『一人ボッチの男』

ゆずリンゴ

『一人ボッチの男』

 R17年 5月1日


「―――本日で、目口めくちと人間が交友関係を結んでから早くも5年の月日が経ちます。人間に友好的な目口の皆様が現れてから世界は大きく前進をしました!目口の持つによって過去に隠された遺物がその本来の姿を顕に。その初めての瞬間は衝撃的なものでしたね。このような能力を、無償と言える形で与えてくれた目口の皆様には感謝が絶えません。―――と、お次のコーナーです。最近の流行している東京都目口市『アイ』の人間芸術館に新しく……」


「うぇ……人間芸術館こんなのが流行とか気持ち悪いことこの上ないな」


 早朝、一人暮らす防音アパートの中スマホを通じて見るニュース番組その内容への悪態を垂れ流す。

 今日のニュースの題材も『目口』に関するものだった。


 しかし、画面越しとは言え朝から目口の姿を見てもどうも思わなくなってしまった自分が嫌になる。

 目口の容姿は1等身で目と口だけがついた異形の化け物なのだが、その容姿も見慣れ今や「気持ち悪い」だとか「怖い」などの感想を持つことすらもなくなっていた。


 世界は変わってしまったのだ。スマホにも、テレビにも、当然ながら街中にだって目口はいる。どこをかしこも、目口だらけ。

 最近じゃ目口を攻略キャラクタにした恋愛ゲームだって存在する。

 目口用に人権のようなものもだってつくられ、目口に関する発言その内容によっては罪となり罰を与えられると、保証された物は人間と相応以上で。


 今や目口は共に地球を生きなければならない『仲間』なのだ。


 ……それにしてもキャスターが言っていたようにアイツらが地球に現れてから5年もの月日が経つのか。


 5年前、突如現れた地球外生命、一般的に言えば「宇宙人」の目口。

 銃弾や戦車による攻撃でも傷1つおわず目から放つ光線でどんなものでもチリへと変える化け物。


 そんな目口が現れた当初は「世界の終わり」がSNSのトレンドを支配していたが、実際の目口は人間に友好的であった。

 一方的攻撃を受けたにも関わらず、必要最低限の威圧としてビームを放つだけで人間には直接的な被害は与えず、それどころかビームで穴の空いた歩道を謎の力を用いて一瞬の内に戻した。

 そうしてからアイツらは人間に提案をしたんだ。


「私たちは人間が好きだ。共に文明を築こう」

 ああ、そんな事を全人類の脳波に直接的に届けたんだ。


 アイツらの口から出る言葉は俺たちの脳に響く。


 ……で、そんな目口の優しい提案を断る事は出来ず、今のように目口がそこらに蔓延はびこる世界が誕生した。


 目口のおかげで2060年までに達成する予定だったSDGsの51の目標も予定より早い段階で全部達成したし、素晴らしい世の中になった。


 そう、素晴らしいはずの世界に。


 ―――そんな平和で素晴らしい世界を生きる今日この頃に俺、雪華湊ゆきはなみなと強盗じさつをしようと思う。


「さて、狙うは夜の時間帯。できるだけ目立たないように『着れる目口のヌイグルミ』だって今日のためバイト代を稼ぎ買ったんだ。……今日、実行しよう」


 覚悟を口にして、強く噛み締める。

 目的地は『人間芸術館』。

 その展示品の中で盗む……いや、取り戻す標的は、作品『失った家族』。


 俺はこの作品を取り戻さなければならない。いや、作品だなんて言い方は気分が悪いな。取り戻すのは俺の父、母、妹……その遺体なのだから。


 ……俺の家族は目口御用達の人間芸術館の作品の1つとして飾られていた。

 その元凶となった出来事は1年前。

 1つ下の妹の高校卒業を祝った家族旅行だった。

 当時の俺は大学で出来た友達との合コンを優先してついて行くことをしなかったが、その旅行の帰りに無差別切り裂き魔によって俺の3人の家族は人生を終えた。


 今思い出しても犯人に怒りを覚え、大学生活に浮かれついていなかった自分に憎しみを感じる。そして考えてしまう。

 もしあの場に、俺がいれば犯人を返り討ちにできたのでは無いか、などとこれまた浮かれた事を。

 まぁ……それが叶わなくとも一緒に死ぬことさえ出来ればその方が俺にとってはまだ幸せだったのかもしれない。


 だって大切な家族と離れ離れになり、その遺体は葬式後、埋葬することすらも叶わずに芸術品として飾られているのだから。

 誰に分かろうかこの気持ち。大切な家族の遺体が芸術品と扱われ、多くの顔も知らない目口や人に観られるなんて。


 もしかすると、いや……案外そういった人は今のこの世には多くいるのかもしれない。


 全ての遺体が目口の目に適うことは無いが、それにしたってあの芸術館には100を超える亡くなった人間が飾られているのだから。


 しかし、その飾られる作品の中でも俺の家族は特に酷い物に分類されるだろう。


 美しい化粧を施されたものもあれば、自然体のただ眠っているだけに見えるもの……入水自殺をした遺体が水の入った水槽に飾られていたりするが、その中でも特に残酷な物は……遺体の一部がのものだ。


 頭と体が繋がっていないもの。人に殴られたのか顔が凹み大きなアザがあるもの。

 顔の1部が食い破られた様なもの。


 ―――そして俺の家族の場合は父は両足、母が両腕を失い、妹は顔に見ていられないほど多くの切り傷が残されている。


 これの何が悪質かと……、それは故意的に作られたものだってことだ。


 本来目口の持つ完全復元能力を用いれば失った手も、目だって、傷だって、なんだって元通りにすることが出来るし繋げられる。

 1部しか残っていないような身元不明の遺体だって、この能力を使えば元の完全な姿に復元できる。


 しかし、人間の姿に芸術的価値観を持つ奴らは作品ひとの一部を敢えて復元させないことがある。

 そしてそれらの作品は『失った人』という題材に分けられて飾られるのだ。


 ―――それが心底、気持ち悪い。

 なんで……どうして!元に戻せる力があって、それなのに……

 復元するのは目口だって分かっている……それに文句を言うのはもしかしたら勝手なのかもしれない。それでも、芸術だと言ってこんな悲しい姿を世間に晒すなんて。


 これを芸術として見る目口も、許す世間も、なにより人の遺体を前に「これはとても美しいですね」などと気取った評論家のような薄っぺらい事を言いたいだけの人間が嫌いだ。


 目口は、人間とでは価値観が違う。


 人間は、目口に逆らうことが出来ないから目口の都合ように働く。


 気取った評論家共は、ただの馬鹿だ。自分が、その身内が同じ目に合うことも考えられない、いつも他人行儀で都合のいい様に考える。


 こんな世界に、1人残されるのは嫌だった。いっそ死んでしまいたい。

 ただその中で、思ってしまった。どうせなら家族と同じ場所に死にたいと。


 だから俺は今日、家族を取り戻し、 命を絶つ。

 これ以上は耐えられない。1人で生きるのも、言いたい事を言えないことも、この世界を見ることも……もう、嫌なんだ。


 ◇――――――


 夜になり、芸術館へと忍び込む。

 午前1時。この時間帯の芸術館に人はいない。……しかし、目口はいる。

 だからこそ、目口の扮してここを歩くのだ。


 歩いている最中、数々の遺体が目に入り気分が滅入っていく。

 知らない人の遺体を見るのは、目口と違って慣れない。まず、遺体を見ることに慣れたくないし、その方がいいに決まっている。


 そんな事を考えながら、美しい遺体、そして普通の遺体が並んでいる場を通り抜ける。


 そして次が―――!?目的の場所に着くなり、見知った遺体が目に入る。


 作品名:『モラルの欠如』


 そこにあるのは、やせ細った男の遺体。

 四肢がバラバラに別れ、至る所があらぬ方向におり曲げられている。

 ……これは、こんなめちゃくちゃな姿にはなっているが仇の無差別切り裂き魔本人だと脳が一目で理解した。いつからかそうだったのかは知らないがこいつも飾られていたのか。


 この死体を前に思うことはある。……あるはずなのに不思議なことに今や死体となったこいつにこれ以上何かしようとも思えない。


 ……見ているだけで気分が悪いな。もう先を急ごう。


 作品名:『失った家族』


 ―――そうして、1度目口とぶつかったこと以外特に問題が起こることもなく家族の元へとたどり着いた。


 1つのガラスのショーウィンドウの中に入った3人の、大切な家族。


 ……何度観ても、辛いな。

 人生を歩むため、家族のために懸命に働くため使った父の足が無い。あの日涙を流した時に優しく包み込んでくれた暖かい母の腕がない。そして俺と違って恋人もいた、綺麗な顔をした大切な妹に残ってしまったままの傷。


 こんな姿、知らない奴らに見られたくないよな。この姿が芸術的?美しい?違うだろ。

 見てて苦しくて悲しい。

 作品じゃない。ここにいるのは人間なんだ。


 そして俺は、ガラスに手を触れ、思い切り殴った。壊れたところで治すことは簡単なのだからその耐久性はむしろ低い。だから手でも壊せた。


 殴って、ビビが入って、破片が着ぐるみ越しに刺さる。

 周囲の目口のザワザワとした声がノイズとなって聞こえる。


 しかしそんな事は関係無しにガラスを割り続け、次の瞬間に眩い光に包まれる。

 熱い。痛い。苦しい。そうして意識は途絶えた。


 ◇――――――


「……なんで、生きてるんだよ」


 目を覚ますと、目口に囲まれていた。

 場所は、家族の飾られるショーウィンドウの前。


 目口から放たれたであろうビームが直撃して、死んだと思いきや、俺は生きていた。

 いや、生き返らされたのか。


 目口は、復元できてしまうらしい。けど、それをしないのは死者への冒涜だから……というのは建前だろう。

 だって、死者を飾るなんて、それこそ人に対する冒涜だろう?

 目口にとって死んだ人は『物』で、都合良く好きに飾れる。だからなのだろう。


「もう……殺してくれよ」


 心から溢れた悲痛な叫び。

 なぜ、あのまま殺してくれなかった?

 生きるくらいなら家族と最も近い場所で死ねる方が、ずっとマシだったのに。


「私たちは人間に友好的です。殺す事はしません」


 目口の1体が、脳内に語りかける。


 あぁそうか。こいつらは自分の手で殺してはくれないそうだ。俺は、家族と一緒になることすら叶わない。


「あなたが死ぬ時までは、生きてください」


 ―――退屈な人生。1人で生きる人生。

 色んな人と出会っても、娯楽に逃げても、飾られ続ける家族を前に、心は闇へと蝕まれる。


 自殺をしようとも、できない。目口の管理下で生かされるから。

 定期的に会いに行く家族。死後、老いる事もなくなった家族を前に、何を思おうか。

 俺1人だけ歳を重ねる事が、嫌で仕方ない。


 皺が増えて、腰が曲がって、髪も白くなる。生きている以上、避けられないこと。

 いつしか俺は、ただの自殺志願者で。


 きっと、それでもいつかひとは死ぬ。人に迷惑をかける事無く死ねるように、悲しむ人が居ないように、一人ぼっちになった後に死ぬんだ。


 ◇――――――


 M17年5月1日


「ねぇお母さん」

「どうしたの、めぐみ


 美術館に、母と娘、1つの親子が訪れていた。


「これって、どうしてここにあるの?」


 彼女らが訪れたのは人間芸術館。

 近代では芸術的思考を高める事を目的として親子で訪れる所も少なくは無い。

 そうして、作品を見回り娘は疑問を持った。周りには、傷がついたもの、何かを失った物が多く飾られている中、それだけは損傷も無い普通の老衰した人間の遺体だったから。


「どうしてだろうね。恵ちゃん。あ、これの家族が違う芸術館に飾られているんだけど、そこを重点に考えてみたら、分かるかも」

「うん!かんがえてみる!」


 そうして、彼女らが見ている作品の下にある題名には、こう記されている。


 作品名︰『一人ボッチの男』























































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『一人ボッチの男』 ゆずリンゴ @katuhimemisawa

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