第2話 御主人の活躍を喜ぶ下僕
「敵は数万もの魔物なのよ。いったい、どうするつもりなの?」
御主人が不安げな様子で問いかけてくる。
「安心しろ。数万の魔物くらい、我が魔法で簡単に殲滅できる」
「冗談ではなくて?」
「うむ。やろうと思えば一瞬で灰燼に帰すことはできるぞ」
その場合、周辺一帯を吹き飛ばすことになるので、この辺りの環境は激変するだろうが。森は消えて、たぶん砂漠になる。
まぁ一瞬で全滅させるのでなければ、いくらでもやりようはある。一時間くらいかければ、わりと穏便に排除できるはずだ。仮に魔物が五万とすると、毎秒14体くらいの討伐ペースだな。うん、いけるだろう。
「どうだ、安心したか?」
「安心できるわけないでしょ! どうしてそんな非常識なやつが奴隷をやってるのよ! しかも、なんで私のところにいるのよ!」
「それは我に言われても困るな。御主人の父君に聞いてくれ」
「父さん、死んでるじゃない!」
「どうしても聞きたいというのなら、我が力でゴーストとして蘇らせことも……」
「冒涜的すぎるから、やめて!」
わがままな御主人だな。
「とにかく、魔法で一掃できるってわけね?」
「できるかできないかで言えばできるが、やらないぞ」
魔法で一掃ではありがたみが薄くなるのだ。同じ結果でも苦労した方が高く評価されるのが人の世というものである。本当ならば短時間で結果を出したほうが、能力的に優れているはずなのだがなぁ。
「それじゃどうするの?」
「今回もいつも通りだ。御主人の”奴隷強化”で戦う」
兵たちにもそう宣言したからな。
ところが御主人は不服そうだ。
「ねぇ、その言い方、やめない? 私の、じゃないでしょ? 貴方の、でしょ」
たしかに、御主人自身に奴隷を強化するような能力はない。実際に付与魔法をかけているのは、我である。
だが、問題はない。我は御主人に指を振ってみせる。
「っちっちっち。何を仰る御主人様。奴隷の功績は全て御主人様のもの。つまり、私の付与魔法も御主人の能力と言っても過言ではないのだぞ」
「過言も過言よ! 前々から思ってたけど、貴方のその理論はなんなのよ!」
何って……普遍の真理だが?
「おっと、御主人。議論している場合ではないぞ。一応、依頼を受けたのだから働かなければ」
「……そうね。じゃあ、頼むわ」
「任されよう」
ここにいる奴隷は100人ちょっと。御主人の商館にいる奴隷を全員連れてきている。中には背筋の曲がった爺さんもいるが、心配御無用。我の強化魔法があれば、十分に戦える。
「では、皆のもの、行くぞ!」
「キタキタキタ! くくく、血が騒ぐわい!」
「おい、爺さん。張り切りすぎるなよ。血管が切れるぞ」
「まあ、ぼちぼちやるニャア」
行く手を阻む樹木を粉砕しながら、全力ダッシュで戦場に向かう。接敵までにそれなりの距離があったが、我の魔法で強化された肉体ならばすぐだ。間を置かず魔物の群れとぶつかった。
「ニャ、もひとつ、ニャ」
「くははは! 脆い、脆いぞ!」
「まったく……凄い数だな。こりゃ面倒だ」
到着した者から戦闘に入る。連携が取れていないが、圧倒的な戦闘力があるので問題はない。それぞれが全力で魔物を排除していくだけだ。
ちなみに、御主人も何だかんだ言いながら戦闘には参加している。後方でどっしり構えていても良いのだが……うむ、これが主の鑑ということのなのかもしれんな。
各々数秒に1体は魔物を倒している。このペースなら30分もあれば殲滅できるが……時間をかける意味もないので、もう少し減らすか。
「御主人、力を貸してもらうぞ!」
傀儡化魔法で、御主人の体を操る。心まで操るタイプではないので安心して欲しい。
「こ、こういうのは、力を借りるって、いわないのよ!」
御主人の抗議が聞こえるが、今は忙しいのであとにして欲しい。傀儡化魔法は意外と繊細な操作を必要とするのだ。力加減を間違えると、骨がポキンといってしまうからな。敬愛する御主人をそんな目に遭わせるわけにはいくまい。
空に浮かべた御主人の両手を掲げさせる。そう、再び大魔術の出番というわけだ。ピカピカさせてから、両手を前に突き出させる。タイミングを合わせて、魔法を発動だ。
「ちょっ!? 何これぇ!!」
御主人は、自分の両手から放出される眩い光線に驚いているようだ。まぁ、ここから兵たちのところまで声が届くことはないだろうから、存分に驚くといい。
光線は群れの中心あたりで拡散し、魔物たちに降り注ぐ。その一撃で数千の魔物が吹き飛んだ。
ふむ、我ながらちょうど良い力加減だな。おっと自画自賛になってしまったか?
いやいや、奴隷の功績は主人の功績。つまりこれは、御主人を褒め讃えているようなものである。
さて、敵が多い辺りに、もう二、三発ぶち込んでおくか。それで半分くらいは削れるだろう。
御主人の活躍のおかげで、敵戦力も大幅に削れた。暴走状態の魔物たちも、ここまで一方的にやられれば、怯えて逃げる個体も出てくる。戦況は一気に傾き、スタンピード鎮圧までそう時間は掛からなかった。
「よっ、さすがは御主人!」
「……もう言い返す気力もないわ。早くベッドで休みたい」
慣れない戦闘で、御主人は我の称賛の声にも応えられないほど疲れ切っているようだ。
大丈夫なのだろうか。御主人の本当の仕事はこれからだと言うのに。
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