薔薇色の未来を占う
櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)
薔薇色の館に出勤してみた
由利香はある日、会社をクビになった。
まあ、やらかしたからなのだが。
「あら~、じゃあ、代わりに仕事に行ってよ。
あんたの方が昔から当たるじゃない、タロットとか。
私、泊まり込みで、臨時の割のいいバイトに行ってくるから」
と占い師の姉に言われ、今、
『薔薇の館』という占いの館にいる。
由利香は『薔薇色の未来をあなたに……』というパンフレットを姉用の個室で見ながら、
占いの結果が薔薇色でないこともあるだろうにな、と思いながら、ぐびりと水筒のハーブティーを飲んだ。
勝手なイメージだが、占い師はペットボトルのお茶じゃなくて、ハーブティーを飲んでそう、と思い、淹れてきたのだ。
今のところ、客は上手く
「今までより当たってますっ。
こんなに詳細に結果が出たことなかったのにっ」
と姉の顧客は満足してまた来たりしていた。
アラビアンナイトに出てくる女性みたいな格好で、ベールで顔はほとんど見えないし、声が似ているので、偽物だとは気づかないようだった。
――まあ、総務課の女の先輩、水田さんが来たときは、ちょっとビビったけど。
水田の前では、とりあえず、声色を変えて誤魔化した。
「はい、次の方ー」
と水筒を片付けながら、病院か、という呼び方で客を呼ぶ。
入ってきたのは、同期の澤口だった。
同期一のイケメンエリートだが、いつもなんとなく偉そうなので、イラッと来る男だ。
いつも自信満々なのに、なんの悩みが?
と思いながら、
「どうぞお座りください」
と由利香は普段より、ちょっと落ち着いた声で言う。
いつも、
「お前の声は脳天から出てるのか?」
と澤口に嫌味を言われているからだ。
澤口はなにも言わずに頷いて座った。
「え~、本日は、どのようなことを占いましょうか?」
コースと金額の表が載っているラミネート加工してあるプレートを出そうとしたとき、澤口が言った。
「恋占いを」
――恋っ。
えっ?
恋とかするのっ?
と由利香は失礼なことを思う。
なんというか。
出世のために上司に勧められた相手と結婚しそう、とか思っていたからだ。
「ど、どなたか決まった相手の方との相性でしょうか?」
そう訊いたが、澤口は、
「いや、そういうのは特にない。
普通に占ってくれ」
と言う。
「そうですか。
ところで、簡単なアンケートなのですが。
この占いの館のことは、何処でお知りになりましたか?
web広告などでしょうか」
ちょっと気になったので、そう訊いてみた。
すると――
「隣の部署の人がよく当たったと社食で言っていたからだ」
水田先輩かなっ?
占い、外しておけばよかったっ、と姉と薔薇の館のオーナーに殴られそうなことを由利香は考える。
「で、では。
行きますっ」
丁か半か。
入りますっ、という勢いで占ってみた。
いや、タロットなのだが。
細かいことは実はよくわからないので、全体的な雰囲気を見て、まとめて言う。
「お相手は――
最近あなたの側から去った人……?
……えーと。
恋人と別れたとかありますか?」
「いや、誰とも付き合ったことなどない」
由利香は、チラ、と澤口の顔を見て思う。
意外だな。
女性をもてあそびそうな顔をしているのに。
いや、私の偏見なんだが……。
「その人は、あなたの最高の伴侶になれる人のようですね」
そう言いながら、
澤口の最高の伴侶になれる人ってどんな人なんだ?
と思っていた。
「もっと具体的に教えてくれ」
「具体的にですか」
由利香は少し迷い、ホロスコープを作り、星座占いをはじめた。
「なんでもできるんだな」
ちょっと感心したように澤口が言う。
仕事で感心されたことは最後までなかった気がするが……。
「はい。
占い師ですから。
あっ、わかりましたっ。
あなたのその運命の相手は、牡羊座ですっ。
そして、今、あなたの――」
……すぐ側にいます、という言葉を由利香は飲み込んだ。
どうしよう。
運命の相手って――
私では?
「な、なんでもありません」
と由利香はホロスコープを片付けようとしたが、その手をガッとつかまる。
「藤崎」
バレているっ!
「ここで働くくらい、仕事がなかったのか」
水田さんに聞いたと澤口は言う。
やはりっ、バレていましたかっ。
水田さんにもっ。
優しい水田は自分のことを心配して、その場ではなにも言わず。
澤口たちにさりげなく相談してみたのだろう。
「それはともかく、今の占い、お前のことじゃないのか」
「ち、違うよっ」
「じゃあ、占え。
俺とお前の未来を――」
ええ~っ、と言いながら、由利香は二人の相性を見てみた。
……まずい。
二人が結婚すると、薔薇色の未来が開けるらしい。
「……なんて出てるんだ?」
ホロスコープを一緒に覗き込みながら澤口が訊いてくる。
「わ、私と一緒になると――
……ど、泥沼の明日が待っているでしょう」
「薔薇色の館なのにか……」
――嘘は苦手だ。
そして、私が嘘が苦手なことを澤口はよく知っている。
由利香が沈黙していると、澤口は立ち上がり言った。
「まあいい。
占いは所詮占いだ」
出て行こうとする澤口にホッとしたが、澤口はこちらに背を向けたまま言った。
「……お前の声が社食で聞けないのはちょっと寂しいかな」
少し由利香を振り返り言う。
「確かにお前を妻にしたら、部長にいろいろ言われるだろうが――」
由利香はみんなにセクハラしていた部長を殴って辞めていた。
「でも――
お前と一緒なら、泥沼の明日でも悪くない」
じゃあ、と澤口は出て行った。
家に帰ると、何故か姉がいた。
「今日、いいことあったでしょー」
占いに出てた、と言う。
ふふん、と姉は得意げだった。
「仕事クビになって、しょぼくれてるあんたにいいことが起こるって出てたのよ」
「当たるの?
おねえちゃんの占いっ」
「……私、占い師なんだけど」
……そうでしたね。
もう割りのいいバイトとやらは終わっていたのに、そのために由利香を仕事に行かせていたようだった。
「どう?
いいことあった?」
由利香はちょっと笑って言う。
「薔薇色で泥沼な未来が開けてるかも――」
いや、どっちよ、と言われたが。
きっと人生なんてそんなものだ。
薔薇色な瞬間もあれば、泥沼な時間もあるだろう。
『でも――
お前と一緒なら、泥沼の明日でも悪くない』
そう言った澤口の横顔が、今日、初めて、ちょっと格好よく見えたことは――
姉にも秘密だ。
『薔薇色の未来を占う』完
薔薇色の未来を占う 櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん) @akito1
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