れ去ってしまったのだ。

 幸い、援助停止の知らせを送るように言い付けられたのは、彼と面識のある若い執事だった。

 堅い文面の書類と共に、小さなメモ書きで妻がさらわれたと書き添えてくれたのだ。


 事情を話し、慌てて国に帰ろうとする彼を、貧しい者たちは引き留めた。

 貧困も知らない女ひとりよりも、自分たちを飢餓から救う方が先だろうと。

 彼は絶句した。

 弱々しく縋り付いてきた村人たちは、人が変わったように声を荒げて喚き散らす。

「裏切り者」

「大口を叩いておいて」

「結局、不可能だったから逃げるのだろう」

「寝取られる程度の女だっただけだ」

 村人たちは彼だけでなく、今まさに怖い思いをしているだろう妻までも冒涜するのだ。

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