第10話 いつまでも

 その後、コウと湊介を交え、まるでドラマの様な経緯を聞いた。

 あの日、すばるは荒れ狂う海に流され、確かに自分の死を覚悟したのだと言う。

 けれど、気がつけば船の上に助け出されていて。一人の初老の漁師によって引き上げられたのだ。

 しかし、その漁船も難破しかかっていた。

 ほうほうの体で何とか、気を失ったすばるを連れ、船は出港した港へと戻り。

 そこで警察に届けるべきを、助けた男はしなかったのだ。

 男はつい最近、海で息子を亡くしたばかり。すばるが記憶を無くしていたのをいいことに、自身の孫として生活し出したのだ。

 それから数ヶ月。すばるは記憶を徐々に取り戻し。半年後には全て思い出していた。

 男にそれを告げようか迷っていると、男が突然の病に侵されていると知って。

 自分を助けた老人の思いを知り、結局、男に告げることが出来ず、今まで来てしまったのだという。

「ここに来られたのは…死に際に、じいちゃんが全て話してくれて。俺が気付いたのも知ってて。けど、言えなかったって…。謝ってくれて」

「俺達に、連絡は…?」

 清の問いにすばるは唇を噛みしめ。

「しようと思った…。けど、警察沙汰になれば、じいちゃんがどうなるか…」

「ひとりには出来なかったって事か」

 すばるは頷いた。

「家族や清がどんな思いでいるのか、知らせるべきだってずっと思ってた…。けど…。じいちゃんが亡くなって、ようやく連絡出来たんだ。でも、清にも家にも、誰にも繋がらなくて。唯一、繋がったのがコウさんで…。今頃、のこのこ現れて…俺、このまま会わない方がって。でも…っ」

「すばる」

 清はその肩へ手を置く。

 そこへは、すっかり海の男よろしく、細い割に筋肉が付いていた。

 俺の知らない所で、ずっと時間を紡いでいたすばる。この肩は、それを物語っていた。

「生きててくれて良かった」

「清…」

「俺は、それだけだよ。それだけで、充分なんだ」

 すばるの目から、大粒の涙が落ちる。

 それをそっと指先で払うと。

「ここで今すぐ、キスしたいけど、ダメかな?」

「えぇ?!」

「気を利かせてやりたいが、今はやめろ。清」

 コウはそう言うと、

「さて。ご両親にも連絡だな?」

 ニッコリ笑んで見せた。


 

 それから。

 すばるは俺と一緒に暮らしだした。あの、丘の上にある家で。

 この坂を登りきれば、笑顔のすばるがいるのだ。消える事などない、本物の笑顔で出迎えてくれる。

 俺は思い切り深く息を吸い込んで深呼吸してから、ドアを開ける。

「清! おかえり」

「ただいま。すばる」

 空には、昇ったばかりの三日月の傍らに、寄り添うように金星が瞬いていた。



―了―

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