野菜星、XXXX年。

菊池 快晴@書籍化進行中

夏野菜は絶滅寸前の危機を迎えようとしていた。

 皮が破け、腹部からドロッと赤い身が溢れている。


「へ、綺麗な色合いでうまそうだ……。後は――頼んだぜ、レタス」

「諦めんな! プチトマトが生まれたばかりなんだろ。おい、おい……!」


 体を揺さぶるも、トマトはレタスに抱きかかえられたまま息絶えた。


 野菜星、XXXX年。夏野菜は絶滅寸前の危機を迎えようとしていた。

 惑星の気候が寒冷化し、冬野菜が増加したことでパワーバランスが崩れ、戦争が勃発した。

 復讐が復讐を生み、争いと憎しみは止まることがなかった。元々、冬と友好関係にあった秋は軍門に下り、夏野菜と手を取り合っていた春は既に全滅。

 太陽の地、別名『日の当たる場所』を死守する為、夏野菜の精鋭部隊が前線で戦っている。

 ここを突破されると、夏が完全に終わってしまう。

 多く戦争を生き抜いたトマトがやられたことで、レタスは完全に意気消沈していた。

 その隣で、夏の死神と異名を持つモロ・ヘイヤがスコープを覗いている。


「一つ、二つ、三つ。ち、キリがないな」 

「すげえな。百発百中じゃねえか! どうやったらそんな当たるんだ?」

「練習」


 陽気なオクラに対してモロ・ヘイヤは静かに言った。

 夏野菜が勝てる見込みなどなかった。地の利を生かしたとしても冬野菜との圧倒的な戦力差は埋められない。

 更に背後には秋野菜がいる。次第に恐怖は伝染していった。


「も、もうだめだ。終わった。見たかよ? トマトがあんな……俺はもういい。疲れた」


 突然、トウモロコシが立ち上がると呟きながら姿を晒した。まるで吸い込まれるように無防備に前進していく。


「モロコシ! 行くな!」

「へへ……次は…‥冬野菜に生まれ――」


 きゅうりが叫んでも、トウモロコシは耳を傾けなかった。数秒後、黄色の粒が宙に舞う。バラバラになった一粒が茫然と膝をついていたレタスの横に転がってくる。何とも言えない虚しさがこみ上げた。


「モロコシ……」


 過去の記憶が蘇る。味気のないスープにいつも彩を添えてくれたのは、トウモロコシだった。いっぱいあるからよと、体の一粒を千切ってはぶっきらぼうに入れてくれた。あの姿が……。

 思い出していたのは、レタスだけじゃなかった。

 親友だったスイカが何を覚悟しながら一人呟く。


「俺達いつも一緒だったよな。お前だけ、寂しい想いはさせないぜ」


 勢いよく飛び出すと、一直線で冬野菜に向かっていく。レタスが思わず声を漏らした。


「スイカ、もしかして……」


 攻撃を受けたままトマトと同じように赤い身が溢れているにも関わらず、スイカは止まらない。冬野菜も思わず悲鳴を上げている。

 ようやくたどり着くと、スイカは冬野菜の一人にピッタリと抱き着いた。


「俺を叩いてみろよ」


 スイカの挑発に乗ってしまった冬野菜の一人が勢いよく叩くと、スイカは轟音を鳴り響かせて爆発した。


 スイカは派手に散ったのだ。大勢の冬野菜を巻き添えに。


 それをみて、いつも臆病なピーマンも身体を震わせながら武器を手に取った。


「ちきしょう! ちきしょう!」


 そして、ようやくレタスはトマトの亡骸をそっと離して立ち上がる。


「トマト、モロコシ、スイカ、そして死んでいった仲間達……。俺は諦めない」


 レタスは次々と夏野菜に指示を出していった。きゅうりはその細い体躯を生かして攻撃を回避しながら前進し、カボチャは弾丸を寄せ付けない鋼の肉体で敵をなぎ倒していった。

 それでも徐々に敗北に近づいていた。しかし、緑の三連星の異名を持つ枝豆が倒れたとき、夏野菜と冬野菜の間に、ある人物が割って入って来た。

 強く、細く、生命力にあふれた、もやしと豆苗だった。

 それにはさすがのレタスも言葉を失う。なぜなら今までどこの軍にも属する事なく傍観を続けて居たからだ。


「どうして……」

「この戦争を終わらせにきた。春、夏、秋、冬、野菜は甲乙つけがたく素晴らしい。気候の変動は一時的な物であると豆苗が気付いた。これ以上無益な殺生を行うというなら、私達が相手になろう」


 一年中、オールシーズン戦い抜けるもやしと豆苗が現れたことで、さすがの冬野菜も手が出なかった。ほどなくして戦争は終結した。

 それから数年後、四季は完全に戻り平和になった。レタスは故郷に戻り、プチトマトの赤いほっぺをつんつんしながら言った。


「野菜は好き嫌いしちゃだめなんだぜ。そうだよな――トマト」



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