第17話 義務

 とは言え――復讐と言っても、方法なんてそう容易く見つかるはずもなく。と言うより、何をすれば復讐になるのかも分からない。どうすれば、彼が最も苦しむことになるのか――


 だけど、数ヶ月前――高校入学からおよそ三ヶ月後、ようやくその答えが見つかって。まあ、あくまで私の判断ではあるけれど――それでも、まあそこまで外れてはいないかと。だって……それまでずっと、ずっと誰よりも近くで彼を見てきたのだから。


 ――ともあれ、作戦決行。……まあ、とは言っても私から何か積極的に働きかける必要もなかったんだけど。ただ、その時を待つだけ――浦崎うらさき先輩が私を殺しにくるその時を、ただ待つだけで良かったのだから。




『――皆川みながわ優月ゆづきちゃん、だよね? 私、三年四組の浦崎真歩まほ。宜しくね、優月ちゃん!』

『…………へっ?』


 高校入学から、およそ一週間経たある日のこと。

 放課後、忽然と教室に姿を現しそう口にする謎の美少女。そんな不可解極まる展開に、クラスメイト――そして、もちろん私も唖然として。……いや、どちら様? あと、どちら様だとしても止めて? すっごい恥ずかしいから。



 それでも、そんな奇想天外な先輩を受け入れるのにさほど時間は掛からなかった。まあ、毎日のように教室に来るので、もはや拒否する方が煩わしいというのもあるかもしれないが……それ以上に、私にはない眩いほどの明るさやその人懐っこい笑顔が主たる理由かなと思っている。


 ともあれ、もはや説明不要かとも思うけど――私達は毎日のように下校を共にし、時々一緒に遊びに行ったりもして友情なかを深めていった。美波みなみ何方どちらが仲が良いかと言われれば、本気で答えを窮してしまうくらいで……いや、比較する必要なんて皆目ないんだけども。


 ――そして、次第に分かった。彼女が、芳月ほうづき先生に対し並々ならぬ想いを抱いていること。そして、そんな彼とひとつ屋根の下で時間ときを過ごす私に対し、底知れぬ憎悪を抱いているであろうことを。


 尤も、彼女がどのような経緯でその情報こと――先生と私の関係について知り得たのかは、まるで定かでなく。私としては警戒を怠ったつもりはないし、先生もそうだと思う。だとしたら、いったいどのように――


 ……まあ、正直何でも良いんだけどね。別に、経緯そこは何ら問題じゃない。重要なのは――彼女が、明確に私に憎悪を抱いていたこと。それこそ、殺意と呼んで差し支えないほどに。そして、私は思った――これを、利用しない手はないと。


 そして、あの日――黒を纏った彼女が刃物を向け猛進してきたあの日、私は殺されるはずだった。それで、計画は達されるはずだった。もちろん、満足とはほど遠いけど――それでも、私に出来る復讐は達されるはずだった。……なのに――




「……その、優月ちゃん。謝って許されることじゃないのは分かってるし、許してもらわなくても良い。それでも、本当に……本当に、ごめん」

「…………先生」


 そう、再び深く頭を下げ真摯に謝意を口にする芳月先生。……ほんと、馬鹿みたい。何度でも言うけど、彼は何も悪くない。悪いのは、紛れなもなく貴方の両親。なのに、身内というだけで罪悪つみの意識を独り背負って――


 ……でも、他人ひとのことを悪いなんてもう言えないか。先生じしんに深く想いを寄せる生徒の嫉妬により、先生じしんと極めて近い関係にある私が殺される――その展開に導くことで、まるで何の罪もない善人の罪悪感いたみにつけ込み復讐を果たそうとしている私に、他人ひとを悪く言う資格なんてないか。……なのに――



「……なんで、私に……こんな、どうしようもない私なんかに、優しくするの……?」

「…………優月ちゃん」



 どうにか絞り出した私の言葉に、目を見開き呟く芳月先生。……だって、そうでしょ? 私は、復讐しなきゃ駄目だった。加害者当人に対して叶わないなら、せめて近しい人間ひと――加害者と同じ血を宿すこの先生ひとに、なんとしても復讐しなきゃ駄目だった。それが、大好きな両親のために私ができる唯一のこと――そして、私の義務だったから。……なのに……なのに――



「……もう、できないよ。だって、私は……私は……先生のことっ……」

「……優月ちゃん」


 彼の身体をぎゅっと抱き締め、震える声で呟く。その華奢な身体を、壊れんばかりにぎゅっと、ぎゅっと。もう、決して離さないように。


 すると、暫し困惑していた様子の先生。それでも、ほどなくして少しぎこちなくも、そっと抱き締め返してくれた。


 


 



 


 

 



 


 




 


 

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