第5話


 こいつはちょっとヤバいかもしれない。

 マックスがそう考えたとしても無理はない。


 何故なら、今は非常にまずい状況だと言えた。

〈鉄の投槍  アイアンジャベリン〉使いの転生者は危険な奴だと言える。

 先ず単純に、魔法が脅威であった。

〈鉄の投槍  アイアンジャベリン〉の火力が、すでに軍用ライフル弾レベルにある。

 何? それじゃ分からん?

 百メートルの距離で五ミリの鉄板を貫通する。出来る。

 それくらいである。

 まぁ、それは対処が可能ではあるが、問題は別にあった。


〈生命探知〉での反応が異常なレベルで高い。

 トロルかなんかかお前は? とブチ切れたくなる。

 何をどうやれば、転生したての転生者が、これほどの生命力を持ちうるのか、さっぱり分からなかった。

 結論として、只者ただものではないと評価せざるを得ない。

 異常者アノマリーとしか言いようがなかったのである。


 そして、足元には既に死亡した転生者。

 さくっと蘇生して、この場を立ち去りたいのが本音だった。

 残り二人の転生者が非道ひどい目にあう可能性が高い状況。


「ツイてない…」


 仮に足元の転生者を蘇生したとしても、異常者アノマリーが悪人だった場合、面倒なことになる。

 そいつに任せてカルヴァンまで送らせても、ここで戦うことになってもだ。

 考えている間も、そいつは近づいてきていた。



 その一方、異常な転生者はと言うと、だ。


「うーん、さっきの人、大丈夫かなぁ。危ないヤギさんいっぱい居たけどー」


 実に呑気なものであった。


「怪我くらいなら僕が直してあげれば良いよね。この《生命の恩寵》の杖があれば結構酷い怪我でも治せると思うしー」


 対照的な二人であった。

 そして、二人は出会った。

 出会っちゃったのである。



「うわぁー、すっごー」


 先ず言葉を発したのは白い衣装の少女である。


「これ全部ヤギさんだよね? これ全部ひとりで倒したんだー? 凄いねー。あ、僕も何匹か倒したんだったっけ。 あ、怪我とかしてない? 直そうか? 治癒の魔法覚えてるからさ! この杖もそういうパワーあるんだよね!」


 かしましくも、あっちをうろうろ、こっちをうろうろする少女。


「素材とかお金とかドロップした? 遠くから魔法撃ってただけだからさー、その辺わかんないんだよねー。あ、ドロップしたのちょーだいとか言わないから安心してよ!」


 話し掛けても返事がない少年に、ゲーム的な権利を主張したと思われたかとちょっと焦ってしまっていた。

 いきなり話しかけるのもまずかったかなー?

 なんて思っている。


「ごめんごめん。いきなり失礼だったよね! 僕はアラミリア。よろしくねー」


 少年は左手で顎を撫でながらも表情を変えなかった。

 少し眉間に皺を寄せている。

 右手に短剣は持ったままである。


「えっとー、横殴りしちゃったから怒ってる?」


 基本的に交戦中のプレイヤーの獲物を攻撃するのはオンラインゲームではマナー違反とされている。

 マックスが返事をしてくれないのは、そういうことだと思い至ったらしい。


「違う、そうじゃない」


 正直に言えばマックスにとってはそんな事はどうでもいいのである。

 ただ、このやり取りがマックスにとってミスであったのは後の事である。

 それよりも色々と突っ込みたい事だらけだっただけだ。

 それはつまり…。


 なんでお前そんなに生命力に溢れてんだ?

 おめーら新人転生者のレベルじゃプレート着ててもこの数倒せねーよ!

 初対面の相手にいきなり装備の効果バラしてんじゃねーよ!

 俺が山賊の仲間だったらどうすんだよ!

 俺の足元に死んでる奴いるだろ!

 ゲームじゃねえよ!?

 つーか、一発で転生者だってバレるようなこと言うんじゃねーよ!

 その衣装は見たことねーんだが? ユニーク以上だろ!

 っていうか死んでる奴もユニーク着てるんだが!?

 おめーらなんでいきなりユニーク着てるんだよ!

 お前みたいな美形、学生にいなかったんだが!?

 どんだけ外見にポイント突っ込んだんだよ!

 つーかお前の身体めっちゃエロいな!? イライラ棒がイライラするんだが!?

 すんませんお願いします一発ヤらせて下さい! 禁欲生活続いてるんです!


 突っ込みたいの意味がちょっと違うのもあったが、大まかに言って言いたいことが山盛りであった。


「あー、良かったー。嫌われちゃったかと思ったよー」


 しかし、不味いことだ。マックスは頭が痛かった。

 足元の死体を蘇生したとしても、こんな奴に預けるわけにはいかない。

 こんな迂闊な奴には預けられない。

 こんなん無理やんアカンやん…。

 思わずマックスの思考が関西弁になってしまうくらいには駄目であった。


「…マックスだ、悪いが時間が無い」


 死亡した転生者に無理矢理意識を向けて話し出す。

 少しぶっきらぼうな感じになってしまうのは仕方なかった。

 これ以上彼女に目を向けるのは、決して良いことでは無い。

 すでにイライラ棒がムクムク棒に成りかけである。

 それ以上いけない。


 足元の遺体の状況を確認しつつも彼女の様子をうかがう。

 まだ警戒はしておくべきだろう。

 マックスはそれなりに用心深いのである。


「それで、こんな危険な場所に何しに来たんだ?」


「あ、えーとねー、あれ? それ、誰? 寝てるだけ? もしかして…殺しちゃったの…?」


 アラミリアの態度が少し変わった。


「知らねーよ。山羊狼ゴートウルフに襲われてたみたいなんだが。間に合わなかったみたいだな」


「ええ…そうなんだ。あ! 僕じゃないよ!」


 彼の死に彼女は無関係に思える。

 直接の死因は喉へのダメージだろう。見れば判るものである。


「ああ、喉を嚙み砕かれたか、引き千切られたんだろうよ。見てみろよ」


 そう言うとマックスは彼から離れた。


 まだ敵か味方かも判らない相手に、背中や首筋や後頭部をさらしたくなかったのだ。

 彼女の手が魔法だけとは限らない。


「なんで…そうかもだけど。でも、酷いよ…」


 遺体の喉元を一度しっかりと視て、そして視線をらしながらアラミリアは呟くように言ったのだった。


「この辺りは危険なんだ、危ないからカルヴァンの街に行ってろ。ローブかなんか持ってれば着て行けよ。そんな格好だと犯してくださいって言ってるようなもんだ。特に、あんたみたいなのはな」


 マックスとしては一人で向かわせるのは躊躇ためらわれるのだが、彼女に居られると邪魔にしかならない。

 この後もやるべきことが山積みなのだ。

 異常者アノマリーな彼女であれば、問題は…無いわけではないが街までは何とかなるだろう。

 後ほどカルヴァンの街で探すとしよう。

 その時にでも彼女が危険人物か調べればいい。

 なんてことを考えている。


「う、うん…、わかった」


 そうして彼女は力なく去っていった。



 さて、マックスとしては先ずは死亡している転生者を何とかしなければならない。

 そして、急いで残り二人を保護しなければならないのだ。


「R10番コンテナ」


 マックスは魔術経由で起動した物品召喚魔法で、用意してあったコンテナを呼び出した。

 この中には魔法薬などが入っている。

 その中から治癒薬、蘇生薬の魔法薬を取り出すと、遺体の首筋に治癒薬を掛けた。

 しゅうっという音とともに首の傷がふさがっていく。

 肉体はまだ完全に死んでいない証拠だ。

 ここでマップを確認する。

 例の危険な宿屋だ。そこを中心に地図操作し状況を確認する。

 マックスにとって、頭が痛くなる状況になりつつあった。

 転生者二人が宿屋に向かって移動しつつあったのである。

 このままだと、時間差があったとしても二人とも宿屋に食われるだろう。

 正確には宿屋の連中に、だが。

 もっとも生物学だとか栄養学的な意味で食われたりはしない。

 そこに巣食うのは、この近くに根城を持つ山賊だからだ。


「くそ、次から次へと…面倒ごとが」


 手早く、蘇生薬を掛け始めたその時である。


「あの! 僕なら何とかできるかもしれない! その人!」


 そう、面倒ごとが戻ってきやがったのだ。

 マックスは空を仰ぎたくなった。

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