第3話
マックスが、この世界に転生して二年が経った。
この二年でやったことの
それでも、大都市を中心としたコネ作り、物件の確保、商店の立ち上げなどと、日々の生活のために割かれる時間は少なくなかった。
おかげで〈料理〉や〈農業〉〈木こり〉〈交渉〉のスキルが上がってしまっていたりする。
〈木こり〉とかウルティマな感じのオンラインゲームかな?
「前世でも自炊してたからあんまり上がらねえな。農業は結構上がって肉体レベルの足しになったから良し」
前世と言えば、俺の死後の手続きとか大丈夫だったろうか。なんて思ってしまったりするマックスである。
「白紙委任状六枚と生命保険証券と、支払い口座の通帳とカードは用意してまとめたし。それと、クレジットカードは全部と、スマホやネットの解約できるのはしたはずだし」
忘れ物が無かったか、今更ながら気になったようである。
「資産も株券もない、積み立てと他の銀行口座は解約して現金置いといたし、銀行印も大丈夫。まぁガス水道電気は、まだ解約するのはまずかったしなぁ」
「自動車保険も停止にしといたから、まぁ大丈夫だろ。まだ確実に死ぬか分からなかったから解約しなかったけど」
「年金の証券と保険証は用意した。あ、実印、は
実印を忘れるなと言いたい。
「まぁいいだろ。親父か姉貴がなんとかするはず」
結局、丸投げするよりほかはないようである。
「転生者たちが来るのが、明日か…」
彼らは明日の朝に転生してくる予定になっていた。
それに備えて、移動系の魔法はそれなりに回収できている。
〈
もちろん、魔法の発動や維持に必要な
マックスは各地の傭兵ギルドなんかにも転生者の保護依頼を出している。
信用が無いため依頼できないギルドもあったが、これはやむを得ないことであろう。
顔見知りの商人や宿の主人、街の守備兵などは深掘りせずに依頼を受けてくれた。
守備兵に関しては、入市税と共にこっそり金を渡し、後できっちりと成果報酬を払うとして話を付けた。
もちろん仕事の合間でいいと付け加えて。
街門の守備兵なども金は欲しいし、なによりもマックスから袖の下を貰うことに慣れている。
袖の下と言っても、いつもお仕事お疲れ様です、なんて言いながら渡すので明確に賄賂とは言えないようなものだ。
マックスとしては、利益供与は大歓迎である。
そんなわけで、転生者たちが街門に行けば、多少の取りこぼしがあったとしても転生者たちは無事に御用に、いや、保護されることになるだろう。
もっとも、入市税も支払えないような奴はとりあえず牢屋にぶち込んで色々世話しておいてやって欲しい、とは言ってあるのだ。
ただし、手だし無用とも言ってある。
仕事の内容は街の中や周辺での捜索と保護に七日間。
保護した後は、忠告とともに宿へ押し込んでもらうことになっている。
当然だが、他に人を使ってもいいと言う条件付きだ。
ただし、保護対象が転生者だという事は明かしていない。
その為、見分け方だけ教えている。
例えば、いかにも買ったばかりの装備品、変な色の髪、年齢、お金の使い方を知らない奴、後は自分のいる街がどんな名前か知らない奴。などだ。
マックスにとっても身バレと言うかなりのリスクを負うことになるが、まぁ仕方ないだろう、という事で済ましている。
前金として大金貨五枚、後は保護した一人ごとに成果報酬として小金貨三十枚である。
これで、それなりの数の転生者を網に掛けられると思われた。
その場合はキッチリ落とし前をつけてもらうつもりなのである。
マックスは暗殺者プレイは大好きであるし、通常は装備品もそれに適したものを身に着けている。
当然のことだが装備品の色に黒を使うような馬鹿な真似はしていない。
黒という色は昼でも夜でも目立つからだ。
「魔力系はもうちょっと鍛えたかったが」
魔力系スキルは『生命力
錬成スキル化したものもいくつかはあるし、その先の進化スキル化したものもあるのだが…。
「仕方ない、もう少し筋トレするか」
いつものルーティーンからは外れるが、ここでの筋トレも最後になるかもしれない。その思いがそう行動させてしまうらしい。
マックスは、いつものように庭に向かう。
そこには四つの大きめのレンガが置いてある。
その二つを両足の甲に結び付けた。
残りの二つは両手の指先で持ち、庭に二つ並んだ絞首台のようなものから伸びたロープに結ばれた、
最初のうちは口に銜える板も割れまくって苦労したものである。
最終的に金属の板に薄い木の板を両面から張り合わせて事なきを得たが。
それはともあれ、いつもの筋トレが始まるのである。
ぶら下ったままに両足を抱え込み、足先は上げる。レンガは足の甲に乗ったままだ。
腕を左右に広げて伸ばす。手首も曲げずに伸ばした。レンガは掴んだままだ。
そして空を見上げたままの顔を足に向ける。
三十秒間の静止。
やがて足は地面をゆっくり蹴るように交互に動かす。
足を下げたら足首を伸ばす。
足を上げたら足首も曲げる。
同時に腕は下に閉じて開いてを繰り返す。
首は軽く縦に振る。
これを三十回。
次は腕を空手の突きのように一秒に一回の感覚で交互に動かす。
足と首は同じ動きを繰り返す。
これを三十回。
首と足の動きを止め、腕は左右に閉じて開いてをまた三十回。
魔術を使って回復系魔法を起動する。
そして、三十秒間の静止から繰り返す。
これを最低五セット、飽きるまでやるのがマックスの日課だ。
回復魔法や治癒魔法が使えるので思ったよりも楽なのだ。
魔術万歳、回復系魔法有難う、である。
これが終わると、長さ一メートル、直径十五センチ程の丸太を後頭部に乗せて保持し背筋運動。
足を固定する器具はマックスが丸太で自作した。
限界までやって回復系魔法でケアし、また繰り返す。
これが終われば次は反復横跳びになる。
自作の細くて長い
なるべく壺が揺れないように反復横跳びをするわけだ。
壺は、指を鍛えやすいように試行錯誤を重ねて自作した物で、納得のいくものが出来るまではひたすら試作品を作る羽目になった。
壺の口部分が手と上手く合わないと、指に負荷が掛からなかったからだ。
壺も最初は薄く作っていたため、よく割れて、完成品でも何度か作り直した。
「今考えりゃあ、丸太と板で作ったほうが早かったかもしれねえな……」
さもあらん。結局、壺の重さが物足りなくなって、肉厚の、重い壺を作る羽目になっていたのだから。
考えが足りないとこうなる。
その見本であった。
ただし、〈陶芸〉スキルは生えてきたし、それなりに上がってくれたが。
次の筋トレは、壺を手を開いて保持したまま体の全体をゆっくりとひねる。
これを繰り返す。
順番的には一番最初にすべき筋トレだったが、回復系魔法があるおかげで筋トレの順番は、それほど重要ではなかった。
実に有難い話である。
そうして、綱引き、拳立てと腕立て、で終了となる。
筋トレは。
何? よくこんな訓練方法思いつくなって?
漫画の主人公の真似であった。
マックスが、叔父の家にあった漫画を読んで、仕入れた知識を取り入れただけである。
実際にやったら、最初のうちは歯が折れたり欠けたり、泣きそうになったりしていた。
いや、マジで泣いていたのは内緒だ。
それが武士の情けというものであろう。
回復系魔法マジ偉大、であった。
さて、筋肉だけ鍛えても強くは成れない。
リンゴやジャガイモ、スイカが敵であれば筋力がすべてを解決してくれるだろう。
だが、そうではないのである。
体幹と技を鍛えなければならない。
三メートルの丸太を両肩に乗せ、頭が上下しないよう小屋の周りを走る。
上体がふらつくと、丸太が色んな所に突っかかってしまう。
最初のうちは、あちこちに丸太が当たり、小屋や農作物が被害にあってしまったものだ。
走り終えたら、丸太を肩に乗せたまま、腰を落として、足だけ
そのままの姿勢でゆっくりと、
体幹を支える筋肉を鍛えるよりも、使えるものにするためにやっておかなければ、筋力に振り回されてしまうだろう。
これでバランス感覚も鍛えられてくれるはず、であった。
最後に、自作コンクリで作った、丸太用の基礎に
いままで四本の丸太がダメになった。
この五本目もかなり削れてしまっている。
こういった、前世ではあまり使われないものも鍛えている。
貫手は相手次第、殺してもいい相手になら使うことに
前蹴りから、
正直、マックス程度の練度では、空手経験者に回し蹴りなどしたところで、カウンターの
ただ、マックスはこうも思っている
この世界ではまだ、徒手空拳の格闘術はそれほど知られていないし、人間相手の技に習熟するより、魔物も人間も対象に出来る武器術に比重を置いているはずだ。
意表を突くにはちょうどいい。
そうは言っても、前世のように、ボクシングのような格闘術の前身となるものが、存在していてもおかしくはない。
「まぁいいだろ。受けも練習し直してるし、俺の習った流派は受けも攻撃になるし」
もちろん、どの流派かは口が裂けても言えないと思っている。
空手の技で人を痛め付け、殺す。
師範に聞かれたら本気で怒られそうであった。
後ろめたさは大きなものだ。
そうは言っても今や、習った流派の亜流、いや邪流であろう。
流派の教えから外れて人を傷つける工夫が始まった時点で邪流としか言いようがあるまい。
ここでは色々とある。
法があっても、守る守らないの問題はどこの世界でもある。
農村一つがまるまる、怪しげな宗教や山賊の本拠地なこともあるし、人間を生贄に捧げている村だってあるのだ。
守備兵や警備兵が巡回する街中であっても、レイプ集団が夜な夜な家々に押し込んでいることもある。
言い訳がましいかもしれないが、マックスは使うつもりだった。
剣でも魔法でも。
空手でも柔道でも、プロレス技だって使う。
たとえ不殺を
得る為、生きる為、守る為。
理由は何だっていい。
痛めつける、殺す。
俺の為に。
そう強く思っている。
ただ一つだけ誓えるのは、何の罪もない人、ただ必死に正しく生きている人。
そんな人には使わない。
それだけであった。
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