35 お花見配信
結局ダンジョンは見つからず、だが待ちに待った水曜日。
美澄さんをアパートのまえで待って、一緒に大井ダンジョンパークへ出発。
ルンルンだ。調子に乗ってやらかさないようにしないと。
ちょっとコンビニに寄り、崖の上の別荘ダンジョンにて〈擬態〉で遊んだ。
美澄さんは男装の麗人になっている。
「宝塚みたい! でもちょっと背がたりませんね。ケンさんの方が良さそう。やってみません?」
「……女装ってこと?」
美澄さんに請われて試してみたが、まるで無理。ゴツい。女性とは違うゴツさ。
まあ身長は平均を超えているし、筋肉もだいぶついたし、骨格から違うのだから当然だ。
ふたりで爆笑して終わり、ちょっと中性的くらいの男性に〈擬態〉して出た。
ダンジョンパークに着くと配信予約をし、武器と防具を買って、昼は美澄さんの希望でフードコート。幸せなんだが。
そして4つ目の「赤ダン」に招待する。
中に入ると〈擬態〉を解いた。表情が見たくて。
「わあ……ほんとに、ダンジョンは不思議。綺麗」
美澄さんは、見惚れるほど幸せそうな表情で景色をみていた。
いいな。綺麗だ。見ていて癒やされる。
彼女の視線の先には、虹のかかる湖。
このダンジョンの右側には滝がある。その水しぶきで虹が出ているのだ。
そして左半分は、花が咲き乱れる丘。丘の上には、1本の桜と
美澄さんは、今度はそちらを向いた。
「東屋まであるんですね。桜も綺麗。ずっと満開なのかな? すごいですよね」
「……配信が終わったら、東屋で少しのんびりしようか。飲み物と軽食くらいはあるよ」
「いいですね!」
楽しそうでいい。
……俺はいったい、いつの間にここまで夢中になったのだろうか。こんな本気になる予定じゃなかったはず。
もしかすると捜査官が来たときか。パワハラ上司のせいで人間不信気味だった俺を、あのときの美澄さんは、かばってくれて、怒ってくれて、一緒に警察の協力者として契約までしてくれた。
そんな彼女をいつまでも見ていたい気分だったが、配信の時間が近づいてきている。
「……じゃあ、配信の準備しようか」
言いながらドローンを出し、小型端末を用意。
「あっ、もう時間ですか?」
「うん。敬語いらないよ?」
すごい今更かも。これもずっと言えなかったんだよな。
美澄さんは満面の笑みで頷いてくれる。
「うん」
「最初のアレ、名乗るとき称えるような動き、やるよね?」
美澄さんの動きを待ってから発言しようかと思う。なんなら俺もやろうかな。
「……アレ、やっぱり変、だよね? 恥ずかしくなってきた。せっかく、景色もいいのに……ここでやったらさすがにケンさんも引く? 幻滅?」
落ち着かなさげにしている。
まったく気にしていないと思っていた。
景色いいと気になるものなの?
俺の聞き方が悪かったのだろうか。
「引かないよ? 幻滅もしないし、一生懸命盛り上げようとしてくれてるんだなと思うし、面白くて好きだよ」
「……えっ」
やべ。うっかり余計なことまで言った。へんな汗が出てくる。
美澄さんの顔がみるみる赤くなる。
俺も顔が熱い。
何してんの? 晩飯誘っていい雰囲気になったら言おうと思っていたのにアホなの俺?
いやまだ誤魔化せる。告白したわけじゃない。けどなにこの雰囲気。なにも言えないんだが?
『マスター、残念ですが時間がありません〈擬態〉してください』
「えっ、あ! ……〈擬態〉!」
ドローンが俺たちをぐるっと回る。
『大丈夫です。落ち着いて行きましょう! 配信開始』
ぴょんと跳んだ美澄さんが、変身でもしそうなくらいに両手を大きく振り回してバッと俺を両手で示した。
なんで跳んだの?
いろいろあって、じわじわと笑えてくる。なんかめちゃくちゃ笑いそう。絶対ふたりとも顔真っ赤だし。
けど名乗らなければ。
「いっ、1位のエセ侍でござる! 見ていただきかたじけない! ありがとうでござる!」
美澄さんがシュタッと横に立って忍者ポーズ。
俺は、さっきの美澄さんの動きをすべてトレースしてから声を張る。
「パーティメンバーのエセ忍者でござる!」
:草
:草
:wwwwww
:戦隊ものかよw
:[¥10,000]フードコートで噴いただろがwww
:エセ侍も笑ってんじゃんww
:[¥1,000]恥ずかしいならやるなよw
「すまんでござる! 最近いいこと多くてテンション振り切れたでござる!」
隣で美澄さんがパタパタしているので何かと思って見れば、一生懸命クナイをドローンに向けている。
買ったのは、いちばん細い投げ短剣のセットだ。それをクナイに〈擬態〉した。
美澄さんは、両手の指に3本ずつクナイを挟み、ガバッと180度頭を下げた。ふつう90度では?
身体柔らかいな……。
「あー、みんなのお陰で武器防具が買えたでござる! かたじけない! ありがとうでござる!」
:通訳www
:[¥1,000]クナイカッコいい! モンスに投げて!
:おめでとうw
:[¥500]
:[¥5,000]お花見配信?
「お花見は最後でござる! まずは無粋なモンスターを倒しに行くでござる!」
指差して小道を進む。湖に向かって。
このダンジョン、あと一歩で「黄ダン」だったんじゃないかってくらいにモンスターがショボい。
湖に近づかなければ「青ダン」かと思うくらいなのだ。
:虹きれー
:[¥1,000]なにこれすごい
:[¥3,000]ここにモンスいるの?
:いちめん花畑じゃん
「これで『赤ダン』でござる!」
俺が叫ぶと、1匹の魚人が湖から飛び出した。
公開ダンジョンにもいて、サハギンと呼ばれているモンスターだ。武器はもっていない。
しかも地上ではゴブリンより弱い。鈍い。
ペタペタと近づいてくる。
俺はクナイを構える美澄さんを見守る。
不安になってきた。
その構えはダーツでは?
美澄さんの手から放たれたクナイは、ちゃんとサハギンの顔に突き立った。深々と刺さったのだ。たっぷり魔力を込めて鋭くした甲斐があった。
けど、消えない。攻撃力が足りなそう。
「……もう1本いくでござる!」
うなづいた美澄さんが、距離の近づいたサハギンに振りかぶって2本目を投擲。美澄さんにスキルはない。一般人よりは魔力が多いくらい。
しかし、眉間に深く突き立った。
そしてサハギンが消える。
:上手い!ww
:[¥500]ブル!
:絶対ダーツやったことあるなこの忍者w
:クナイの使い方じゃなくて草なんよ
うん。俺の感想もコメントとほぼ同じ。
2本のクナイは、なにもせずとも美澄さんの腰にあるホルダーに戻っていた。
なにかがある空間には出せないはずなのによくピンポイントで出せたなと感心する。
うちのAI優秀。
コメントと楽しく話しながら、サハギンを交代ですべて倒す。
それからゆっくりと丘を歩きながら景色を映した。
丘の上に1本だけ咲いた満開の桜の傍でお礼を言い、配信終了。
喜んでもらえたと思う。
たまにはこんなのんびり配信もいいな。
「ふう。お疲れ様。どうだった?」
聞きながら〈擬態〉を解き、防具を外す。
東屋で少し休憩だ。
美澄さんはクナイの投げ方について熱弁をはじめた。面白い。ちょいちょい敬語が混じるが、いちいち直してくれる。
もっと上手くクナイらしく投げたいらしい。
「あー、スキル手に入れたら、上手くいくかも?」
「……そうです、そうだよね! ダンジョン探しがんばる!」
休憩しようと東屋に目をやると、美澄さんも買ったばかりの防具を外し始めた。俺の目の前で。
スキニーにTシャツの動きやすい格好なのに色っぽいし、神々しいんだが。
さっきまで〈擬態〉していたので伊達メガネは〈収納〉の中だ。
そして防具を差し出してくる美澄さん。
「これも預かってもらっていい?」
「もちろん」
食い気味に答えてしまった。
ああ、もういいか。
ここは景色も綺麗だし、桜の木の下だし。晩飯とかいいや。
もうなんか気持ちがあふれそう。
さっき配信まえにあふれたなそういえば。
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