第3話 学部、部活、バイトが同じ、後輩君(3)
「あー、そうだ。朱里先輩、お願いがあるんですけど」
「ん?何?」
駅にもうすぐ着くというタイミングで話を切り出してみた。
「実は俺、今度竹弓買おうかと思いまして」
「え、そうなんだ。はるき君、アルバイト頑張ってるもんね」
晴樹は図書館でのアルバイトの他に、コンビニでのアルバイトもしている。今使っているのは5万円のカーボン製の弓だ。竹弓は10万円を軽く超える。今の弓が1番しっくりくるし、竹弓に変えるとそのぶんメンテナンスも大変なのだが、それを買う理由は他にある。
「はい。でもやっぱ高いから、自分で買うのちょっと不安で。朱里先輩、高校の時から竹弓使ってますよね?一緒に付いてきてもらってもいいですか?」
晴樹は心底困った表情で、朱里を覗き込むようにして顔を傾けた。
下心なんてない。ただ純粋に、弓を一緒に買いに行ってほしいという同じ部の後輩──、そんな男を晴樹は演じた。
朱里は恋愛事は苦手であるようだった。彼女の後輩からの情報だと、今まで彼氏がいた事はない。告白されることは無論多かったが、全て断っていたらしい。なので後輩も、例のイギリス人以外、彼女の口から男の話題を聞いたことはない、と言っていた。晴樹はそれが、とても嬉しかった。
一方で晴樹は、というと、彼女はいた。だけれど、それも彼のやや歪んだ理論で言えば、朱里のためである。
中学もそこそこだったが、高校になると晴樹はよりもてた。身長こそ平均だったが、勉強も運動もできて、見目もいい。ついでに愛想もいいので、女子が放ってはおかなかった。最初は、好きな人いるから、と断っていたが、それも憶測を呼んでしまい、返って諦めない人物まで現れ出して、辟易としていた。
高嶺の華の朱里だけしか追っていない晴樹にとって、他は道端のたんぽぽと同様だった。とはいえ、晴樹も思春期の男子だ。そういう事に全く興味がないかというと、そうではなかった。それに、朱里と付き合う事になったとして、全く経験のない男なんて嫌なのではないか、と変な方向に考えていた。
そこで偶々知り合ったのが、レンタルショップの店員だった。高校の最寄駅近くの店舗に、晴樹はよく漫画を借りに行っていた。部活終わりに寄ると、大抵その女性がレジを打った。喋った時に舌につけられたピアスが覗くような人だったが、その顔は桔梗のような妖艶さがあった。
彼女は所謂ビッチだった。連絡先を渡してきたのも、彼女の方からだ。ただ単純に、相手は晴樹の見た目が好みだったのだろう。晴樹も直感的に、彼女に惹かれた。好きになったとかでは決してない。後ぐされなく付き合える女を見つけた、という、ほぼ最低な理由でだ。実際、デートをしたその日に関係を持った。
彼氏彼女、というよりかは、晴樹と彼女はほぼセフレに近かった。同じ学校の他の生徒もこうして食われてるんじゃないかと思って、彼女に聞いたことがある。
「高校生で声かけたの、晴樹君だけだよ」
で、という事は、高校生以外ではかけている事になる。彼女はそういう女だった。なので別れも非常にあっさりしていた。メッセで晴樹は東京で1人暮らしを始める事を告げると、彼女の方からは、『頑張れー私みたいになるなよ』と返信が届いた。晴樹は、『ありがとう』という猫のスタンプを送った後、彼女のアカウントをブロックした。
彼女と付き合う事で、朱里に対して少なからず感じていた罪悪感が、同時に消えたようでスッキリした。ただ、彼女に教えられた煙草だけは、辞められないでいた。
晴樹はまだ20歳になっていなかったので、当たり前な話、大学内で吸う事はなかった。あと、なんとなく朱里は煙草が嫌いそうだと思ったから、家を出る前の消臭には気を使った。だけれど、大学に入って2週間した頃だ。
「はるき君、タバコ吸うんだね。なんか意外」
朱里がふいにそう言ってきたので、青ざめた。臭いが残っていたのだろうか。晴樹が色々言い訳した後で、煙草を吸うような男は嫌か尋ねると、彼女は首を横に振った。なので、今も自宅では吸っている。ちなみに、彼女が嫌がればその場で煙草もライターも捨てていた。
晴樹のお願いに、朱里は少し困った顔をした。
「えーと、竹弓だったら主将の方が適任じゃない?」
「……あの人延々と彼女との惚気話聞かせるんですもん」
「あーそっか」
「嫌だったら、無理には。ごめんなさい、迷惑、かけちゃいますよね」
押してだめそうだったので、晴樹は引く事にした。
「え?あ、嫌とかじゃないよ?本当。ただ私がアドバイスしてはるき君の力になるかは……実力も上だし。そもそも女だと男とは弓の引き感も違うし。やっぱり男同士の方が」
朱里は顎に手を当てながらぶつぶつ言い始めた。その様子に、晴樹は思わず微笑んだ。朱里は真面目なのだ。
「朱里先輩と、選びたいんです。だめ……ですか?」
本心を、言ってみた。朱里は目を見開いた後、恥ずかしそうにうなづいた。
「うん、わかった。私に力になれれば」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「わっ!」
感極まった振りをして、その手を両手で握って振った。朱里はぎこちなく笑った。そこに他意はないと彼女は思っていたからだ。
だって、これは誰にでも人懐っこくて、愛想のいい、針ケ谷晴樹がやっている行動だから──。
晴樹的には勿論全て意図的だ。計算してやっている。いつもと違うことがあるとすれば、口にしている事は、全て本当で、心の底から嬉しく思ってやっている。
晴樹の全ては、栄藤朱里を中心に回っている。
針ケ谷晴樹は、こういう男だ。
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