キミとシャニムニ踊れたら 第8話「向き合えない」
蒼のカリスト
「向き合えない」
1
体育祭当日。曇り模様のその日、私は障害物競争の待機場所でその時を待っていた。
借り物競争が始まろうとしていたが、どうでも良かった。
妃夜が、悪いんだ。何で、中村と仲良さげに会話していたんだか。 あんなことしておいて、どうして?
何で、あんなことを言ったのか、自分でも理解は出来なかった。
「いい加減、仲直りしろ」
背後から、同じ組の朝が、あたしに語り掛けて来た。
「誰と、何を、何で、何処で、いつ?」
「変な意地張るなよ。お前の大好きな後悔することになんぞ」
あたしは、朝の言葉を後目に、借り物競争が始まったので、視線をそちらにずらすことにした。
先ほどから、何か騒がしく思えるのは、何故だろう?と熟考したが、考えても、遠すぎて、訳が分からなかった。
その際、近くに男子がこちらの方へ、一直線に向かって来た。
「はぁ・・・はぁ・・・。誰か、こちらにチューしたことある人いませんか?」
ザーっと、頭の中に砂嵐が発生し、あの時の気分が蘇って来た。
「おい、晴那?大丈夫か、顔色悪いぞ?」
「無理かもしれない。これ考えたヤツ、ぶん殴ってでも、止めないと」
あたしは般若の形相で、静に立ち上がり、今すぐにでも、体育祭実行委員のあのふざけた女を始末せねばの勢いで、動こうとしていた。
「ひィィィ」
悲鳴を上げるチュー男から、視線を逸らし、動き出そうとした直後、現れたのは、朝原先輩だった。
「やめろ、晴那。頭冷やせ、今は競技前だ」
「すいません」
チュー男は、対象の相手を見つけ出すことが出来なかったので、別の方向へと消えて行った。
「助かりました、純先輩。これがあの人だったら」
「おい、お前等、わたしの陰口なら、失格にすんぞ、コラ」
朝の陰口で出現したのは、この体育祭実行委員会の委員長を務める宝多先輩その人だった。
「だったら、何なんすか、あのチューとか?」
「すいません、この中に別れたけれど、ヨリ戻したい人いませんか?」
「告白したことある人いないかなぁ?」
借り物競争の他の選手から聞こえて来る珍妙な言葉の数々に、あたしの怒りのボルテージが、徐々に上がり始めていた。
「何やってんだよ、あんた?ガチで?」
「やだぁ~、怖い怖いぃ。体育祭だよ?恋が生まれる季節だよ。これは皆で、応援したいじゃん!皆で幸せに!」
「チッ・・・。くだらん」
「なんだよ、ジュンジュン!皆で恋愛しようぜ!家族になろうよ」
「そういう所がむかつく、恋愛なんてくだらん。モテてないお前に言われても、虚しいだけだぞ」
「こんな芋臭い見る目の無い男に興味はありません!わたしはわたしですぅ」
朝原先輩と宝多先輩は仲が良くない。周りからは、そう見えるようだ。 こんなしょうもない言い争い出来るんだから、本当の所は分からない。
あたしは少し冷めたので、そのまま地べたに座ろうとした時だった。
「あれ?ひよじゃね?」
「えっ、どこどこ?マジマジ?アノコが、せなっちょのLOVEな」
他の男子がざわつき始めた。私の噂がどうであれ、こんなことをよくもまぁと腹は立ったが、今はそれよりも、妃夜の動向に頭が動いていた。
どうやら、一組の方に向かっていた。一体、どんな酷い内容だったかは、想像に難くない。
「ねぇ、せなっちょ、今度連絡先教えてよぉ。気になるじゃアン」
「佳乃、性格悪すぎだぞ」
「だってぇ~。人に深入りすることが無くて、いつも距離取ってたせなっちょが、変わる切っ掛けをくれた子だよ?どうあれ、感謝してるんだよ」
「だとするなら、美世の考えは正しいな。絶対に合わせるべきではないな」
宝多先輩の言葉は正しかった。
あたしはいつだって、後悔しないと言いながらも、あたし自身はいつまで経っても、中途半端だった。
悔いばかりを残して来た。悔いなくやるつもりが、いつだって、禍根を残して来た。
こんなあたしだからこそ、変わりたい。そう思えたんだ。
「おい、あの電波女が」
妃夜が加納さんと共に歩き始めた直後、別クラスの女子が接近して来た。
あたしの体は、いつの間にか、引力で引き合わせるように、キミの方に走り始めた。
「おい、せなっちょ!失格にすんぞ」
「止めても、無駄ですよ。ああなったゴリラは手が付けられん」
「やっぱり、晴那のヤツ、あいつは」
「間違いなくだけど、せなっちょ。あの子にLOVELOVEちゅっちゅみたい」
後ろから、聴こえて来るやり取りにあたしの心は揺れていた。
こんなあたしでもいいのだろうか?自分を信じてくれた人を裏切り続け、誰かに愛されることを拒み続けたこのあたしが、誰かを愛してもいいのだろうか?
あたしは大会と同じ位の勢いで、そのまま、電波女の下へと走り出した。
2
「お前、何やってんだ」
「あかつき?」
大急ぎで、一組の待機エリアに現れたあたしは、既にダウン寸前の妃夜の為にも、此処は何としてでも、切り抜かなければと思い、彼女の手を取ることにした。
「いっこか、ヴィーっち」
「うん」
近くに居た加納さんと別クラスの女子2人は、手を繋いで、大急ぎで体育祭実行委員の下に駆け寄ろうとしていた。
「何やってんの?」
「いいから、手を握る」
彼女の言い分は最もだったが、あたしは妃夜の手を握り、すぐにでも保健室に運べるように、全速力で走り出した。
きっと、キミは怒るだろうけれど、こんな所で投げ出したら、ダメだよね。
何とか、実行委員の下に辿り着き、妃夜は彼女に指令用紙を手渡した。
「はぁはぁはぁはぁ・・・はやすぎ」
「好きな人ですね。お幸せに」
「いくよ、妃夜」
「まってぇ、ちょ」
再び、走り出したあたしと妃夜は次の同じクラスの男子の下に到着した。
息切れを起こす彼女の代わりに、あたしは意気揚々と男子にハイタッチをして、ようやく妃夜の出番が終わった。
同じタイミングで、彼女の意識は途切れ、倒れ込んでしまった。
「羽月さん?」
「ひよちゃん?」
「やっぱり」
周囲の反応を背に、妃夜は先生たちに担架によって、運ばれていった。
あたしは実行委員を睨み返し、所定の待機場所に戻ることにした。
もしかすると皆の言う通りなのかもしれない。 あたしは妃夜を愛しているのかもしれない。
この思いが、世に言う愛してるであり、彼女をどうにかしたいからの行動なのかもしれない。
お互いが変わらなきゃ、きっと、あたし達はいつまで経っても、過去から逃れられない。
その刹那、背中を突き刺すような視線があたしを襲った。
そういえば、いつかもと思い、振り向くとその先には間宮さんの姿があった。
間宮さんはテント越しから、険しい眼差しであたしを見つめていた。
3
その後の障害物競争も、何とか逃げ切り、紅組の勝利に導くことが出来た。
途中、足つぼマットに悶絶する者やロシアンビリビリペンで絶叫して、脱落する者も大勢いたけれど。
その後も、激闘に次ぐ、激闘があったが、あたしには関係ないので、気付けば、昼休みに突入していた。
昼休み前、あたしは弁当を食べる前に、妃夜の下へ行こうと保健室に向かっていた時だった。
妃夜のお姉さんと妃夜のお母さんとすれ違った。
「こんにちは」
「こんにちは、暁さん」
「妃夜に遭いに行くところかしら?」
「はい。そうです」
「そう、これからもあの子を宜しくね」
妃夜のお母さんたちと離れた際、あたしは嫌な感情に襲われた。 妃夜のお姉さんはあたしに視線を合わせていなかった。
何処か、遠くを見つめながら、会話している彼女の姿にあたしは自分も同じだから、よく分かる。
この人は自分以外、どうでも良い人間なんだろうな。
もうすぐ、昼休みも終わるので、大急ぎで保健室に辿り着き、わざとらしく、扉を開けた。
「妃夜!生きてる?」
「保健室ではお静かに!」
「すいません・・・」
養護教諭の西川先生に窘められながらも、布団で自らを隠す妃夜と先ほどと打って変わって、優しい瞳でこちらを見つめる間宮さんにあたしは少し戸惑いを隠せなかった。
「うるさくなりそうなんで、私は昼休憩行ってきまぁす」
何かを察した西川先生は、保健室から姿を消した。
現状、保健室はあたしと間宮さん、妃夜の三人のみという異常な空間と化していた。
「あのさ・・・、妃夜」
布団越しに視線を合わせ、あたしは彼女に思いをぶつけることにした。
「そのままで聴いて欲しいんだけどさ」
きっと、聴いてるであろう彼女に対し、あたしは今言える言葉で自らを奮い立たせた。
「あたし、勝つからさ。だから、リレー見て欲しい。それと・・・」
少しの沈黙の後、あたしは頭が真っ白になったが、最後の最後に言いたいことを言えた。
「あの時はごめん・・・。本当にごめんね・・・」
すぐさま、保健室を出て行き、鼓動の音がうるさく鳴っていた。
彼女が愛しているからの言葉なのか、それとも、ごめんと言えたからのうるささなのか?
すぐにあたしは、教室に戻り、お弁当を食べる為に走り始めようとしていた時だった。
「暁さん!廊下は走らない」
「すいません・・・」
保健室の前で、休憩したはずの西川先生が待ち構えていたのは、本当にこの人は性格の悪い人だ。
5
昼休みも終わり、綱引きを気合とやる気で乗り越え、いよいよ、リレーが近づいていた。
舞台は全長200mのグラウンド全体を舞台に、各学年のクラス毎に構成された全12組のチーム対抗戦で行われることとなっていた。
予選は4×100m走るが、決勝戦は4×200m走るようになっている。 決勝の為に余力を残すか、最初で飛ばすかも試合の鍵となっている。
その中で予選1位のチームと着順4位のチームが決勝戦に進出出来るルールとなっている。
あたし達2年1組含む予選第1組は、1年2組、1年4組、3年3組と言う構成だった。 スターティングメンバーは、最初が天、次が緋村、その次が結城、そしてあたしが最後の順番だった。
3組には、元陸上部部長のたかちゃん先輩こと、三島先輩がいる。
正直、勝てるかどうか、怪しいが今は妃夜に勝つと言った手前、何としてでも、勝たなくてはという気持ちだけで、望んでいた。
今日のあたしは絶好調のはず。ここ最近は、気持ちが乱れていたが、何とかなるだろう。
今はその気持ちで押し切るしか、考えられなかった。
「先輩、大丈夫ですか?世界が終わりそうな表情でやれますか?」
あたしに背後が声を掛けて来た櫻井の声は何時にも況して、トーンが落ちているように聞こえた。
「そういう櫻井は何で、涙声なの?」
振り返った彼女はとてつもなく陰惨としており、泣き腫らした瞳をしていた。
「さっき、華先輩に鳩尾ぶち込まれました」
「なんで?」
「あなたを嵌めて、華先輩を勝たせる為に決まってるからですよ」
「そんなにあたしが憎い?」
「憎かったですよ。あなたが居なければ、華先輩はもっと上に行けてた」
あたしは彼女の八つ当たり染みた話を聴き続けることでしか、許されないのだろうと思った。
「だけど、華先輩に言われたんですよ。お前もアタシを見下していたんだなって」
「それは違うよ」
「はっ?」
「櫻井の言う通り、あたしが居なかったら、中村はもっと上に行けてたかもしれない」
ピストルの音が場内に響き渡る。
天が走り始めたが、どう足掻いても、その距離を埋めることは叶わず。3位を何とか、維持することが精いっぱいだった。
「それって、どういう意味ですか?」
「梅、本当にお前はあいつの何を観てたんだ?」
「何って」
天がバトンを緋村に手渡した、次は緋村にバトンが渡った。
緋村はここぞとばかりに、大振りで走り始め、少しずつだが、差を縮め始めようとしていたが、現在1位のたかちゃん先輩率いる3年生には追いつくには至らず、未だ3位のまま。
「あたしをどうしようが、梅の勝手だ。妨害しようが、何しようが、あたしは自分の力でぶち壊してやる。だけど、本当に好きな人だったら、最後まで信じてあげなよ」
「何なんすか、今更、そんな話しても遅いんですよ」
梅はあたしの体操服の袖を掴み、今にも押し倒そうとする勢いで掴みかかって来た。
「だったら、今ここで辞退してくださいよ。華先輩のことを思うなら」
「あたしは勝つから。絶対に」
近くに居た体育祭実行委員と教師が近づいて来ると梅はあたしから離れ、持ち場に着いていた。
それから、結城のバトンを受け取り、あたしは残りの2人を追い抜き、リレー1位を獲得することが出来た。
梅は集中力が切れていた所為か、4位と言う惨憺たる結果で終わってしまった。
「流石、部長。俺らじゃ、一生足掻いても、無理ゲだわさ~」
「流石、脚だけは天才的ですわ」
「あんなに練習はグダグダだったのに、マジの選手は凄いんだな」
決勝に進んだあたし達は別の待機場所で会話する最中、あたしは独り集中していた。
「あー、部長、ゾーンに入っちゃったわ、これ。今は何言っても聞こえてないヤツだこれ」
「今はほっときましょう。さぁ、次も1位を取りますわよ」
「矢車さんはもう少しスタートダッシュ気をつけろよな」
「テツ、ちょっと、いいかな」
結城と緋村の2人は少し距離を取り、何かを話し始めていた。
「晴那、飛ばし過ぎではありませんの?」
「大丈夫、次も勝つから」
「あんまり、気負い過ぎないことですわ。決勝でやらかしたら、元も子も無いのですから」
「それは天もだよ」
「ぐうの音も出ませんわ」
「それよりも」
「中村さんですわね」
1年1組、2年4組、3年1組、3年4組のリレーメンバーとなっていた。
「あー、優勝候補だ」
バンと号砲が鳴り響き、中村達のクラスが走り始めていった。
首位は3年4組が序盤は独走状態だった。
他のグループも走るものの、やはり陸上部の車谷先輩やサッカー部、バスケ部のスター軍団で臨んだ彼等の走りは圧倒的なものがあった。
「速いですわね。他の方々がまるで赤子のようですわ。それでも、2年4組はバトンパスがとてもお上手ですこと」
「リレーはどれだけ速くても、バトンパスが上手く決まるかが、勝敗の鍵だからね。ちゃんとオーバーゾーン内で収めてるのは、凄いよ」
「我々とは大違いですわね」
天の言う通りだ。いつも、バトンを触りながら、パス練習をするわけでもないあたし達と違い、2年4組のバトンパスの練度は少し違うように見えた。
そして、2年4組最終走者こと、中村のターンがやってきた。
現在の1位は3年4組の男子から、陸上部の車谷先輩にオーバーゾーンぎりぎりで手渡し、走り始めたその刹那、ほんの数秒の出来事だった。
中村が車谷先輩を追い抜き、トップに躍り出たのだった。
その走りは一朝一夕で得られるようなそんな走りではなく、一歩一歩が丁寧でありながらも、力強く踏み込みつつも、堂々とした一歩で独走し、ゴールしていった。 そこから、3年4組が5秒差で到着し、3年1組、1年1組が到着と言う結果となった。 会場は大きな歓声で動揺で大きく揺れた。校内随一の不良が現役陸上部を追い抜くのだから。
油断したわけでも、手加減したわけでもなく、全員が本気で走っていた。 それだけに、中村の走りはあたしから見ても、現役陸上部とそん色ないレベルの走りに思えてならなかった。
「やはり、速いですわね。中村さん」
「そうだね」
あたしは知っていた。中村がいつもトレーニングをしていたことを。 陸上教室を辞めても、諦めず、黙々と頑張っていたことを。
そんな彼女を追い詰めたのは、他でもないあたしだ。
だからこそ、あたしは負けられない。勝って、証明するんだ。華が凄いということを。
それがあたしの出来る罪滅ぼしだから。
「華ちゃんには、暁先輩には勝てませんよ。私が勝てるようにしてあげますよ」 櫻井の言葉がアタシの頭からずっと離れない。
あいつの言うように、アタシはいつだって、晴那に勝てなかった。
勝てたのは、最初だけで後は急激に成長していくあいつの背中を追うばかりだった。
いよいよ、決勝戦間近のリレー待機場所。
アタシの組は三年と朝原と車谷、そして、晴那という陸上部のエースばかりが、ラストと言うガチの編成だった。
今すぐトイレに駆け込みたい気持ちでいっぱいだった。
しかし、もう逃げたくは無かった。ここで逃げたら、アタシの人生は終わってしまうからだ。
「こんな形で陸上部が集結するとはな。こうなって来ると春が居たら、リレーメンバー全員集結だったのにな」
「それは無理だよ、純ちゃん。それを覆した元天才がいるんだよ。ビックリしたよ、こんなに元天才ちゃん速かったんだね」
嫌われても仕方ない。車谷はアタシと同小でいつも陰口言ってた女だ。
今もさっきの走りはマグレとでも勘ぐっているのだろう。
「そんなことないっすよ、先輩」
先輩2人の会話を遮ったのは、他でもない晴那だった。
「あたしは知ってますから。華は強いってこと、誰よりも努力して、誰よりも速いってこと」
アタシの心は何処か、許された気がした。憑き物でも落ちていくみたいに、心が楽になった気がした。
「えぇ~。色んな人ぶん殴って、女子の髪引っ張ったヤツだよ。しかも、晴那の大好きな」
「その辺にしとけよ、明里。そういうのは、ここで結果を示してからにしろ」
朝原の言葉にはいはいと交わす車谷たちは、会話を辞め、集中し始めた。
「それでは位置について下さい」
全選手が整列し、その時を待っていた。
「位置について、よーい」
アタシと晴那、もう一回が無い最後の戦いの幕が開いた。
6
ようやく、あたしの所に結城からのバトンが届いた時には3着だった。
天が出遅れ、緋村に何とかバトンを繋げたものの、明らかに手を抜いたようないい加減な走りを見せていた。
結城が何とか、途中で失速した3年生の先輩を追い抜いたお陰で、3着にこぎつけたが、この状況を打破しなければならないと大きな責任が圧し掛かって来た。
その前に華は独走状態で首位をキープしたまま、既に半分を走り終えそうな勢いだった。
1位は絶望的な状況に於いて、あたしは妃夜への約束を反故にしてしまったことが、何よりも悔しかった。
結城のバトンをオーバーゾーン内ギリギリで受け取り、出だしは悪くなかったが、あたしの手前には朝原先輩が一歩も寄せ付けない走りで圧倒していた。
天候は曇り、湿気が少し重く今にも雨が降り出しそうな中、これまでの蓄積した体を振り絞るように走り続けた。
全てが現実味が無くて、一歩一歩が絶望的に重い。
何より、後ろに控える車谷先輩の圧もあると言う最悪な状況であたしは勝たなきゃいけないと頭では分かっていても、気持ちが既に限界を迎えていた。
何とか、朝原先輩の背中が見えて来た60m付近。
考えるのは、ここに居ないキミのこと。倒れてから、妃夜は一度も訪れてはいない。
考えが遅いように思えてしまう。こんな経験は華に殴られかけた時以来だった。 いつも喧嘩を仕掛けて来ては、いつも殴り返し続けていた。
だけど、本当は違った、違ったんだ。本当は華はあたしを慰めたかったんだと気付いたのは、10回目の・・・。
「負けるな、せなぁぁぁぁぁぁ」
大声で聴こえたのは、紛れもない妃夜の声だった。
「負けるんじゃねぇよ、せなぁぁぁぁぁ!」
妃夜の言葉にあたしは考えることを止めた。今はその時ではない。
バカなあたしがどれだけ、過去を思っても、過去は変わらない。
だから、変えるんだ。今ここで。
「おせぇんだよ、ばかひよ」
吹っ切れたあたしは、ギアを上げ、これまでにない足取りで朝原先輩の背中までたどり着き、すぐさま追い抜いて行った。
バカなんだから、考える暇があるなら、走れ走れ走れ。勝つとか、負けるとか、そんなことはもうどうでもいい。
それがキミが切り開いてくれた道の答えだってことを。
「ゴォォォォル!優勝は、2年4組、白組こと2年4組!序盤から、勢いそのままに、最後まで走り抜いた2年4組でした!2着は紅組2年1組、3着に紅組3年1組が入って、4着に白組3年4組が入って来ます」
あたしは華に、2年4組に、負けたのだ。
あたしは汚いグラウンドに倒れ込んだ。
人生が掛かった訳でも、死ぬわけでも無いのに、緊張の糸が切れたのか?それとも、妃夜に勝つと言った約束を守れなかったことが悔しかったのか、しばらく体を動かすことが出来なかった。
「ふっざけんじゃねぇぞ。てめぇ、陸上部の癖に、てぇ抜いただろ?」
「何のことだか、わっかりましぇん!」
緋村と華が言い争いをしている。正直、今となってはどうでもいいことだ。
緋村がどうしようが、あれ程、バトンパスを上手く繋げ、一つになってたチームとあたしが練習を疎かにした所為で、連携も学習も無いワンマンチームでは結果は歴然だった。
「おい、起きろよ。いつまで泣いてるつもりだ」
「泣いてない」
あたしを引き上げてくれたのは、他でもない華だった。
涙目のあたしは分かり易い見栄を張ってしまったのは、あれだけのことを通しても、あたしは何も変わってなかったことだった。
「いい加減にしろよ」
華があたしの肩で抱え、歩き始めた時、耳元で彼女が囁き始めた。
「晴那、好きだ」
「うん」
「あの時のケリをつけようぜ」
少しばかり歩き、あたしはこの無意味な戦いに終止符を討つことにした。
その結果、華が傷つくことになったとしても。
7
大雨が吹き叫ぶあの時の夕方の公園。あたしは、かーちゃんに頼み込み、車で此処までやって来た。
「頑張って」
無責任な言葉だけど、何処か心強いかーちゃんの言葉を背にあたしは傘を差して、少し待っていた後に合羽姿の華が駆け付けた。
「すまねぇ。待たせちまったな」
「今来た所だし、車だし」
「そっか。それでさ、さっき、小松に絡まれちゃってさぁ」
「そういうのいいからさ。さっきの答えだけど」
いきなり、確信を突いた行動にも、華は臆することなく、あたしを見つめていた。
「そうだよな。だけど、その前に話したいんだ。」
「こんな大雨の日じゃなくても」
「それでもだ。アタシ、親からスマホ没収されてっからよ」
その話は梶野から聞いていた。妃夜の髪を引っ張った一件で解約されたらしいと聞いていた。
だから、ここに来た。連絡さえ出来たら、こんな面倒なことはしなくていいのにと。
「だったら、先に言いたいこと言っていい?」
「何だよ?」
「あたし、後悔しないで生きようって、これまで頑張って来た。だけど、そんなのは無理だった。どんなに頑張っても、後悔はするし、誰かが傷つく。だから、何処かで妥協すれば、それでいい。そう思ってた」
華は真剣な眼差しで視線を逸らさず、あたしの話を雨の中でも聴き続けていた。
「だけど、その妥協で誰かが傷つくことをあたしは知らなかったんだ」
あたしは知っていた。華があたしに喧嘩を吹っかけ続けたことで、家族との折り合いが悪化したこと、周りからも遠ざけられてしまったことも。
彼女の喧嘩の意味が、本当は駆さんのことを忘れさせたかったと言うことだった意味とも知らず。
「だから、分かんないんだよ。何で、どうして、妃夜の髪を引っ張ったんだよ。あたしの・・・あたしの所為なの?」
「それはちが・・・お前、真面目バカかよ。責任感じ過ぎだろうが。あれはあいつにムカついただけだ。晴那、お前は何も悪くねェ」
一瞬だけ、華の表情が歪んだように見えたが、彼女の真摯な言葉にあたしは少しばかり、言葉に詰まった。
後悔したくないと言い続けて来たが、実のところ、一番後悔していたのは、あたしだった。誰よりも前に一歩踏み出せていなかったのは、あたし自身だったんだと。
「だから、気にすんな」
無言のあたしに華は再び話し始めた。
「じゃあ、今度はアタシの番だな」
華は一度躊躇いを見せたものの、再び息を吸い込み、言葉を発し始めた。
「なぁ、晴那。もう、自分の所為とか言うな。もう、後悔とかしなくていい。だからさ、同情も情けとか、そういうのはもういいんだ」
華は右手をあたしの方向へ差し出し、儚くも何処か憂いを帯びた表情で言葉を発した。
「惨めだと思うなら、アタシと死ぬまで隣に居て欲しい。お前と一緒じゃなきゃ、ダメなんだ。だから、アタシを一人にしないでくれ」
華の言葉にあたしは傘を離してしまう程、涙を零してしまった。
分かっていたはずだ。彼女があたしを愛していたことも。
どれだけ、手で覆っても止まらない涙に、あたしは立ち尽くすばかりだった。
「おい、晴那」
「華、ありがとう。ありがとうね」
「うん・・・」
あたしは知っていた。彼女がいつも特訓していた理由。
その理由があたしに勝たなきゃ、あたしの隣に歩むと言う意味であることも。
だから、言わなくてはいけない。言わなきゃ、新しい一歩を踏み出す為に。
「ごめん、ごめんね・・・ごめんなさい・・・。あたし、華と一緒に歩けない。向き合えない。華を後悔させたくない、だから」
華は合羽姿のまま、あたしを抱き締めた。
華は声にならない声を発し続けていた。
あたしは彼女を傷つけることしか出来ない。あたしと彼女は同じじゃないから、分かり合えない、理解も出来ない。
この雨があたしの過去も、華の過去も清算はしてくれない。あたし達の後悔はこれからも、後悔の傷を抱えたまま、命尽きるその日まで、忘れることは無いのだろう。
だから、今はこれが今生の別れではなくて、新しい一歩を踏み出す為の大きな前進と信じて。
キミとシャニムニ踊れたら 第8話「向き合えない」 蒼のカリスト @aonocallisto
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