第14話 やっぱり私はお母さんの娘なんだ、

 その後、アリーちゃんは私を家まで送ってくれた。ヴァイオラを気にするということもあったけど、離れたくなかったんだ。アリーちゃんも、私も。

 「黒幕」が誰かは分からないけど、その人が居なかったら出会えていなかった。そのことに何を思うべきか、ちゃんと言葉に出来ないまま。


「じゃあね、アリーちゃん」

「はい。お気をつけて。めぐるさま」


 去り際、触れるようなキスをしてアリーちゃんは帰路についた。

 また来る、とは言っていたけど、アリーちゃんは大丈夫かな……。ヴァイオラとも何か因縁があるみたいだし。


「まさか、ヴァイオラが『黒幕』?いや、でも……私に命じた人は、あんな装備してなかったし」


 ヴァイオラのことについて何も知らないから、私だけじゃなんとも言えない。Y37の記憶も断片的だし。

 洗面所で鏡を見ながら、私は今日を振り返った。そうだ、ヴァイオラと会って、記憶が戻って来たのはまだ数時間前なんだ。あまりに濃い一日だった……それでもまだ、お母さんが帰ってない時間だから、驚きだよ。

 ――って、あれ。


「お母さん……?」


 私は、科学者Yのクローン・Y37だ。

 じゃあ、お母さんは……?記憶では、過去に送られたのは私一人、だから。


「ただいまー、めぐる。今日は少し早く帰ってこれたよ」

「……っ」


 ああ、そういえば月曜の朝、お母さんは私の質問に肯定も否定もしてなかった。そんな、親子で「娘だよね?」とか、真面目に答えるのが気恥ずかしかったのかもしれない。お母さんの性格を考えればない話じゃない。

 でも、私の正体を知ってしまったから。


「……めぐるー?」

「聞か、なきゃ」


 リビングに出ると、いつものお母さんが居た。学校から帰って来て、朝よりも少し疲れた表情の。

 母子家庭で、きっと話せない事情があったんだろうって。気にならなかったわけじゃない。でも、お母さんは私にいっぱい愛情を注いでくれて。

 高校を卒業して、大人になったらちゃんと話そうと思ってた。お父さんのこと。お母さんのこと。

 ――でも。


「ん?どうした、めぐる」

「……お母さん、あのね」


 これを言ったら、全てが終わってしまう気がして怖かった。でもアリーちゃんと私はそれでも恋人だし、お母さんもきっと。

 だから。


「Y37って、知ってる?」

「――!」


 なんだそれ、っていつもみたいな反応を期待してた私は、お母さんの愕然とした表情を見て、胸が少し痛んだ。そっか、やっぱり。知ってたんだ。

 お母さんはおもむろに「座ろう」と、テーブルを指さした。

 毎晩、二人で食べる夕食の席。相談したり、雑談したり。

 団らんの、場所。


「……思い、出したのか?」

「お母さんは、知ってたの?」

「――話すつもりは、無かったんだ。もともとな。めぐるが、思い出すまで」


 そうして語られたお母さんの過去。そして多分、「一ノ瀬めぐる」の始まり。


「……お、おいっ。大丈夫か?」

「うん、うん……」

「泣いてるのか?待ってろ、今――」

「大丈夫、大丈夫だから」


 私はその時の記憶はない。でも、お母さんはこんな素性の、得体の知れないナニカだった私を、それでも。

 愛情を、注いでくれたんだ。


「お母さん。ありがとう」

「……気にするな。あの時のことは、私がしたくてやったことだから」

「ううん。違うの。ここまで、育ててくれて」

「――めぐる」


 私は、お母さんにざっくりと事情を説明した。

 自分が何者なのか。アリーちゃんとの関係と、絡まった世界の運命を。

 お母さんには知る権利があると思ったから。


「そうか……正直私には、あまりついていけない話だ。いや、本当のこと、なんだろうな」


 お母さんは深呼吸をすると、私に微笑みかけて来て。


「めぐる。いいか、何があっても、お前が本当は誰であっても、お前は私の娘だ。私は、世界の運命なんて子どもが背負っていいものじゃないと思う。だから、逃げたくなったら、いつでもここに帰って来い。アリーと一緒にな。ここは、お前の家なんだから」

「……!」


 その、いつもの仏頂面から溢れた、ちょっと不器用でいっぱい優しい、私の好きな表情を見て。私は、視界がぼやけてしまった。

 駆けだして、座ったままのお母さんに飛び込んで、抱きしめて。


「……ありがと。お母さん」

「――ああ」


 その、髪を撫でてくれる優しい手つきに、私は救われた気持ちと、先に進む力を貰ったんだ。



 自分の部屋に入るのが少し怖かった。

 あのくしゃくしゃの紙の文字が、今なら分かってしまうから。きっと、無意識のうちに「Y37」である私が書いた文字なんだろう。今になって記憶が活性化していたのは、なぜだろうか。

 アリーちゃんとの初デートの日、振られたと思った日……アリーちゃんとの繋がりを、強く感じた日に?


「……よし」


 よく分からないけど、今の私にはもう不安はない。アリーちゃんも、お母さんもいる。「Y37」には、ならないから。

 勢いに任せて扉を開け、それまで見ようとしてこなかった紙へまっすぐ進む。拾い上げて、直視した。

 過去未来と向き合わなきゃ、先には進めないと思ったから。


「やっぱり。直接文字を見ても、書いた時のことは思い出せないけど。でも、もうちゃんと私は『一ノ瀬めぐる』だ」


 文字を見た瞬間に、急に「黒幕」や科学者Yに忠誠を誓う存在になってしまうんじゃないかと一瞬よぎったけど、大丈夫。だって不安とはおさらばしたからねっ。

 ここ最近の私を惑わせた紙と決別を果たして(ゴミ箱に捨ててやったよ!どうだ「黒幕」め」!)、私はわいたんを探した。帰って来たよ~わいたん、今日はほんとに色んなことがあったんだから。

 日課のわいたんへの報告がしたくて、私は首元を触りながらきょろきょろと部屋を探して、そして。


「あっ」


 わいたんを、見つけた。


「え、嘘」


 それは確かに私のペット、わいたんだった。

 じゃあ、私は今まで、をペットだと思ってたって、こと……?


「これは、わいたんじゃない。サポートボットって――そういう、ことだったんだ」


 未来世界において科学者Yが「Y37」に着けた首輪。バイタルチェック、ホログラムパネルの使用、同盟アーカイブへの接続、メディカルナノマシンの搭載。

 未来世界における最低限の必需品を備え、対話の相手もこなすその首輪、サポートボット。


「今まで、私……」


 勉強机の上に寝かされた壊れたサポートボットを両手に抱え、私は床に膝をついた。なんで、これをペットだと思っていたんだろう。

 無意識下で、忘れてしまった未来の記憶を求めていた自分が、「ペット、わいたん」という幻覚をこのサポートボットに見せていたんだろうか。ずっと、幻覚を見てた?

 ううん、幻覚じゃない、だって私、。でも、その「機械の首輪」を「ペット、わいたん」だと認識してたんだ。


「……我ながら、ちょっと怖いな、それは」


 乾いた笑みが零れてしまう。

 そんなの、私って昔からよっぽど記憶を失くした影響を受けてたんだ。


「わいたん……」


 テストで失敗した時。いおちゃんと喧嘩しちゃった時。「ここどこ」を馬鹿にされて泣いた時。いおちゃんと同じ高校に受かった時。お揃いの髪飾りを買った時。アリーちゃんや澄玲すみれちゃんと友だちになった時。アリーちゃんと、恋人になった時。

 ずっと、私の話を聞いてくれたよね。


「今まで、ありがとね」


 わいたん。

 私、思い出したよ。でもごめん。「Y37」には戻らないって決めてるから。

 だから、あなたのことはこれからもわいたんって、呼ぼうと思う。


「見てて。私、アリーちゃんと一緒に運命とか『黒幕』とか、色々に、ぎゃふん!と言わせてやるんだから」


 そして、全てが終わったら、その時は。

 アリーちゃんと、皆と。高校の夏の思い出を作ろう。だってまだ、私の高校生活は始まったばかりだから。

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