2−4

 日も暮れ始めた。

 水に濡れたせいか、体も寒い。


「ぶぇっくしょい!!」

「汚ねぇな……鼻拭けよ」


 高坂は女の子らしいティッシュケースを取り出す。『一応』女子なんだなぁ……。

迷彩シャツなんて着てるけど。一応まぁ、よく見たらかわいい……し? って、何考えてんだ、オレ。こんな意味わからん状況だから、吊り橋効果的な感じでドキドキが恋のドキドキだと勘違いしちまってるのかもしれない。


「ありがとう」


ティッシュを1枚もらおうとしたが、水に濡れてぐちゃぐちゃだった。


「はぁ……おめぇ、そういうとこだぞ!」

「何がだ! 気ぃ遣ってやったのに! ティッシュいらねぇんだな!」

「それより、お前の『力』って一体なんなんだ? さっきから皆目見当つかん。どうにか川の精は倒したけど」

「……今は水に濡れてるから、大丈夫かな。バンドもしたし」

「え? ……グォッ!!」


 いきなりみぞおちに食らうパンチ。普通に痛いが、前みたいに弾かれた感じはしない。少しビリッとはきたような気はするけど。


「ってぇな!! いきなりパンチとは何様だ、おめぇ!!」

「気づかねぇのか?」

「え?」

「弾かれてないんだよ」

「ああ、それはなんとなくわかったけど、なんなんだ? さっきから。単刀直入に言えよ!」

「私が北茨木で呼ばれていた異名は覚えてるか?」

「『白薔薇のメデューサ』だろ?」

「なんでメデューサか……静電気で髪がうねるからなんだよ」

「は?」


 高坂は濡れた前髪をいじりながら、よくわからないことを言う。


「それと今殴ったことは関係あるのか?」

「だから、気づけよ。私、『超帯電体質』なんだ」

「たいでん……体質?」

「そ。帯電体質。つまり、めちゃくちゃ静電気を溜めやすい体質なわけ。だから普段はこの100均で買った静電気防止バンドをつけている」

「だーかーら! それとおめぇが殴ったのと何の関係が……いてっ!」


今度は頭に拳が落ちる。うん、やっぱり弾かれた感じはない。


「少しはその鳥頭を使って考えろ」

「うるせぇ! オレは一応学年トップ……はっ! もしかして今までのは……」

「殴られたショックでやっと気づいたか。そうだよ、今までの攻撃は、超帯電体質を利用して、パンチに静電気を上乗せしてたってわけ」

「え……えぇっ!! ってことは、オレたちは今までお前の静電気にやられて弾かれてたってことか!? そんなこと、あり得るのか!?」

「あり得るんだよ……。昔からこの体質には悩まされていてな。友達に触れようとすると、いきなり吹っ飛ぶから。それで親が買ってきたのが、この100均の静電気バンドってわけだ」

「いや、ちょっと待てよ! すげぇ静電気をどうにかしてるのが100均のバンド!?」

「はっはっは、超コスパよくね?」

「そういう問題じゃねぇ!!」


 ってことはアレか? ケンカの前に必ず腕に着けている何かを外していると思ったら、静電気を武器に使っていたからってことか? 


「となると、さっき川の精を倒したのも、静電気を使って?」

「うーん、釘バットの釘にまで通電させて、熱を放出……させたんだと思う。私も自分の力はよくわかっていないんだけどな」

「ふうん。まぁよくわかんねぇけど、その力のおかげで救われたってことか。……ん? ちょっと待て。もしかして、異世界にテレポートしたっていうのは……」

「雷と、私の電気で、もしかしたらT大のテレポートシステムが誤動作してしまったということなんじゃないかなと思っている」

「……マジか。バックトゥザフューチャー的な?」

「過去や未来に行かなかっただけ、まだマシか?」

「いや、異世界ってだけでもマシじゃないだろ……」


 オレは愕然とした。というか、ケンカの場所がテレポート実験場なんかじゃなければよかったんじゃねぇか。


「ったく、おめぇのせいだぞ」

「ケンカを売ったお前が悪い」

「うっせぇな」


 高坂は相変わらずマイペースだ。どこかどっしりとしている。女なのに、この肝の座りようはなんなんだ。やっぱりだてに『西東京の魔女』とか『白薔薇のメデューサ』なんて言われていたわけではないのだろうか。


「……まずはとりあえず人を探さないと」

「あのさ、ひとつ疑問に思ったんだが……この世界にいるのは、本当に人か?」

「え?」

「だって、最初に遭遇したのが『川の精』だぞ!? もし異世界だったら、ゴブリンとか、魔獣とか、そういうのに遭遇するかも……」

「なーにビビってんだよ。変なのと遭遇したら、戦うしかねぇだろ」


 なんだ、この戦闘狂女。いや、戦闘狂だから番張れてたんだろうけどさ。この楽天思考はオレも真似したい。


 グウウウウ……。


 おもむろに腹が鳴る。情けないが、オレはさっきから空腹だ。異世界にトリップしてから、水しか飲んでいない。水は今のところもういいけどな。


「あー……腹へった」

「そろそろ日も暮れ始めてきたしな。さっさと村的なところを見つけないとまずいかも」

「でも、村が見つかったとしても村人が人間とは限らないだろ? しかも言葉が通用するかも怪しい」


 先ほどの川の精は何か言っていたがまったく言語は理解できなかった。ただ「なんか怒っている」としかわからなかった。行動から、多分ジッポのオイルで川が汚れたことに怒っていたのだろうということくらいしか……。


「……ん? おい、サキ。前方600ⅿくらい、なんかキラキラしてねぇか?」

「え?」


 前をよーく見てみると、確かに何か白い光がある。村……か? にしてはキラキラしすぎているというか。炎の灯ではなくて、他の発光体のような……。でも、中にはオレンジの光もある。

 村……なのか?


「とりあえず、行ってみるか?」


 高坂にたずねると、大きくうなずいた。


「行くしかねぇだろ。ここで野宿すると言っても、食い物がないからな。パンのひとつやふたつ、どうにかしてかっぱらえるかもしれねぇ」

「いや、ここは穏便に分けてもらうとかいう発想はねぇのか?」

「お前はお人よしだな。言葉が通じなかったら、かっぱらうしかねぇだろ」


 ああ……この女は。まるでナチュラルボーンバンデットじゃねぇか。こいつ、普通にしていれば(格好はともかく)かわいい女子と言えなくもないのに、口調と腕っぷしの強さと発想がヤンキー……いや、犯罪者のテンプレだ。犯罪者にテンプレも何もあったもんじゃねぇとは思うが。


「さ、目的地が決まったとなれば、さっさと行くぞ!」

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