目前の婚約破棄

金谷さとる

華観会


「君を妻とすることはできない」

 軍礼装の青年が白い着物の少女に告げる。

 扇で顔を隠す少女が目を細め青年を見あげている。無表情で。

「そうですか」

 小声で下のお嬢さまが「タマシダ様と西方守備隊のコヅキ様だわ」と教えてくださった。

「それだけ、か」

「このような場で恥を重ねることをよしとしないだけですが?」

 不思議そうに応対するタマシダ様は軍礼装の青年コヅキ様に微笑んでから頭を下げる。

「それでは本日は下がらせていただきたく。コヅキ様には変わらぬご活躍ありますように」

 すっとさがるタマシダ様に誰もが道をあける。

 誰もが無言でこの事態を見守っています。

 白華殿のタマシダ様と言えばこの華観会の五華の一華。

 神帝様を中心とした四方の要のひとつを支えるお立場の姫君です。

 西方守護代となられる方に嫁ぐと語られていたはずですので先程のコヅキ様が次の西方守護代様なのでしょうか?

 当のコヅキ様は凛と去っていかれたタマシダ様の背を睨んでおられました。が、切り替えるように表情を消して「失礼」と会場から移動なされました。

「コヅキ様、なにをなさりたかったのかしら?」

 こてんと下のお嬢さまが頭を揺らします。

「次期守護代という責任ある立場を避けられたのでしょう」

 通りすがった年長の方が呆れたように教えてくださいました。

「このような耳目の多い場所でご自身の評価を下げるほどのお覚悟ですものね」

「白華様をお支えする自信をお持ちではないのでしょうね」

 ポツポツとした呟きはいつしか其処此処でざわめきとなり華観会の華やかさが戻ってくる。

 下のお嬢さまは慣れた様子で会話を楽しんでらっしゃる。

 上のお嬢さまは壁際で佇んで……おられない。

「セツ」

 下のお嬢さまに声をかけられてわたしは軽く頷く。

「私はお姉様方のおはなしを聞かせていただきますから、お姉様を。お姉様、はじめて華観会にご出席ですもの」

 上のお嬢さまを探しにわたしは下のお嬢さまからはなれる。

 このような席にお供するのはわたしもはじめてで息をつけることが嬉しかった。

 上のお嬢さまがいた場所から近いテラスを覗くと学院で見かけた気のするお嬢さまとコヅキ様です。

 華観会は屋内で軽く談笑した後に庭などにばらけるらしくひと気のない静けさを備えています。

 おそらく屋内ではコヅキ様の話題で盛り上がっているのでしょうが。

「おそらく私は守備隊から外されるだろう」

「そんな!」

「それでも私は君が……」

 まるで下のお嬢さまが話題合わせのために読んでいる娯楽読本で出そうな言動です。

「困ります」

 お嬢さまは困った表情でコヅキ様の手を振り払って庭側に逃げて行かれます。

「まぁ、戦闘能力はあれど稼ぎも評判も悪い男は優良とは言えませんものね。白華殿の方々がどう動くかまではわかりませんが。ミナツキ様でしたらこちらですよ」

 上のお嬢さまがこの華観会に出席するにあたって準備を買って出た黒華殿の侍女様がわたしに同行を促してこられます。

 四阿で白い着物のお嬢さまと語り合う上のお嬢さま。

「あら。ミナツキ様のお迎えの方がいらっしゃってますね。またお時間をくださるとタマシダも嬉しく思いますわ」

「えっと、あの」

「可愛らしい方。アモウ様ももちろんご一緒でよろしくてよ」

 ふふと微笑むタマシダ様の笑顔はコヅキ様の前とは大違いでした。

「決め事には理由がありますわ。破る者にはそれ相応の罰も。コヅキ様もイツカさんも。不用意に偏る方にも。ね」

 小声でわたしなぞに囁かれるタマシダ様の瞳はコヅキ様にむけておられた色と同じで。

 ぎゅっと痛む胸と息苦しさ。

 白く揺れる香りの強い花。

「セツ。だいじょうぶ? 顔色がよくないですよ?」

 上のお嬢さまの声。

「この辺りに用意された花は香りが強いですからね。たまに苦手な方もおられますのよ」

「香りが?」

「ええ。特にこの四阿から見える白薔薇は好悪が分かれやすいと聞いておりますわ」

 タマシダ様に説明を受けている上のお嬢さまになにも言えないでいると、そっと指先に触れる温度があり次の瞬間には上のお嬢さまに手を握られていることに気がついた。

「で、でしたら。私どもは席を、はずさせて、いただきたく思います。ご説明ありがとうございます」

 たどたどしくなにか的はずれにお礼を述べる上のお嬢さまに合わせてわたしも頭を下げる。

「ええ。またおしゃべりいたしましょう。ミナツキ様」

「は、はい。ありがとうございます。タマ様」

「ええ。ミナ様。いずれ近くで」

 白薔薇の四阿からはなれるためにへたり込まないように気を張って歩く。

 上のお嬢さまがいたからわたしは追い込まれるような状況に置かれたのかもしれない。それでも、上のお嬢さまがいたから今息がつけたのだとも思えている。

 ここ最近、警告されているのだと思う。

 忠告されているのだと思う。

 下のお嬢さまが正しいのだとはまっすぐには思ってはいないのだけど。

 どうしても上のお嬢さまが守られるべきだとも考えられないのです。

 上のお嬢さまの許嫁様と語らう下のお嬢さまは頬を薔薇色に染めて嬉しそうで幸せそうで。

 どうしても上のお嬢さまがいなければ陰ることはないのではないかという気持ちをとめられないでいるから。

「セツ、この辺りなら香り、だいじょうぶ?」

 わけのわからないことを言う上のお嬢さまがわたしにはわからない。

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