狸よ、あなたは夢を見たか?

和歌宮 あかね

第1話 暑い夏の日だった

 注意⚠️ 動物の死が書いてあります!

 苦手な方はお戻りください!

 そして相変わらずの小説口調です。




 学生時代、私は運動部に入っていた。

 なぜその部活に入ったかというと、なんとなく自分がその競技に向いている、と思ったからだ。


 夏の盛りには、やはり多くの大会が開かれる。

 蒸し暑くて、肌がベタベタとして、何より思考がぼーっと霞む。

 陽射しを浴びながら競技を行うのは嫌で嫌でたまらなかった。

 だが、練習の成果を確信できる機会でもあったので、少しワクワクしてもいた。


 大会の日、競技場に部員全員で向かい、自身の学校の陣地を確保していた。

 その時だった。友人達がなんだか騒いでいた。

 私は自分の荷物をパッと置き、急ぎ足でその場に向かった。


 そこは、少し大きく、網の蓋がされていない側溝であった。

 そこで何を騒ぐようなことが起こるのか?

 気になり、後ろから必死に覗き込んだ。

 チラリと見えた。

 私は驚いた。なんとそこには狸がいたのだ。

 確かに競技場は緑が多いが、少し歩けば道路もあり、車も頻繁に行き交うような場だった。

 だから、野生動物などこんな所に来るはずもないと思っていた。


 狸は大人しかった。否、恐怖で怯えて動けなかったわけではない。

 狸は、息絶え絶えといった所だった。

 年を重ねていたのか、ご飯にありつけなかったのか、怪我をしていたのか、病気にかかっていたのか、あるいはそれ以外か。

 全くもって分からなかったが、ただただ、命が終わりを迎えようとしていたのは、本能だろうか、感じたのだ。

 私たちはそんな狸を見て悲しくなり、引率の教師に報告をした。

 教師は側溝を覗き込み、たぬきを一目見てこう言った気がする。


「野生の狸だな。触ってはいけないよ」


 きっと先生にも分かったのだろう。助かる確率が限りなく低いことに。

 私達はその時どうしていたのだろうか?

 ただただ深くうなづいていただけのような気もする。


 その後、私達は自分たちの陣地に戻り、競技の番が来るまで、話に花を咲かせたり、軽食を取ったりした。

 お昼頃、一人がこう言った。

「このお弁当のおかずで狸が食べれそうなのをもって行ってあげようかな?」


 私は息が詰まった。ただ可哀想とは思っていたが、そこまで考えてなどいなかった。

 むしろ、死んでしまうのだなとしか考えられなかった。


 結局どう言った話合いをしたのだったか。

 結論として、やはり止めておこうとなった。

 人間の食べ物だから、狸がそれを食べたら大変だ。

 太陽はジリジリとし、私を焼いた。

 痛かったのは肌だったのだろうか、それとも心だったのだろうか。


 私はもう一度狸の様子を見に行った。

 他校の生徒が騒いでいる姿を度々見かけていたが、どんな状態かが気になって仕方なかった。


 私は動物が好きだ。博愛主義とまでも行かないし、手を差し伸べるようなことはしたことがない。

 言ってしまえばただの野次馬のようなものなのだ。


 だがここで行かなければ、私の記憶に残るようなものでもなかったかもしれない。


 朝は陽射しが弱かったから、狸の呼吸も少し上がりはすれど、薄く目も開いていたし、生きている気配を感じられた。

 しかし今は真っ昼間。暑さが最高到達点だった。

 側溝まで行き、しゃがみ込んだ。コンクリートからの熱気がむわむわと顔に張り付いた。

 私は謎に狸に影が隠れるようにしゃがんだ。

 ここに来て、情けをかけたのかのような行動だった。


 狸はもう息をしていなかった。目も閉じられていた。

 生き抜いたのだ。

 背中が少し冷えた。脳はフワフワとしていた。

 暑さにやられたのだろうか。

 蝉はうるさく、目の前の光景が、現実かどうかも怪しくなったようだった。


 狸の顔のそばに、朝にはなかったものが置かれていた。

 小さな器に入った麦茶らしきものと、コロコロとした緑の枝豆。

 他校の誰かが置いて行ったのだろう。

 皮肉なものだ。それは狸が生きる糧になることがなかった。

 ふと振り向くと先生がいた。

 きっと私がしゃがみ込んで覗いているのを見てこちらに来たのだろう。

 先生の顔を見た。真面目な顔でじっとしていた。

 置かれたものを見て、先生の纏うものが少し柔らかくなった。


 あの後、私達は帰った。ほんの少し寂しかった。

 あの狸はどうなったのだろう。

 競技場の管理者である誰かが埋葬をしたのだろうか。

 それとも別の方法で......居なくなったのだろうか。


 狸よ。

 あなたは夢を見ましたか?

 むせかえるような暑さで、蝉もうるさく、多くの影があなたのそばに来た。

 あなたを見ていた。

 あなたを思い、生きる糧を差し出したものがいた。

 それはあなたの餞となった。

 泡沫夢幻。あぁ、なんと。

 だけど最後は、現実でも夢でもいい。

 あなたが幸せな夢を見ていたのならそれでいい。

 たまに思い出すあなたに私はそう願います。

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