第8話 チョロインは何故性善説なのだろうか

「な、何事ですの?!」


自分達の後方か妙に騒がしくなる。

きっと手懐けた魔獣をこちらにけしかけたのだろう。ちょうど緊張も解けて気持ちが散漫となったころ。実に嫌らしいタイミングだ。


「下がって……来るよ」


俺は彼女を下がらせて前に出ると槍を構える。

彼女は何が起こっているのか全く理解していない。

いや、辛うじて自分の身に危険が迫っていることは理解しているが、一度スイッチを切るともう一度同じレベルにまで緊張を持っていくのは簡単ではない。実戦経験の少ない俺達のような人なら尚更だろう。

俺は"知っているから"対応が出来ているだけに過ぎないのだ。

いつでも来て良いように細く呼吸して警戒をしていると、木が生い茂る草むらから3匹の犬型の魔獣、ウォードッグが飛びかかってきた。

こいつは大昔の戦争で、戦争兵器として用いられたこともある調教のできる魔獣なのだ。


「こいつで決める!ダブルスラスト!!」


御大層な名前がついた技だが、早い話が2連突きである。2連突きで2匹のウォードッグを倒すと、彼女より俺のほうが脅威と感じたのだろう。残りの一匹俺に襲いかかってきた。

槍の柄の部分で受け止めると、敵の顎が俺に噛み付こうとしてくる。


「ちぃ!」


振りほどこうにも、相手の勢いに負けそうになる。

そこへ


「喰らいなさい!ファストショット!」


早い話が早撃ちだ。彼女の一撃がウォードッグの胴体に直撃する。僅かながら相手は突然の横からの攻撃に怯んだ。俺は好機!と槍を強引に振り回してウォードッグを引き離すと、渾身の一突きをウォードッグへと突き立てた。


「はあ、はあ……な、なかなかやりますわね」


奇襲を退けて緊張が解けたのか、上がった息を整えながら近づくクーデレ。ほんのり顔が赤いのは息が上がっているからなのだろう。

強制戦闘は終わったが、イベントそのものは終わってない。この後、今度はけしかけてきた本人が武器を持って襲いかかってくるのだ。この時、主人公は彼女を守って大怪我を負いながらも襲いかかってきた相手を殺す。

そこで「対話で分かり会えない人はいない。話し合えば彼も改心したはず!」と彼女に説かれて主人公も君の言う通りだ!となるわけだけど……


こいつら薬でもキメてるの?


んなわけないだろ。


本来、こういうのはメインヒロインか聖女の役目のはずが、何故かそれを有力貴族である彼女が言う。しかも肉体関係になると彼女が平等な世の中を望み、有力貴族である自分が庶民である主人公のハーレムメンバーに入る事がその切っ掛けとなるはずと信仰しているのだ。

その階級社会の恩恵を自身が受けていることを1ミクロンも自覚することなく。

教育の限界を感じてしまう。

そんなことを頭の中で考えていると、茂みの中から剣を持った男が現れた。学生風情に自分の計画を台無しにされたのが余程頭にきているのだろう。その表情は怒りに満ちている。


「くそがぁぁぁあ!!!」


剣を振りかざして向かって来る敵を俺は一撃で仕留めた。


「なっ!なんてことを?!」


人を殺す瞬間を見たのは初めてだろう。俺も初めて人を殺した。

それでも何の感情も沸かなかった。それは背景を知っていたからなのか、それともこの世界に慣れてしまったからなのか…


「いきなり殺すなんて!余りにも酷いことではないですの?!貴方はどの技量があるなら武器を叩き落として抑え込むことも出来たはず!どんな相手でも対話を…!」


「そいつ…犯罪者ですよ」


「え……?」


俺は彼女に冒険者ギルドで貰った指名手配書を見せる。

この男は経済的な理由や主義信条を理由に襲うような奴じゃない。自分より弱い人をなぶることに興奮を覚える、隣国から手引きされて流れてきた快楽殺人者なのだ。彼の出身国である隣国では何人もの女子供の犠牲者がいる。

貴族を狙うのは今回が初めてだが、自分より弱い人間しか襲わないクズだ。

尤も、俺達はそうではないが、学生だからと言って舐めたのが運の尽きなのだ。

このイベント後、倒した相手がたまたま指名手配された犯罪者だったということでギルドからお金が振り込まれる。

ここまでが彼女に関する出会いのイベントのひとつなのだ。


「話し合えば分かり合える……ですか?その手配書に書かれている奴が?内容をよく読んでくださいよ。無理に決まっているでしょう。少なくてもオレはゴメンだ」


男の特徴的な入れ墨をしている腕を切り落とす。


「もう大丈夫でしょう。クエスト完了です。お金は後日で良いので」


俺はそれだけ告げると冒険者ギルドへと向かう。

横目で見た彼女は目の前で起きた現実に理想を打ち砕かれ、かと言って反論の1つも言えない悔しさからなのか、血が滲むほど唇を噛んでいる彼女の姿があった。

言い過ぎかもしれないが、これは仕方のないことなのだ。

そうでなければすぐに命を落とす。そんな世界なのだから。




「娘が大変世話になったようだ。話をギルド長から聞いて肝を冷やしたものだが、なかなかどうして…娘と同世代にしては腕が立つ冒険者見習いのようだ。父親として礼を言う」


数日後、俺はギルドを通じて彼女の父親から直接礼を言いたいということでツンデレナ家の屋敷に来ている。


「受けた以上。仕事ですから」


「はっ!学生の見習い程度の半人前が生意気なことを言うではないか!だが、気に入った」


そりゃ学生バイトの小僧がプロみたいなことを言えばそうなるのも無理もないだろう。ただ、言葉遣いこそ荒っぽいが気に入られたようだ。


「娘は少々理想主義な所があって、今回の件で現実というものを思い知らされたようだ。良い薬になっただろう」


少々どころか砂糖と蜂蜜を混ぜたようなどっぷり理想主義者です。

それは情熱があるという証左でもあるわけだが。


「さて、ギルドから報酬は受けとったと思うが、娘を守ってくれたその働きに私からも個人的に報酬を渡すとしよう。受け取り給え」


そう言って渡された両手で持てるくらいの袋には銀貨がたっぷりと入っている。貴族がなんとケチ臭いと思うかもしれないが、学生アルバイトにボーナスとして正社員における賞与の平均金額並みを現金で渡されたと考えれば多すぎるくらいだろう。

勿論、しっかり受け取る。


「遠慮することもなく受け取るか。その若さでできたものだな。益々気に入った。今だけ…1つだけなら私にできることなら、君の願いを叶えてやろう。何かあるかね?」


そうは言われても、この金だけでも十分過ぎるのたが。


「……そう言われましても…このお金だけで十分です。これ以上は貰いすぎなので」


「ほう?随分と無欲なのだな。しかし本当に良いのかね?1つだけなら聞いてやると言っているのだ。………そうだな……例えば……」



「この私をパパと呼んでも良いのだよ?」


これほどオッサンにウィンクして言われた言葉に魅力どころか悪寒を感じることもないだろう

丁重にお断りをいれ、屋敷の外に出た瞬間。

ポマード!ポマード!と言いながら走り去った俺は悪くないと思う。

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