花の森とブルーローズの麦

天西 照実

第1話 森の主と花の妖精たち


 枝葉の隙間からキラキラと光が注ぐ深い森。

 地面を覆うほどに色とりどりの花が咲き乱れ、木々の枝先でも小さな花たちが風に踊っている。

 ここは四季の花々が同時に咲き乱れる、不思議な花の森だ。

 当然、森の生き物たちも不思議な存在。とても不思議な姿をしている。



 道もない森のなかを、風変わりな植物が歩いている。

 尖った杭のような茶色い足で、花を踏まないように進んで行く。

 ロングコートのように全身を包む長い毛は、森に溶け込む深緑色だ。

 二足歩行に似た縦長の体ながら、足は二本ではない。深緑の毛に覆われた上半身の下。無数の尖った根が伸びて、順に曲げ伸ばしながら前へ進んでいる。

 頭部には毛のない顔があり、猫に似た金色の瞳に大きな鷲鼻、蛇のように裂けた口をもつ。

 額の右上には薄緑色の大きな花がひとつ、張り付くように咲いている。

 歩く異形の植物は、不思議な花の森を治める森のぬしだ。


 木々を避けて進む内に、花々の中から淡い光が飛び出して集まって来る。

 淡い黄色や優しい桃色、明るい紫に柔らかな橙色。

 パステルカラーの肌に昆虫のようなはねをもつ、とても小さな人型の妖精たちが、森の主の周りを飛び回る。

『今日も、お話聞かせてくれる?』

他所よその森のお話がいい』

『森の外の、お花の話がいい』

 妖精たちが口々に言う。

「ふふ。今日も、面白い話を聞かせてあげようね」

 男声にも女声にも聞こえる、石を擦るような声色で森の主は答えた。

「さてと、どっこいしょ」

 苔生す倒木に腰を下ろすと、森の主は周囲に浮かぶ妖精たちに目を向ける。

「君たちは軽やかで良いね」

 チョウやトンボのような翅をひらつかせる妖精たちは、クスクスと笑った。

「タネや花粉を飛ばす作用の象徴として、この森の花の精には翅がある。だが、本来は花も森も宙を飛ぶものではないからね。私には翅が無いのだよ」

『歩くの大変?』

 と、黄色い花の精が聞くと、森の主はフフッと笑った。

「花の森の主が、花を踏みつける訳にはいかないからね」

 森の主は枝葉の広がる頭上を見上げ、

「ちょいと除けておくれ」

 と、どこへともなく声を掛けた。

 すぐに周囲の大木たちが幹を揺すり、森の主の真上にぽっかりと穴を開けた。

 光が増し、青空が覗く。

「ほら、よく晴れた青空だ。ここには、あの青色と同じ色の花は居ないね」

 パステルカラーの花びらを纏う妖精たちが顔を見合わせる。

「青い花は、なかなか生まれない。それでも、作り出そうとした者たちも居てね」

『作り出す?』

『絵具で塗るの?』

 楽しげに浮かびながら、妖精たちが聞いた。

「いや。紅い花と白い花をかけ合わせて、桃色の花を作るように……なんとかして、もとから青く咲く花を生み出そうとしたんだ。この森とは、かけ離れた遠い場所でね。今日は、青い花を作ろうとした、ある人間の話をしよう」

 キャッキャッ、クスクスッと、小さな妖精たちの声が森に広がった。

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