部長の無茶ぶりに応えつつ「薔薇色」のお題に沿った話を考えようとする文芸部員の話

ギア

部長の無茶ぶりに応えつつ「薔薇色」のお題に沿った話を考えようとする文芸部員の話

 いつものように文芸部の部室で文庫本を読んでいた俺に、これまたいつものように部室でスマホを眺めてた部長がそれをしまってから話しかけてきた。

「ジャック、薔薇色と聞いて何を連想する?」

 ああ、そうそう、部室とは言いつつも別に専用の部屋でもなんでもなく、授業時間中は生物室として使われている部屋だ。高校の部活動なんてそんなものだろう。いや、他の高校を知らないから実は普通ではないのかもしれないけど。

 なんにせよ、本来の用途が生物室ということもあり、黒板の前から2列にならんだ大きな机は薬品や器具で傷つくことのないように黒く硬い材質でできたものだ。部長は普段と同様に、その広い机の上に足を組んで座っている。四角く背もたれのない椅子に座っている俺から微妙に高い位置なので、スカートの位置が視線の高さの近い。目のやり場に困る。

 まあ、そうは言っても部長の女子っぽい部分は、ほぼそのスカートだけだ。笹浪ささなみアキラというその名前も、バッサリと短いショートカットも、高い背丈に凹凸の少ない体型も、凛々しいという表現のほうがしっくりくる顔立ちも女子高生という単語には結びづきづらい。男子より女子に人気ありそう(偏見)。

「薔薇色で連想するものっすか……やっぱり鮮やかな赤っすかね。あと俺の名前は木村でジャックじゃないっす」

 ついでに自己紹介しておくと俺の名前は木村きむら大輔だいすけ。もちろんジャックじゃない。文芸部唯一の1年生であり、目の前の部長が文芸部唯一の2年生だ。つまり文芸部は実質俺たち2人のみ。俺以外の今年の1年生たちは、良く言えば部長の創作にかける情熱に、より実態に即した形で言えば部長の奇行についていけず部を去っていった。

 まあ一応、文芸部も名簿上は部として成立するために最低必要な10人以上いることになっているが、これは部長が文化系の部に頭を下げて回ってかき集めてきた幽霊部員たちに過ぎない。そんなわけで今日も部室は俺と部長の2人きりというわけだ。

 ちなみになぜ俺がジャックと呼ばれているのかというと、新入部員の挨拶の際に「1年生の木村大輔です。よろしくお願いします」と名乗ったら「そうか、じゃあ、あだ名はジャックだな」と返されて、それ以降はひたすらジャックと呼ばれているというわけだ。のちに理由を聞いたら「木村という名字が漢字で11画でトランプの11はジャックだから」と説明された。いや、それ、説明になってるようでなってないぞ。つうか、名乗った数秒後にそれ思いついたのか、この人。こわ。

 俺がそんなことを思い出してるとも知らず(そりゃそうだ)、部長は俺の回答に満足げに頷いていた。

「なるほど、鮮やかな赤か、つまり……ハートかダイヤのジャックというわけだな」

 だからいちいち話をジャックに寄せるな。んなわけないだろうが。

「その2つでいうとハートのほうが薔薇色っぽいと思わないか?」

 知らん知らん。

「マジで何の話っすか、これ」

「うーん、でもなあ、色の話じゃないんだよなあ」

 こっちの話を聞いているのかいないのか、ちょっと違うんだよなあ、と続けてから顔をしかめたあと、いや待てよそういうのもありなのか、という考え込んだあと、いや待てさすがにそれだけじゃ無理だぞ、と額に手を当てた。この人、ほんと、すげえ全部顔に出るよな。

 特に創作に悩んでるとき。

「あー、カクヨムのお題っすか」

「話が早くて助かるが、なんか私という人間が分かりやすいと言われているようでそれはそれでちょっと悔しくもあるぞ」

 どうしろと。

「まあいい。これだこれ」

 さっきまで何も手に持ってなかったはずなのに、いつの間にか手元に現れてたスマホの画面をこっちに向けてきた。この手先の器用さを何か他のことに生かせばいいのにと思わないでもないけど、まあ余計なお世話か。それはそれとしてそのスマホの画面にはこう書かれていた。


 【お題「薔薇色」】お題で執筆!! 短編創作フェス


 デカデカと書かれたタイトルにはそう書かれている。なるほど。話は繋がった。

 しかし、まさか「お題は薔薇色です」という以外に何も縛りがないとも考えづらいので、突き出されたスマホの画面を下にスクロールしてみる。個人的に他人のスマホに触るのはなんか抵抗感があるのだが、こういう状況が多いので部長のスマホだけはなんか慣れてきた。

「……あれ? これほぼ文字数だけじゃないっすか、かかってる縛り」

 自由すぎる。

「そうなんだよー、逆に困るよなー、こういうのー」

 そう言いながらめちゃくちゃ楽しそうな顔をしている。口が裂けても本人には言えないが、こういうときの部長はぶっちゃけ可愛い。それに気づかなければこの高校生活、もう少し有意義な時間の使い方をできてた気がする。まあ、後の祭りだ。

 それはそれとしてちょっと気になったことがあったので口にしてみる。

「これ、イベントに参加するだけなら開始前から書いてあった別の小説にあとから薔薇色要素をねじ込んでタグ付けする人とかいそうっすね」

「え、いや、さすがにそれは違うだろ……と言いたいところだが、まあ実際はいるだろうな」

 マジかよ。自分で言っておいてなんだけど、それはどうなんだ。

「いいんすか、それ」

「こういうイベントのときは多かれ少なかれいるぞ。なんなら自主企画にそうやって乗っかる人もいる」

「いやー、さすがにそれは色々と終わってるのでは」

 なりふり構わなさすぎだろ、とドン引きしている俺の反応を見て、部長は戸惑いを見せた。

「そんなダメな話か? 企画者側は参加者が増えて嬉しいし、参加者側は自主企画経由で読んでもらえる可能性が上がるし、別にいいと思うんだが……別に企画をハイジャックして乗っ取っているわけでもないしな」

 無理にジャックを会話にねじ込むな。あと上手いこと言えたみたいな顔でこっちを見るな。言えてないから。

「それに前から言ってるが、個人的に、読んでもらえない創作物に価値は無いと思うぞ。読んでもらうための努力はすべきだと思うがな」

 待て。さすがに価値は無いは言い過ぎだろ。自分のためだけに小説を書く人もいるし、誰に見せるわけでもないのに絵を描く人だっている。それらの作品に価値が無いなんて誰にも言えないはずだ。

 そう言おうと口を開きかけてやっぱり止めた。

 これは主義主張の問題だ。キリがない。本題に戻そう。そしてとっとと終わらせて読書に戻ろう。

「それはそれとしてお題の話なんすけど」

「お、なんだ言ってみろ、ジャック。その名前に恥じぬ、ナイフのごとき鋭い閃きを見せてみろ、ジャック」

 いや11だからジャックって言ったじゃねーか、トランプが由来だからジャックナイフ関係ないだろ、っていうかジャックって言いたいだけじゃねーのか、とツッコミどころが多すぎるが、話が延々と本題から逸れるので最低限の抵抗で我慢する。

「俺はジャックじゃないんすけど、それは置いといて、前に聞いた話で大抵の単語には『殺人事件』と『ダイエット』が付けられるらしいっす」

「よく分からん」

 部長がグリグリと左右に首をかしげる。

「いや、だから『薔薇色殺人事件』とか『薔薇色ダイエット』とか、なんか適当に付けるだけでもそれっぽい言葉にならないっすか?」

 それを聞いてた部長は最初、おー、と感心したように頷いた直後に、ん?、と首をかしげた。

「殺人事件は確かにそれっぽいが、薔薇色ダイエットはなんか……しっくりこないぞ」

「そうっすかね。なんか楽しいことばかり考えて食欲を紛らわすとかそんな感じのダイエットでありそうじゃないっすか?」

 個人的にはありだと思ったが、部長は納得いかないらしい。体全体を右に左にと傾けて、納得いかなさを表現している。短い髪の毛がそれにつられて揺れている。

「じゃあダイエットのほうは諦めますけど、殺人事件のほうがありならそっちで行くってことでどうっすか」

「でも殺人事件ってなったらトリックとか考えないといけないよな」

「そりゃまあそうっすね」

「めんどい」

 おいおい。

「それを言ったらおしまいでは?」

「うっ、確かに」

 顔をしかめつつ胸を押さえて、痛いところを突かれたというのを顔と動作で分かりやすく表現してくれる。

「もう少し考えるか。薔薇色殺人事件だから……やっぱり殺人現場が薔薇色だったと考えるのが自然だろうな」

「物理的な色の話ならやっぱそうじゃないっすかね。薔薇が咲き乱れる庭園の真ん中で死んでるとか、薔薇好きな金持ちが世界中から収集した薔薇に関連する美術品があふれる室内でその金持ちが死んでるとか」

「そうなるとこう……トリックとか解決の糸口とかも薔薇に関する専門知識がカギになって欲しいところだな」

「まあ、そのほうが読んでる方も楽しいんじゃないっすか」

 知らないことを知るというのも小説を読む楽しさの1つだ。しかし部長は俺のその言葉に、うーん、と否定的なうめき声を漏らした。そして口を開こうとしたところを俺が手で制した。

「めんどいんですね」

「先に言うな」

「調べるのがめんどいんですね」

「より的確に言い直すな」

「いや、分かりますよ。ぶっちゃけうちらでも分かる薔薇の知識といえば、青い薔薇は存在しない、とか、土壌の成分次第で色が変わる、とかそんな感じっすよね。どっちも本当か知りませんけど」

 ここで部長がうめき声をあげながら胸を押さえ、目を閉じてバタリと机の上に倒れた。

「切り裂かれた。私の心がジャックに切り裂かれた」

 そう言いながら薄目を開けてちらちらこっちを見ている。いや分かってるよ、切り裂きジャックって言って欲しいんだろ。でも反応したら負けだと思ってるので、無視して本題を進める。

「まあでも薔薇に関することを今からちゃんと調べてみて、なんか面白いネタを見つけられれば知識も得られて一石二鳥じゃないっすか」

 観念したらしい部長は机の上から身を起こすと、頷きながら俺に向かって、分かった分かった、とでも言いたげに手をひらひらと振って見せた。たぶんこのあと愛用のスマホで薔薇について調べることだろう。そう思ったところでちょっと気になったことがあった。

「今更っすけど、そういえばお題って『薔薇』じゃなくて『薔薇色』なんすね」

「ああ、それな」

「ってことはどれだけ話に薔薇が登場しようが、メインストーリーに色が絡んでないとダメっぽいっすね」

「正直そこまでチェックするとは思わないが、色もきちんと話に絡んでるほうがやはり評価は高いだろうな」

 評価? ああ、そういえば一応は賞レースなんだっけか。すっかり忘れてた。

「そういえば物理的な色のことばかり考えてましたけど、薔薇色って枕詞に続くものといえば人生とか青春とか定番ですよね」

「なんかそういうのって恋愛要素が強そうだな」

 妙に否定的な反応が返ってきた。

「そうとは限らないと思うっすけど、なんすか、恋愛要素は苦手なんすか」

「いや、苦手っていうか……恋愛ってなんか他よりも上位に置かれやすいというか、好きな人のために何かをやめるとか諦めるとかって妙に肯定的に捉えられてるというか……好きなことに邁進する気概とか下位に置かれてる気がするというか。どっちが上とか個別に判断されるべきというか」

 なんか無駄な地雷を踏んだ気がする。話をそらすか。

「薔薇色の、という枕詞で言えば、高校生活とかっすかね」

「高校生活?」

「ミステリ小説のシリーズにあるんですよ。高校生活といえば薔薇色が当たり前とされてることに反発を覚えて灰色でもいいじゃないかとか言ってる主人公が出てくるやつが」

「へえ」

 まったく知らないらしい。アニメ化にとどまらず映画化もされてる作品なので部長が読んでないのは意外だったが、この世に存在する小説の量を考えれば別段不思議でもない。

 しかし、薔薇色か。薔薇色の青春。薔薇色の高校生活。今のこの時間はどっちなんだろう、という考えが頭をよぎった。放課後に部長と2人で過ごしているこの時間は何色なのか。

 楽しくないと言えば嘘になる。ただ有意義かと言われたらそうではない。1人で読書しているほうがはるかにマシだろう。それでも俺はこの時間を灰色とは表したくはない。

「部長は」

 さっそくスマホで調べものを始めていた部長が俺の問いかけに顔を上げた。

「薔薇色の高校生活ってどんな過ごし方を指すと思います?」

「お、哲学的だな。うーん、そうだなあ……」

 部長は俺とのこの時間を何色だと思っているんだろう。不毛な時間だと、灰色の高校生活だと思っているんだろうか。もっと部員がたくさんいて、皆で文芸に精を出している薔薇色の高校生活を望んでいたのに、ガッカリしているんだろうか。

 そんな俺の内心が伝わったのか、部長はしばらく考え込んだあと、真剣な顔を浮かべつつ前かがみだった姿勢を正した。

「正直、あとから決まることだと思ってる。どんな過ごし方だったとしても、過ごしてる最中には分からないんじゃないか。高校生活をいつかまた振り返ることがあったとき、初めてそこについた色に気が付けるんだと思う」

 そこまで言ったあと、キャラに似合わないことを言ったと気づき、突然気恥ずかしくなったのか、腕組みしながら「まあ、あれだな、歩いたあとが道になるというか、そんな感じなんじゃないか。うん」と適当なことを付け足して誤魔化してた。

 でも確かにそんなものかもしれない。今が楽しければいい、というわけではないが、無理に今のこの時間に点数を付けようとする行為に意味なんてないのかもしれない。そう思うと妙に気が楽になった。


 後日談というわけでもないが、このあとどうなったかを書いておくと、部長は色々と調べ物をしつつ薔薇色の密室で死んでいた大富豪の謎を解き明かそうと四苦八苦していたらしいが、結局、書き上げられないまま締め切りが来てしまったらしい。それを聞いた俺は、手にしていた文庫本に栞がわりの指を挟んで閉じてから聞いてみた。

「既存の文章に薔薇色を足しこんでの記念参加はしたんすか?」

 俺がそう聞いたら、してないぞ、と言われた。

「あれ? そうなんすか。なんでやめたんすか。まさか好きな人にやめろとか言われたわけじゃないっすよね」

 このあいだの恋愛要素うんぬんの会話を思い出しつつ、大して深い意味もなくそう聞いたところ、こっちを見た部長が顔を真っ赤にして黙ってしまった。

「どうしたんすか、いきなり」

「だってジャックが人として終わってる行為だとか地獄に落ちろとか言ってただろうが」

「そこまで言った記憶はないっす。あと俺はジャックじゃないっす」

 っていうか、なんでいきなり俺の話になったんだ。よく分からん。

 混乱する俺を尻目に部長は、そんないい加減な態度だからクイーンやキングの後塵を拝す立ち位置なんだぞ、とかなんとか意味不明な角度からの説教をまくしたててくる。なんというか、やっぱり薔薇色の高校生活とは縁遠い毎日が待っていそうだな、とか思いながら俺は読み進めるのを諦めた文庫本を鞄にしまいつつ、部長の言葉を受け止めることにした。

 その薔薇色に紅潮した頬を眺めながら。

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