第7話


「むうぅー、どこいくの?」


「危険な場所だ。もう行くからな。人が死んでるのを見たくなけりゃ街で大人しくしてろ」


「危ないなら僕も行くよ! さっきも見たでしょ。役に立つよ!」


「お、俺も行く! さっきこっちに転生してきてこの世界の事よくわかんねえからさ! あんたについて行った方がいいって言うか、勉強になるかと思うんだ」


 フンス! とばかりに胸元でガッツポーズをとるアラミリアと、蘇生したばかりの少年がマックスを強い目で見ていた。


「簡単に言うがな、人が死ぬ場所だし、お前らだってそうなるかもしれねえんだが……」


 マックスは少し考える。

 あっさり転生者だと自白してしまう二人を、街に放り込んだら碌な事にはならないかもしれない。

 ましてやアラミリアは安全装置の無い爆弾みたいなものだ。

 しかもクッソエロい身体と衣装で武装している。

 これを街に放り込んでしまえば、あの手この手で如何いかがわしいことをされてしまうだろう。

 同行させた方が管理はしやすい。

 危険はあるが、勝手に動かれるよりはましかもしれない。


「分かった、ただし条件がある」


「条件? おっぱい?」


「そこから離れろよ…、誰にでもおっぱいおっぱい言うんじゃねえ」


「んじゃ、条件って何かな?」


「これから先、俺が何をしても口を出すな、邪魔するな。いいな?」


「う、何をしてもって…、エッチな事?」


「ちげーわ! なんでそこから離れねーんだ。てめーは!」


 マックスはちょっと後悔し始めた。

 頭ン中どうなってんだドピンクかよ。

 キャラ付けにしてもねーわ!

 なんて感じにである。


「いいか? 俺はこれから女を殴るかもしれねえし、人を殺すかもしれねえ。そういうことに口を出すな」


「えっと、まじで?」


「もう時間が無いんだ、行くぞ。そっちのもいいな?」


「あ、ああ。あ、俺は青木、じゃないヨシュア。よろしくお願いします」


「マックスだ、よろしく」


「あ、僕、じゃない私はアラミリア! よろしくねー」


 アラミリアとはこれ以上話すと話が進まなくなる。

 マックスとしてはこれ以上、漫才で時間をつぶしたくはなかった。

 ヨシュアの自己紹介には答えて速足で歩き始めた。

 そして走り始めた。



「ねえねえ! ちょっと速くないかなー!」


「お、俺もちょっと、そう、おも」


「付いて来られないなら、後から来い。露払いくらいはしといてやる」


 移動速度の速さに、アラミリアとヨシュアは付いて来られなくなりつつあった。

 この世界に着いて早々の二人では体が付いて来ない。

 もっとも、アラミリアはまだ余裕がある。

 生命力の化け物。

 そう言っても過言ではない彼女は、肉体の性能を、その生命力が補っているのだろうと思われた。


 それでもなんとかついて来ようとするヨシュアは、なかなかに根性があると言える。


「いいか? 必ず二人で行動しろ。つかず離れずでな。左手に小屋が見えたら道の脇に隠れてろ、迎えに行けたら迎えに行く」


 覚悟も無いものを殺し合いの現場に置かなくてもいいだろう。

 彼らはまだそんな場所に居なくてもいい。

 彼らは結果だけ見ればいい。

 マックスは答えを待たずに走り出した。

〈魔術〉を使い、〈脚力強化レッグブースト〉と《時間歪曲タイムディストーション》の魔法を使用。

 全力で駆け出した。

 二人の転生者は、もう宿に入ってしまっている。


「くそ、解ってたが間に合わなかったか。何とかうまく抵抗しててくれよ」


 後ろに居る二人が悪いとはマックスには思えなかった。

 彼らには彼らの考えと都合がある。

 もう少し、慎重に行動して欲しいとは思ったが、異世界転生なんてものは理性なり知性のレベルを低下させても致し方ないものなのだ。

 マックスだってそうだったし、今もそうなのかもしれない。

 後手後手に回っているな。と感じている。


 マップを見ると宿の二人は離れている。

 一人は一階の個室、もう一人は…地下室だと思われた。


「もう地下室に連れ込まれたか…。そいつは女か」


 地下室には拷問器具の他にベッドがある。鎖付きのやつだ。

 どちらにしろ、まともなことをする場所ではないのである。

 この宿は前もって掃除しておくことも考えたが、迂闊にお掃除してしまうと街道側に山賊たちの巡回部隊が出ることがある。

 巡回部隊が街道をうろつくと、それはそれで厄介だ。

 それに、この宿と近くの山賊拠点はクエスト絡みの場所だった。

 クエスト発生条件が今一つ判断できないのだが、貴族絡みの案件の為、マックスははまだ触りたくなかった。

 他にもある。

 この宿の地下にはダンジョン化しつつある地下洞窟への入り口がある。

 その地下洞窟ではマグネシウムの鉱石。その奥、ダンジョン化した領域にはスキルを取得できる場所がある。

 しかしマグネシウムはエキストラクタからの産出品で間に合う。

 スキルは盾のアクティブスキル『フォートレス』。

 ソロプレイで亀になってどうすんの?

 でかい攻撃は受けるより回避したほうが良い。

 エリア攻撃なら意味なくね?

 転生者と組んだとしても、俺は他の転生者よりも多彩な攻撃手段あるし火力出るよ? となる。

 どちらにも全く興味が持てないマックスである。

 まぁ新規キャラクターでゲーム開始直後なら、ここはおいしい場所だったが。

 ともかくそうなると、放置で良いとなってしまい、そうなっていた。

 

 ただ、今は、放置しておいたことは正解だっただろうか?

 もっと上手く出来たのか?

 そう思わずにはいられなかった。

 例えば、転生者が来る直前にお掃除しておけば良かったのかもしれないのである。

 そうは言っても結局のところ、結果が出るまでどれが正解だったのかなど判りようも無いのだが。

 難しいところであった。

 そして、街道の先に宿が姿を現した。

 見張りはいない。


 一階の個室は街道側に窓があった。

 先ずは情報収集から始めようと、マックスは窓の下でジャンプした。

 そして音もたてずに着地する。

 窓からは水色のロングヘアーの転生者が、ベッドに押さえ付けられているのが見えた。


時間歪曲タイムディストーション》を切る。

 宿の入り口に移動したマックスは、微妙な力加減でドアを引いた。

 動かない。


(鍵まで掛けて念入りな事だな。客が来たら怪しまれるだろうに)


 だが、これで判ったこともある。

 今、宿のカウンター近くにやつらの仲間はいない。

 仲間がいるなら鍵を掛けたりはしないだろう。

 マックスにはそうとしか思えなかった。

 誰かが来た時に対応できないから鍵を掛けたのだろう。

 ならば簡単だ。


『超能力』テレポート。

 マックスは山賊宿への侵入に成功した。

 一階の個室からは激しい声と音が聞こえている。



「いいから大人しくしろってんだ! しつこいぞ!」


「嫌! イヤーッ! やめてよー! やだー!」


「うるせえ! ぶん殴るぞこの!」


 男は抵抗する女を思い切りはたいた。


「うあっ」


「すぐに良くしてやる。その前にちゃんと若い女のモノを見せてもらわねえとな!」


「せんせぇ…せんせぇ…助けてぇ」


 女は泣いていた。まだ年若い女で、この世界の住人とは思えぬほどに綺麗な肌をしていた。

 髪は水色と思っていたが、正確にはプラチナをアドリア海の水でいたような髪色である。

 それが上半身はかれ白い肌を露出し、それでも細い腕でなんとか抵抗を続けていた。

 それももはや風前の灯火だ。


「おお、いいもん持ってんじゃねえか! これは味見させてもらわねえとな」


 野獣の如き男は大喜びだ。

 どすっ。

 そんな男の背中をマックスお手製の短剣が刺した。


「あ? 」


「女を刺そうってとこで悪いな。俺も我慢できなくて刺しちまったよ」


 男の髪を左手でつかみ、短剣をさらに進めていく。


「あ、お、お」


 女には極めて優しく声を掛けた。


「おー、怖かったろ? 何、心配はいらねえよ? 怪我はねえか?」


 水平に差し込まれた短剣は男の胸に深く突き刺さっていた。

 それを捻りながら抜けば、男は死んでいた。


「今日は新しく作った剣の試験をすることになっててな。こいつが協力してくれたんで助かったよ。君もありがとうな」


 死んだ男を部屋の隅に放り投げながらさらに声をかける。


「酷い目にあっちまったな。とりあえず服着てくれねーか?」


 言いながら今度は、部屋の鍵を開け宿の中をもう一度目で確認する。


「う、うぅ、はい。え?」


 そして不思議なものを見たような顔をした。

 マックスもこの女はどこかで見たような気がした。

 気のせい、いや、気のせいとは思えなかったが確信は持てなかった。


「ちょっと見てくる。ここを動くなよ。この部屋の鍵は閉めといてくれ。俺が迎えに来たら鍵、開けてくれ」


 返事は聞かずにマックスは部屋を出て行こうとした。

 そのつもりだったのだ。


「せんせえ?」


 思わず足が止まってしまったのは失敗だったろう。

 振り向いてしまったのも。

 思わず出てしまった無意味な言葉がそれを肯定したように聞こえてしまったことも。


「あ、あ?」


「せんせえ! やっぱりせんせえ! せんせえ!」


 彼女は泣いていた。

 彼女は急いで飛びついてきた。

 それはまるで飼い主に飛びつく犬のようであった。

 受けた恐怖を振り払うかのようでもあった。

 大事な人を失うまいとするようでもあった。

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異世界転生記 Lˈʌv 石田 アマノ @amanosun

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