酒を飲んで死ぬ話

尾八原ジュージ

酒を飲んで死ぬ話

 わたしは酒を飲んで死にました。

 いただきもののブランデーで作った梅酒を、まぁせっかくいただいたのだしと少し舐めたところ、それでもうすっかり愉快な気持ちになってしまいました。

 わたしはグラスを片手に、ふわふわとした足取りでリビングを出ました。すると、家には誰もいないはずなのに、風呂からぴしゃぴしゃと音が聞こえてきます。浴室を覗くと、バスタブの中に青緑色の鱗を光らせた人魚が、みっちりとつまってました。

「ねぇここすいぶん狭いのね」

 なんて、人魚は非常に美しい女の顔で言うのだから参ります。とはいえ狭いのは事実。

「あなたの方が小さくなったらいいんじゃないの」

 わたしが無茶ぶりをすると、人魚は「それもそうね」とうなずきました。するともう次の瞬間には、人魚はハツカネズミくらいの大きさになって、大海原とまではいかないまでも湖くらいにはなったであろうと思われるバスタブの中を、気持ちよさそうにすいすい泳ぎ始めていたのです。

 人魚の鱗がほの青い電灯にちらちら光ります。それを見ているとなんだかムズムズしてきて、わたしは浴室を飛び出しました。キッチンに駆け込んで適当なグラスを取ると浴室に取って返し、そして泳いでいる人魚を、そのグラスで残り湯ごと掬ってみました。

「ねぇここ狭い!」

 人魚は怒りましたが、「じゃあもう少し小さくなったらいいんじゃないの」とわたしが言うと、「それもそうね」と返事をし、子どもの小指くらいの大きさになって、グラスの中でのんびり浮かび始めました。

 わたしはふたつのグラスを持ったまま浴室を出ました。そしてテーブルにつき、人魚を眺めながら梅酒をちびちびと啜りました。

「あたしにも少しちょうだいよ」

 人魚がねだったので、わたしはグラスの中に梅酒を注いでやりました。

 たちまち人魚は酔っぱらい、水中をぐるぐる回りながらけらけら笑いました。笑いながら「もっともっと」と言うので、わたしはさらにお酒を注いでやりました。

 泳ぐ人魚の鱗が、オレンジ色の照明を反射してきらきら光ります。それを眺めていたらどんどん頭がふわふわしてきて、気がつくとわたしは、人魚の入ったグラスを口元に運んで一気に傾けていたのです。

 半分がた風呂の残り湯だというのに、それは異様な美酒でした。頭の芯がブランデーの梅酒になって、頭蓋骨の外に漏れ出してしまうような心地がしました。わたしは酩酊し、床の上に倒れました。

 ぼんやりした意識の中で、それでもミジンコのように小さくなった人魚が、わたしの食道を泳いでいくのがわかりました。それが胃に達した途端、人魚は突然元の大きさに戻りました。それでわたしは、大きくなった人魚のために、体が破れて死んだのです。

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酒を飲んで死ぬ話 尾八原ジュージ @zi-yon

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