コイコイの日
鹿島薫
第1話
「海を見ながら、空の絵を描いているの」
少女の言葉を聞いて、なるほどと合点がいった。
画用紙一面に広がる青には所々、雲が浮かんでいて、真上にはオレンジ色の太陽が輝いている。確かに空の絵なのだが──。
色が濃いのだ。コバルトブルーのその色は、彼女の頭上に広がる淡い水色ではなく、眼下に広がる海の、黒みを帯びた濃い青を表現している。
ついでにイタズラのように雲の形が魚になっている。
彼女の絵を見て感じた、不思議な色づかいは彼女の説明を聞いて、納得した。
「そういえば……今日は5月1日……“コイコイ”の日だ……」
──私の家のすぐ前には海岸が広がっている。この場所・
それは、五十一回、逢いたい人の名前と“コイコイ”と唱えながら、海の景色を描くと海の向こうからその相手が逢いにきてくれる、というものだ。
こっちへ“来い来い”で“コイコイ”。
十分程、前のこと。散歩中、消波ブロックに腰掛けている少女を見かけた。一人で危なっかしく、思わず話し掛けると「海を見ながら空の絵を描いている」と少女は言った。
「お姉ちゃんも描く?」
少女は人懐っこい性格のようで、とびっきり愛らしい笑顔で聞かれた。少し面食らったが「うん」と応えると、少女は自分が描いているものとは別のスケッチブックを差し出した。表紙をめくると綺麗に色塗りされた絵が視界に飛び込む。
これは……近所のスーパーの絵?
とても上手だ。スーパーの前には女性と女の子が手を繋いで微笑みあっている様子が描かれている。親子なのだろう。
「この絵は学校に行く前、いつもより早く家を出て、描いたんだ!」
うーん、面白い。人気のない、早朝のスーパーを見ながらそこに来る客の姿を想像したというわけだ。
「じゃあお姉ちゃんは自分のお母さんの絵を描いて!」
彼女の言葉に、一瞬、戸惑う。
「……じゃあ、あなたの顔を見ながら描いてもいい?」
「いいよ!」
少女は屈託のない笑顔で笑った。
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