第3夜
「はい体調不良入りましたーwww」
「答え合わせ乙www」
「い つ も の」
Vtuber「鬼灯みふぇ」が体調不良で無期限活動停止との報が入った。以前から男性関係でのスキャンダルで燃えていたこともあって、ネットニュースのコメント欄には容態を疑い茶化す声が多く寄せられている。
正直、推しを
―――そう、あんな配信を見ていなければ。
夜中2時から怪しげなメン限配信を行うVtuber「本寿コヒル」。その
一昨日は社内不倫にまつわるコメント。そして翌朝には浮気をしていたと思しき上司と同僚が意識不明の重体で病院に運ばれた。
そして昨日は渦中の「みふぇ」に対し一言お願いします的なコメント。そして明けて本日「鬼灯みふぇ」は病気を理由に活動停止状態となった。
偶然の一致と言えばそこまでかもしれないが、それで流すには寝覚めが悪い程度には符号が重なりすぎている。おかげで仕事も手につかず、臨時の上司に説教を食らってしまった。
最早直接「コヒル」に問いただすしかこの薄気味の悪さをどうにかする手段は無い。俺は帰ってすぐにパソコンに向かい、強めのカフェインを摂取しながら夜中の二時を待った。
『#【繝。繝ウ繝舌?髯仙ョ】 本寿コヒル 縺雁挨繧碁?菫。』
何故か一部文字化けしているが名前だけは無事だったためなんとか入室することができた。しかも更に奇妙なことに、画面には古いテレビのように走査線が走り、音声もガビガビ。よく耳をすませばお経のような男性の声もうっすら聞こえる。回線や機材の不良というにはあまりにもオカルティックな状況に、俺は背筋がゾワつくのを感じていた。
「……っつーわけでね、この状況で察してもらえると思うけど、BANされてる真っ最中でしてね。おそらく今夜が最期の配信になりまーす。」
雑音混じりの中、「コヒル」の声だけはかろうじて聴きとれるのは不幸中の幸いだった。というかBANされてる真っ最中ってどういうことだ?俺の知ってるBANと何かが違う。
「いやー、完全に侮ってたわ。最近は芸能人どころかVtuberの事務所ですらそっちの伝手があるとはね。私らみたいなコジン勢には厳しい時代になっちゃったねぇ。」
昨日聞いた時はそっちというのは権力、ないし暴力による圧をかける団体のことだと思っていたのだが、どうもそういうわけではないようだ。いよいよ気味が悪くなってきた。
しかしそのことも含めすべての謎に答えを出すために、俺は「コヒル」を問いたださなくてはならない。前例に倣い300円を用意し、スパチャとして投げつける。
『ren \300 先日と先々日のことについて質問があるんですけど。』
「あっrenくんスパチャありがとー……ってコレ生きたお金じゃん!?」
生きたお金て。俺のことを貯蓄するだけして使わない老人だとでも思っていたのか?
そして「コヒル」は怪訝そうな顔で画面手前に乗り出すようなしぐさを見せた。そんなわけないのだが、画面越しにこちらをまじまじと見つめているようでちょっと照れくさい。
「ああ、ナルホドね。メン限のはずのこの配信にキミが入ってこれたワケ。」
「キミには半分くらいこっちのメンバーになる要因があった。あるいは生まれる前から……」
「同業のコジン勢からそういうことも稀にあるよとは聞いてたけど、最期の最期でこんなレアケースにお目にかかれるとはねー……どっちにしろこんな生きた金は受け取れないよ。」
雑音でよく聞こえないが、何か俺はレアな存在らしい。いや、そんなことはどうでもいい。
『一昨日不倫の話をした次の日、うちの社内不倫してる二人が病院送りになった。そして昨日『みふぇ』の話をした次の日、彼女が病気で活動停止。ひょっとしてアンタが何かやったんじゃないだろうな?』
「あー、あのいけ好かない不倫カップルの関係者でもあったんだ。偶然って重なるものよねー。」
「コヒル」はあっけらかんとした口調ではぐらかすように答える。しかしその返答はむしろ肯定の意味合いを含んでいた。
『アンタ一体何者なんだ!?いや、この配信自体が何なんだ?メンバーって何だ?』
「いやー、悪いけどメンバー以外の人間にはっきりと答えちゃいけないのよ。バレたら今の私みたいになるからさ。これコジン勢の鉄則なんで。」
「でもキミも何となく察しはついてるんじゃないの?爛れた仲の男女、穴の開いた硬貨6枚、やがて死に至る病……」
俺の中で一度は切って捨てた可能性が蘇る。いや、俺が思っていたよりも真実は斜め上なのかもしれない。心拍数が上がる。喉が渇く。
「じゃあ、何で『みふぇ』が標的になったんだ!?」
金のためではない正当性と痴情のもつれに端を発し病院送りにするというなら、中条課長のほうは納得できる。何せ浮気クズと仕事もせんと身体売って会社に寄生するカスだ、そんな目に遭っても仕方ない要因は山とあるだろう。
しかし「みふぇ」は多分だが自由恋愛だ。「ファンを裏切った」という部分はあるだろうがそれこそ外野の勝手な感情の押し付けでしかない。前者に比べればこんな目に遭うほどのことはして無いはずだ(いやまあ、本当は俺自身が「みふぇ」が潔白だと信じたかっただけなのかもしれない)。
そんな熱くなってる俺に「コヒル」は諭すように答えた。
「……正式に付き合ってるにしろ不貞の関係にしろ、その仲を秘密にしているとどうしてもその割を食っちゃう人間ってのが生まれちゃうんだよね。で、うちのメンバーってのはそういう人たちなのよ。」
「できれば穏便に帰ってほしくて色々トーク考えてんだけどさ、それでも勘に耐えざる人は出てきちゃう。そうなるともうそうするしかないっていうか……」
「あ、さっきも言ったけどキミも万が一があったらメンバーになってスパチャ投げてたかもしれないんだよ。」
その言葉で、一気に身体の熱が引く。確かに今までの人生思い返せば、両親の態度に心当たりはあった。
「……もうそろそろこの枠もヤバイと思うから、最期にひとつだけキミにアドバイスね。」
「一昨日『親に虐待されて育った子は、ああはなるまいと心に決めてたとしても虐待する親になる」って言ったじゃん?これはもう理屈じゃなくて因果みたいなもんだって。」
「知らず知らずのうちに自分がされて嫌だったことを子供にもするようになるかもしれない。キミは今その分岐点に立ってる。それだけは覚えていて。」
「コヒル」の口調はまるで子をあやす母親のようだった。何故だかわからないが、俺のほほを一筋の涙が伝う。
「……いよいよ限界って感じね。まあでもこれからも私以外の誰かが枠取ると思うんで、今後はそっち見てやってくださいな。景気の悪い話、需要は尽きないからねw」
「それじゃみんな、サヨナ―――」
急に画面が暗転する。いつものように深夜二時半を迎えることもなく、別れの挨拶もぶつ切りのまま「本寿コヒル」の最期の配信は終わった。
翌日、俺は元カノに復縁を申し出ていた。腹が膨らみだした彼女に何度も何度も土下座して、ようやく許してもらえた。
そして返す刀で婚約。ばつが悪そうなうちの両親はともかく、厳格そうな彼女の両親からは出来婚であることを大いに叱られた。それでも誠意が伝わったようで、なんとか認めては貰えた。
今では俺も一児の父。そしてあれ以来、深夜二時の配信を見かけることは無くなった。
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