第13話 それでも口づけは愛おしくて、
アリーちゃんがかけた催眠の魔法の効果でヴァイオラのことは覚えていないらしいいおちゃんと
ヴァイオラが狙っていたのはアリーちゃんだけど、あの二人の因縁には私も関係しているから。〈曇天の乙女〉という形で。
そういえば、私の記憶については分かったけど、まだ〈曇天の乙女〉みたいに私がアリーちゃんの世界を滅ぼすとか、そんな命令を思い出した訳じゃないから……。
「まだまだ考えなきゃいけないことだらけだなぁ」
アリーちゃんと二人で未来へと生きたい。
その為にはまずは、〈未来予知〉が示した運命を変える方法を考えないとなんだけど。
『めぐるさま、よろしいでしょうか』
『アリーちゃん。〈念話〉、なんか久しぶりな感じがするね』
『そうですわね……ここ最近は、色々ありましたから。それで、ですね――今日、水族館デートをしませんか?』
『……今日!?』
急なお誘いに驚いたけど、その後も話を聞くと、どうやらヴァイオラの襲撃に警戒したいから私を一人にしたくないらしい。人が多い場所に行けば、ヴァイオラも仕掛けては来れないだろうから、と。
『あの子は、優しい子ですから……わたくしを殺すのに、無辜の市民を巻き込んだりは、しないですわ』
私には分からない、アリーちゃんとヴァイオラの関係が気になるけど、今は私も少しでも長く、アリーちゃんと居たい気分だった。一人になったら、思い出した記憶が「一ノ瀬めぐる」を「Y37」にしてしまうんじゃないか、不安がなかったわけじゃ、ないから。
意志とは無関係に起こしてしまう行動や起きてしまう事を、私は知っているから。
――あの日、Y37として命ぜられるがままに過去に飛んだ時のように。
水族館は学校の最寄り駅からいくつか離れた駅を降りた場所にある、大型商業施設に併設されていて。だから駅まで歩く必要があって。
でも、「通学路の途中で襲撃に合うかも」ということで、普段使わないバスを使う事にした。そこならヴァイオラも襲ってこないだろうと言って。
アリーちゃんと登下校したことはあったけど、バスに一緒に揺られているとなんだか特別な気がして。駅までの数分がずっと続けばいいって、こんな時なのに思っちゃって。
「……っ」
「――ふふ」
お互いの顔を見ることなく、そっと手を重ねて、温度を感じて、指を絡めて。
ああきっとアリーちゃんも不安なんだなって、私はアリーちゃに肩を寄せた。せめて今は静かな時間を過ごしたくて。
――そんな道中を経て、私たちは水族館へとやって来た。
当日券を買って、案内を貰って、じゃあどこに行こうかと目を離した隙に隣にはもうアリーちゃんはいなくて。
「わああ……!めぐるさま、見てくださいまし!雲みたいな生き物が浮いていますわ!」
「アリーちゃん、いつの間に!?」
早速気になったエリアに足を運んだアリーちゃんはきらきらと目を輝かせて水槽を見つめていた。水族館、私は中学校の修学旅行で見たっきりだけどアリーちゃんは初めてだもんね。
雲ってなんだろうって思ったけど、クラゲか……アリーちゃんには雲に見えるんだ。そういえばいつかメッセージでも「ふわふわした生き物が!」とか言ってたっけ。
「アリーちゃんは魚とか、好き?」
「そうですわね……実を言うとわたくし、魔物とばかり戦っていたので動植物には詳しくなくて。光線を放つ水龍や魚の下半身に熊の体躯、蛸の触手を持った
「……そ、そうなんだ」
親しみ?アリーちゃんが、その龍とかさかなたことかと戯れて……?
「あ、この指輪は水龍の逆鱗から作ったもので、触媒として最高の品なんですよ!」
あ、親しみ(戦い)じゃんこれ。
でもそっか、アリーちゃんの生きてた世界って、そういう場所なんだな。改めて、私と――Y37じゃなく、一ノ瀬めぐると――そもそも住む世界が文字通り違ったんだ。
そんな私たちが今こうやって水族館デートしてて。
考えなきゃいけないことも多いけど、単純に嬉しいな。
同じことを考えたのか、アリーちゃんが恋人繋ぎをしてきた。そのまま微笑みを交わして、静かに展示を見て回る。アリーちゃんといると、水族館で過ごす些細な時間も特別に思えて、ああ恋人なんだって胸が温かくなる。
――お互いが、お互いを殺す命を受けていたなんて思えないよ、やっぱり私には。
「ね、帰りにリネンにお土産を買ってもいいですか?」
「うん!あ、私もいおちゃんと澄玲ちゃんに買おっと」
「……わたくしにはないのですか?」
「えぅ、お、お土産だよ?」
「わたくしも――あっ、そうですわ!お揃いのくらげのキーホルダー?を買いましょう!鞄に着けるんですの」
「え、良い!あとで選ぼうね」
「ええ!」
エリアを回りながら、なんとなく私は察していた。きっとアリーちゃんはヴァイオラを避けるためにここに来ただけじゃないんだろうなって。
だからアリーちゃんがふいに足を止めても、私は驚かなかった。
「ねえ、めぐるさま。あそこの水槽の魚、わたくしたちみたいですわ」
「――えっ?」
「だって、離れた水槽にいる魚と、見つめ合って。本当なら出会えなかったはずのわたくしたちみたいに」
アリーちゃんが指をさす方を見ると、確かに隣り合った二つの水槽の端で、二匹の魚がお互いを見つめているようにも見えた。異世界姫のアリーちゃんと、普通の女子高生――実は、未来の科学者のクローンだったけど――の私。
「わたくし、めぐるさまのお話を聞いてずっと気になっていたことがありますの」
私はアリーちゃんの指輪が光っていることに気づいて、何も言われなくても〈認識阻害〉が使われたと悟った。
そっか、もう私たち、言葉がなくても通じ合えたりもするんだね。
って、場違いに感動してる場合じゃなくて。
「うん、なんでも聞いて。覚えていることなら話せるから」
「では、本題に入る前にもう少し詳しく教えていただけますか?未来のこと」
――アリーちゃんに言われて、私がY37として思い出したことを軽く整理しながら、自分でも初めてちゃんと未来世界と向き合うことが出来たことに気づいた。
「未来ではね、『
「うちゅ……き、キスのことではありませんわよね?」
「ちゅーじゃなくてっ、ええと……空のずっとずっと向こうに居る、人間とは別の知的な種族のこと」
「空、宇宙についてはこの世界に来てから少し学びましたわ。ああ、宇宙、人ですのね」
「そうそう。それでね、その同盟っていうのが、簡単に言うと宇宙人たちの平和な集まりなの」
私に教育を施した科学者Yの言葉が、蘇って来る。
『あたしら
アリーちゃんに噛み砕いて説明をすると、難しい顔をして顎に手を当てていた。話の内容が分かっていないわけではなさそうだけど。
ややあってから、アリーちゃんは指を立てて。
「じゃあ、どうやって過去に来たんですの?」
『ただ、時間移動の技術はIAも確立出来ていないんだ』
アリーちゃんの姿が科学者Yと重なって、私は言葉を失ってしまった。
そんな私を前に、アリーちゃんは静かに腕を組んだ。
「〈異界渡り〉については、以前お話ししましたわね。これは、もともと極稀に異世界に漂流してしまう人が居て、それを指す言葉だったんですの」
……私が聞いたことある、異世界転生とか転移みたいなものかな。
「それを魔法によって再現したのが、わたくしが使った〈異界渡り〉。そしてもう一つ、この応用で〈時渡り〉という、未来や過去に渡ることが出来る魔法も存在しています。どちらも超高度魔法で、使える者は限られますが」
「〈時渡り〉……まさか」
考えたこともなかったけど、私が過去にやって来た以上、方法は時間遡行しかない。星間文明同盟がその技術を持ってないなら、じゃあ、ひょっとして。
私を、過去に送ったのって。
「……めぐるさまが過去に来た方法を覚えていないと言った時、頭によぎりましたが、確信に近づきました。めぐるさまは、〈時渡り〉で過去に来たのではありませんか?」
「ちょ、ちょっと待って。だ、だとしたら私にアリーちゃんを、その……命令したのって、じゃあ」
「ええ。わたくしたちの世界の、誰かである可能性が高いですわ。そして、〈時渡り〉でめぐるさまがやって来たなら、めぐるさまに〈魔力弾〉を弾けたことにも説明がつくのです」
ま、待って。待って待って。
私の記憶の話から、一気に話が進んでるんだけどっ。
「めぐるさま。魔法を使う方法は三つあります。魔力、触媒、記憶。魔力はわたくしたちの魔力を使うもの。触媒は、指輪ですわね。そして記憶は――人の記憶を触媒にする方法ですわ」
「き、記憶?」
「ええ。魔法と記憶は密接にかかわっているのです。通常触媒は、魔力エネルギーを豊富に含む魔物の素材から作られますが、その代替として、人の記憶を使うこともできます。〈時渡り〉の触媒に、誰かの記憶が使われたとしたら――その残滓が、めぐるさまに残っていたとしたら。魔力弾を弾けたのは、その残滓のおかげかもしれません」
ええと、つまり……?
「魔力や触媒は残らないの?」
「ええ。正確には記憶の方もほとんど残ることはありませんが――魔法が人に使われた場合、その人の中に触媒の記憶が残ってしまうことがあります。しかしそれは記憶というよりも魔力に近いものになっていますから……」
なるほど、つまり私に〈時渡り〉を使った人がいて、その人は魔法を使うのに記憶を触媒にした。その結果、私の中に「誰かの記憶」が魔力として残っていて。
巡り巡って、〈魔力弾〉を弾いたんだ。
「――誰かの、記憶」
「はい。そして、ここからはわたくしの推測になりますが……その誰かが、〈精霊姫〉を殺せと命じた。未来世界は、わたくしたちの世界と繋がっている」
「もし、かして」
「……わたくしたちの二つの世界の危機には、黒幕がいるのではありませんか?」
アリーちゃんの説明をちゃんと理解出来ているかは自信がないけど、でも。
もし未来で私に命令した人も異世界人なら。
その人が、〈精霊姫〉アリーチェ・フェ・アオスレンを殺すように命令したなら。
「異世界で〈精霊姫〉を悪く思ってる人が、何かの方法で未来に来て、私に命じた……?」
「順序ははっきりしませんが、〈精霊姫〉を殺せというからには、わたくしに恨みがある者の仕業でしょう。過去に来た方法が〈時渡り〉である可能性が高い以上、『黒幕』は絶対にいますわ」
アリーちゃんは拳をぎゅっ、と握りしめ、見つめ合う魚二匹の居る水槽を眺めた。
「ねえ、めぐるさま。わたくしも、否定しますわ……あの日できなかったことを。わたくしも。〈未来予知〉を、拒絶します」
「――っ!アリーちゃん、それって」
それはあの日のアリーちゃんが出来なかったことだ。どれだけ〈精霊姫〉の仮面が重くても、どれだけ〈未来予知〉を認めたくないと思っていても。
呪いのようにアリーちゃんを縛っていた〈未来予知〉は、簡単に退けられるものじゃなかった。だからこそ私がそれを否定して、二人で二人の恋を肯定した。
「アリーちゃん、いいの?私……アリーちゃんを傷つけるように命令されて来た子なんだよ」
「構いません。めぐるさまは、めぐるさまですわ。それに、そんな命令をした『黒幕』こそが、二つの世界を巻き込んだ唾棄すべき悪辣なのです」
「あ、アリーちゃん」
アリーちゃんのそんな言葉遣い、初めて聞いたな。
でも、そっか。うん、やっぱり私は、未来の話をしても「Y37」になんてならなかったんだ。
だって、こんなにアリーちゃんが愛おしい。
「貴女が、いいのです。めぐるさま」
「……アリーちゃん」
そのキスは、今までで一番深かった。
あり得なかったはずの繋がりを、決して離すまいとしているかのように。
通り過ぎるお客さんたちの中、私たちは誰にも気づかれることなく気持ちを確かめあったんだ。
「突き止めましょう、黒幕を」
「うん」
二人なら、きっと。
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