第2話 春先の夜・2
しばらくすると、オーナーの姿が、目の前から、居なくなる。大量のオーダーが入り、カウンター内は殺気が漂うほどの忙しさに襲われていた。私は、一本の煙草を取り出し、火を点けようとしていると、後ろの方から視線を感じた。百円ライターで火をつける手を止め、振り返ってみる。私の視線には、ある青年の姿が、瞳に映し出される。私と目が合っても、目を逸らさない青年。多分、私より年下。二十歳を過ぎたぐらいの年齢だろうか。両肘をテーブルにつけて、表情を緩ませていた。
<…>いつから、私の事を見ていたのだろう。私は、目を逸らし、身体を反転させて、指に挟んでいる煙草に火を点けた。
今日は、いささか飲み過ぎたらしい。普段は、興味を示さない、私の見つめている青年の事が、気になってしまう。この時期になると、変になる私の行動には、嫌気がさしているのに、煙草のニコチンが身体に沁み込む様に、頭の中が麻痺していく。
私は、煙草を吸い終わると、まだ入っているメンソールの煙草の箱と百円ライターをそのままにして、席を立っていた。店の奥のお手洗いに足を進める間に、確認をする様に、青年の方に視線を送る。私を動く方向に、首を動かしている青年の姿を確認すると、ニコリと笑みを浮かべた。私は、この感情を止める事は出来ないと悟った。
用を足し、自分の上半身を鏡に映してみる。表情が少し歪んだ。私が、着ている洋服の事である。とても、みすぼらしい格好。くすんだグレーのタンクトップに、濃いグレーのジッバ―付きのパーカー、首には、これもくすんだ藍色、伸びきった長めのストールを巻いている。そして、ジーンズ姿。いつものラフな格好。色気もない、いつもの姿。
<駄目かな>思わず、そんな言葉を呟く。真っすぐなストレートの髪の毛を肩の前に出して、自分の全身を、鏡に映して見る。トートバックの中から、グロスを取り出し、唇にひいた。
気持ち、視線を青年に送りつつ、気持ち、身体をくねくねさせながら、カウンターに戻ると、忙しそうなオーナーに、目で合図を送り、軽く手を振って店を出ようとする私。視線が感じる青年と、目を合わせ、軽くウィンクをした。
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