この世界で君と、何を謳おう

鳴宮琥珀

多様性?




 俺の兄には、男性の恋人がいる。

 優しくて、物腰が柔らかで、そして笑顔が魅力的な人だ。











 ***


 朝、ホームルームを控えた教室内はざわついている。

 毎日のように顔を合わせている相手なのに、よく話題がつきないなと、いつも不思議に思いつつ、俺はそれを眺めていた。目立つこともなく、かといって孤独でもなく、それなりに友達がいる、個人的には理想のような学校生活が送れていた。


 中学二年生というのは、中学校に慣れてきて、かつ受験生でもない、一番穏やかな時期だと思う。周りの人とも打ち解け、すっかり仲良くなったクラスで、毎日話題が溢れている。




 そんな今日、保健体育の授業で、ジェンダーについて学んだ。多様な性、先生が基本的な知識を教科書に沿って教える。六時間目ということもあり、ほとんどが退屈そうに聞いている中、俺はただひたすらに、教科書に並ぶ文字の羅列を眺めていた。


 チャイムが鳴って授業が終了し、帰りのホームルームが終わるとともに先生が教室からいなくなると、解き放たれたようにみなが話し始めた。


 部活に行く準備をしながら友達と話すもの、自主勉強を始めようとするもの、一人で帰りの準備を淡々と進めるもの。


 俺は今日、部活が休みだったので、例にならって友達と話しながら帰りの準備を進めていた。


 その時、



「なあ! さっきの授業の話なんだけどさ」



 一際大きな声が、教室内に響いた。思わず耳を傾けてしまう。


 話の中心にいるのは、クラスの中でも発言力の大きい男子、芹澤せりざわだ。顔が整っていて運動が得意だから、女子からも人気のあるようなヤツだった。


 ただし、俺は芹澤のことは少し苦手だった。発言にデリカシーがないのだ。彼のいるグループは、他人の悪口で盛り上がったりするような人達が集まっている。



「同性が好きなヤツって、実際結構いるんかな?」



 芹澤から出た言葉に、小さくため息が漏れた。教室内のざわめきも、少しおさまったように感じる。みな、芹澤の発言に注目しているのだ。



「そんなにいてたまるかよ~(笑)」



 芹澤を中心とした数人のグループが盛り上がっている。あまり聞きたくない話だが、嫌でも耳に入ってきてしまう。何となく教室から出て行きにくいし。



「てかさ、このクラスにもいたりするんかな?」


「えっ! 普通のフリして紛れてるってこと?」


「男だったらさ、俺達と普通に話しながら、そういう目で見てるヤツがいるかもしれないってことだろ?」


「うわっ! キモっ! 俺、絶対に無理だわ!!」



 身を震わせながら、わざとらしく声を上げる奴ら。


 耳を塞ぎたくなるような話。沸騰に近い怒りや悔しさがこみ上げてくるも、反論する勇気が出ない。ここで俺が何か言えば、俺自身が見られてしまう……



(って……俺、なに考えて……。最低だ)



「まあ…実際さ、いたら戸惑うよな。どういう反応すればいいのかってさ……」



 俺の近くにいた友達が、小声で話しかけてくる。この言葉にこそ、どう反応すればいいのか分からなくて、この場をどう切り抜ければいいのか、なんて考えてしまう。



「あのさ!」



 完全に静まり返った教室内に、凛とした透明感のある声が響いた。芹澤たちのグループが、視線を上げる。クラスの人達も、気まずそうな雰囲気を出しつつ、声のした方に目を向ける。俺も顔を上げた。


 佐倉笑茉さくらえま


 成績優秀で、かわいいというよりも美人という言葉が似合う女の子。名前の漢字にもあるように、笑顔が素敵な子だ。長い黒髪を、いつもポニーテールにしている。


 クラスの女子の中で、発言力のある子だが、こちらは芹澤たちとは違い、はっきりとしながらも、正義感の強い感じだった。



「何だよ、佐倉」



 芹澤が声をかける。彼が佐倉のことを気になっているということは、みな何となく気づいているので、慎重な面持ちで二人のやりとりを見守っている。


 俺も、佐倉が何を言い出すのか分からず、内心ドキドキしていた。



「私、女の子が好きなんだけど」


「………は?」



 佐倉の発言に、芹澤は眉をぴくっと動かした。



「だから、私、女の子が好きなの。ごめんね、


「………————」



 佐倉の堂々とした物言いに、芹澤も他の男子達も黙り込んでしまった。俺もビックリしていた。




「私みたいな子って、案外近くにいたりする。でも言い出せないの。それがどうしてか分かる?

 あんたみたいに、声を大にして、気持ち悪いって言うやつがいるから。そして、それに同調するヤツがいるから」



「……————」



「私たちだって、普通の人間だよ。普通に恋して、普通に傷つくの。同じなのに、どうしてそういう配慮ができないの?

 別に、気持ち悪いって思ったっていいよ。どう感じるかは、その人次第だし、自由。受け入れろって強制したいわけじゃない。

 でもね、それをわざわざ口に出す必要って、どこにある? もし、誰にも言えなくて悩みを抱えている子が、このクラスにいたとしたら、その発言を聞いてどう受け止めるか、あんたは考えたことあんの!?」




 心の叫びに近い声を、佐倉は発した。クラスは静まり返り、芹澤も男達も、あっけにとられたように口を開けたまま固まってしまう。


 佐倉は、言いたいことを言い終えたと一度上を向くと、深呼吸をし、颯爽と教室から走り去っていった。


 その瞬間、俺の身体が勝手に動き、彼女の後を追うように駆け出していた。友達の驚く声が聞こえたが、不思議と走り出す自分を止められなかった。


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