ほろ酔い幻想記

吉岡梅

缶ビール2本後のできごと

寒い寒い1月の夜。


「いやー、ちょっと飲みすぎたかな? 風呂も入ったし今日はもう寝ちゃうか。おやすみなさい」


ひとり風呂上がりのビールを堪能した真斗まなとが、独り言とともにベッドに入ると、誰もいない台所からごとりと何かが落ちた音がした。


「えっ!?」


なぜ台所から音が? 1Kのアパートには真斗以外の人はいない。隣の部屋から聞こえたのかとも思ったが、そうではない。確実に、ドア1枚隔てた台所から物音が聞こえた……気がする。どういうことだろう。


真斗は布団の中で20秒ほど迷っていたが、意を決して体を起こした。枕元に置いてあったスマホを手にすると、出来るだけ音を立てないようにベッドから降りる。


(まさかこんなボロアパートに泥棒とか無いだろうけど……)


暗がりの中、スマホの明かりを頼りに忍び足でドアの方へとにじり寄る。ドアに手をかけ、しばらく様子をうかがったあと、音を立てないようゆっくりと開け、その隙間から台所を覗く。


恐る恐る台所を確認すると、床にフライパンが落ちていた。


真斗の家の唯一のフライパン。1人用の20cm。重いのが嫌で軽い素材を選んだ小さくて軽いそれ。


真斗はいまだ酔いの醒めきらない頭で考えた。


フライパンは確かにの上に置いていた。それが落ちたという事は。この軽いフライパンを落とすということは――。


きっと、力の無い小さな何かがフライパンを使おうと頑張っていたのだろう。あるいは、何か達が。


「本当にそうか?」という疑問も湧いたが、真斗は酔った頭でそう結論付けた。ともあれ、フライパンは落ちた。そして真斗は思った。――頑張れ何か、と。


真斗は「俺は何も見ていません。それではおやすみなさい」と呟くと、ベッドへと戻って今度こそ眠りについた。


――おやすみなさい。良い夜食を。


そして寒い寒い1月の夜は更けていく。


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