第5話
「…ふぅ…」
休憩時間で、タワマン内にあるカフェでコーヒーを飲みつつ
稀依はぼんやりしていた
東棟の13階で、エレベーターに向かう匡輝を追いかけて
事務所から飛び出てきた女性
「あ~…💦行っちゃったよ、もう💦」
あわててボタンを連打し、到着したエレベーターに乗り込む
「…あっ、いた!まっさーん!!」
「……」
エントランスでタクシーを待っていた匡輝は
彼女の声に気づいて振り返る
「忘れ物ですよ!ほらっ」
ゼーハーと肩で息をしながら手にしていたものを見せる
「…ああ、悪い。」
事務所のデスク回りには彼の私物が散乱してる
移動時に荷物になるのも煩わしいし
必要なら事務所に戻れば良いだけなので
ほぼ、身ひとつでふらりと外出するのが癖になっているのだ
そうはいっても、スマホや財布やタイムカードなど
他人から見たら驚くような物まで放置していくことが多いのだ
待機する事務員にとってみれば、連絡手段が途絶える事は死活問題なので
慌てて追いかけて届けようとするが
ないからといって困る事がない匡輝にしてみれば、有難迷惑だったりする
エントランスで繰り広げられる光景を、カフェの窓ガラス越しに
眺めていた稀依
(…あの人、たまに見かけるけど…いつも手ぶらなのよね。
後から追いかけてきた人、大変そうだけど…なんか楽しそうなのよ
…好き…なのかな…♪)
ひとり脳内で妄想を繰り広げ、ニマニマしていると
反対側から声がする
「おーい。」
「あ、
「こんな所でどしたの?…あ、また、忘れ物届けに…?偉いねえ…(笑)」
「ええ…もう意地になってるんですよね(笑)スタッフ同士で
追いつくか、間に合わないかで、ビール一杯、賭けてます(笑)
…まっさんに用事ですか?」
「うん。だけどもう出ちゃったよね。大丈夫。いくつか
頼まれたデザインを持って来ただけだから…で?今ここに居るってことは
今日は薔子ちゃんの勝ちってこと?いいなあ…俺もなんか、奢って欲しい(笑)」
ざっくばらんに会話しながら軽快に歩いていく2人
(…あれ?あの男の人、どこかで…?)
相変わらず、人間ウォッチャーしていた稀依は、記憶の断片を追いかけながら
思わず凝視していた
そんな稀依の視線に、エレベーターホールの前にいた桜介が振り返る
「…?…あれ…?…」
桜介も、どこかで見た気がする彼女の姿に、首を傾げた
やがてエレベーターは13階に到着し、事務所内に飾られた
匡輝のメガジャケットを目にした途端、記憶の糸が繋がる
「…あっ…あの時の…えっ」
昨日、店で接客しただけの、わずかな記憶だ
見間違いかもしれないし…
用事を済ませ、再び1階のカフェの前に佇む桜介
「…ん?桜介さん?どした?」
見送りに来た薔子が、不思議そうに尋ねる
「…ん、あ、いや…実はさっき、可愛い子がいたからさ。
声かけて、反応良かったらデートに誘おうかと思ってさ♪」
まだ、なんの確証もない
変に騒いで事を大きくするわけにもいかない
勘ぐられないよう、わざと軽薄にカラっと笑う桜介
「またまたあ!もう、相変わらずだね~。」
すっかり信じ込んだ薔子は、桜介の調子に合わせてバシッと肩をはたく
「なんとなく、知ってるかも。いつも大抵、このカフェに居るのよね。
私も何回か、見た事あるし」
「…え。そうなの?…てか、別の子かもしれないじゃんね」
「たしかに(笑)」
自分の言葉が可笑しくて、吹き出しそうな薔子
「多分、あの子のことかな?このビルのどこかで
働いてると思う。…蓮さんなら分かるかも…聞いておこうか?」
「!…あ、
出入り口を塞いでいた2人に声をかけた百花
両手に楽譜といくつかの書類の束を抱えている
「あ、ごめんなさい、邪魔しちゃって…💦」
慌てて謝り、道を譲る薔子
「ふふ…亮さんの現場上がりなの。相変わらず、食堂に行くっていうから
一足先にあがらせてもらったの」
「そうなんだ…お疲れ様です!」
中途半端で投げ出す形となった自分の後釜で
亮のマネージャーになった百花。自身もアーティストのたまごで
案外とオンオフがはっきりしている。だがそれが、気難しがり屋の亮とも
良好な関係を築けているようで、なんとも複雑な気分になる薔子
「ところで百花さん。さっきの言葉が気になるんだけど
なにか、心当たりあるの?」
桜介がそれとなく尋ねると、百花はふんわりと笑う
「先日、勇さんのスタジオで、花さんから聞いたの
クスクス…花さんったら、また若くて可愛い子が居た~って
頭抱えてるんだもの…」
「え…そ、そうなんだ…」
相変わらずな花の天然っぷりを聞かされて、思わず引きつる薔子
「可愛い子ちゃんと知り合えるなら、是非ともお願いしたいなあ♪
その見返りは、ワインとチーズかな?」
改めて、ウインクする桜介に、百花はにっこり微笑む
「…いいえ。いつもこちらのバンドのポップ展示を優先的に
していただいてる桜介さんの恋路のためなら♪」
「取引か(笑)もちろん、百花さんのもやるよ!やらせてください!!」
Ⅱへ続く
魔パルトメントⅠ 里好 @ricohsakura2666
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