第3話  ラブホテル

まだ、午後十一時前の福富町の繁華街。正直、治安がいいとは云えない町。そんな中を、JR桜木町駅に向かって、足を進めていた。酔っているせいもあるのだろうが、意識的に、ゆったりと足を進めていた。

 <あの…>駆ける足音が近づいてくると同時に、そんな言葉が、ミキの耳に届いた。

 <…>振り向く前に、表情が緩み、振り向いた後の表情は、計算づくされた女の顔になっていた。

 「あの、すいません、突然、声を掛けてしまって…。」

 店で、ミキに熱視線を送っていた青年に間違いはない。

 <はい、なんでしょうか>実際、酔っぱらってはいるのだが、女の子の演技を加えて、オーバーに演じている。

 「あの、すいません、どう言っていいのか、先程、barで…。わかりますか。」

 ミキが、立ち止まってくれた事に驚いているのか、言葉が詰まっている。まだ、人間の往来が激しい中、二人は、向かい合っていた。

 「あの、あなたの事が気になって、話しかけてしまいました。あの、すいません。」

 <ニワトリみたい…>ピコピコと頭を下げ、謝りの言葉を続け様に発する男性を見ていたら、思わず、そんな言葉を口にしていた。

 <…そうですね>ミキの発した言葉に、戸惑いながらも、客観的に自分の事を見て、同意の言葉を発していた。

 <結構、ウブなんだね>春先の肌寒い中、ざわめく人間の渦に、静かに流れてしまう。

 【行こう】この時期、嫌いな自分が表面に出てしまう。春先になると、人肌が恋しく、男性の身体に抱かれていたい。そんな欲求に負けてしまう自分がいる。イライラと、回りくどく言葉を発する男性。容姿は、ミキ好みの青年。この時期に湧き出てくる欲求に、完璧に負けてしまう。

 <えっ、えっ、…>突然、強い力で、手を引かれてしまう男性は慌ててしまうが、身体が傾き、ミキに引かれるまま状態。人の流れに、逆流していく。


 “ガっチャ!”ドアの付近だけ、淡く光が灯っている。部屋の奥は暗く、ダブルベットの付近だけ、小さな明かりが点いていた。よくありふれたラブホテルの一室。ミキは、自分で、部屋の鍵を閉める。振り向くと、青年の肩に腕を回し、ゆっくりと唇を近づける。お互いの唇が重なり合い、青年の手が自然と、ミキの小さな胸を揉み始める。青年の首に回した腕を交差させて、重なり合った唇と、口の中で激しく絡まり合う舌。青年は、目の前にある興奮を抑え切れなくなり、ミキの服に手をかける。負けじと、ミキの方も、上着をはぎ取り、ネクタイに手を掛ける。立ったまま、お互いの服を脱がし合っていた。上半身裸のままで、二人は、ダブルベッドへと傾れ込む。青年が、ミキの股間へと手を伸ばそうとした時、ミキは、自分の身体を反転させて、青年の身体を下に、馬乗りになる。

 <駄目、まずは、私が楽しむの>青年を上から見下ろし、そんな言葉を口にする。

 ニコリと、笑みを浮かべたミキは、青年の上半身に、唇を近づける。なやましい舌で、固く、ぶ厚い胸。小さく隆起した乳首に、自分の舌を絡ませた。

 <はぁッ…>青年は、欲情のままに、自分の身体を愛撫するミキの行為に、喘ぎ声を上げる。唾液に濡れたミキの舌は、首筋に移行していく。片手を青年の手の平に絡ませ、もう一方の手を、パンパンに腫れあがった青年のイチモツを摩り始める。完璧に、青年は、なす術もなく、欲情をミキに任せている。

 積極的に攻めるミキは、そうしなければいれない理由がある。もちろんの事、青年は、ミキの事を女性だと思っている。まだ、下半身の処理を終えていないミキは、自分が、男性である事をばれては、この情事を楽しめなくなる。そして、ミキは、この情事を楽しむ術を知っていた。

 青年の手に絡ませた手を引き摺り上げ、脇部に、顔を埋める。それと同時に、ズボンのチャックを下ろし、青年のパンツの中に、もう一方の手を入れる。青年の身体に、小さな胸を押しつけながら、巧みな舌使いで愛撫をしながら、下半身にある手を、上下に擦り始める。

 <アフッン…>情けない話ではあるが、ミキの愛撫に、喘ぎ声を上げる。本来であれば、青年の方が、ミキの喘ぎ声を上げさせる立場なのであろうが、全く逆の立場になってしまっている。

 たっぷり時間を掛けて、ミキの愛撫は続いた。青年の身体から、ミキの唇が離れると、青年と目を合わせる。

 <気持ちいい>(うん)

 ミキのそんな問いかけに、目が虚ろのまま、青年は頷く。

 <よかった>ニコリと、笑みを浮かべて、唇を近づけ舌を絡ませ合う。青年は、もうリードしようと云う雰囲気はなさそうである。イチモツを擦り上げるのを止め、ズボンとパンツをずり下ろし始めるミキ。もう、こうなれば、男のマグロ状態。後は、露わになってイチモツを咥え、巧みな舌使いで、昇天させるだけである。昇天した男は大概、眠ってしまう。ミキと同様、結構アルコールを飲んでいる青年は間違いなく、眠ってしまうだろう。そんな青年の胸に顔を埋める。腕枕のまま、人肌を感じる。人恋しく、寂しさを紛らわす術。性同一性障害であるミキにとって、行きずりであろうとも、偽りであろうとも、精神的に必要な事なのだ。その為に、ミキが男だと云う事を、悟らせてはいけないのである。ミキは、イチモツを咥え、偽りの夜が更けていく。

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