陰陽師の裔

高倉アツシ

第0話【序】宿

第0話【序】宿 ep.1

◆◆◆


 ――戦争が終結した。

 日本は一丸となって米国と戦い、散った。

 敗戦後の日本において、GHQが様々な組織の解体を推し進めた結果、平安の世から連綿と続く陰陽寮おんみょうりょうも解体され、陰陽師の家系である土御門家つちみかどけは野に伏すことになった。

 そして宇部有一郎うべゆういちろうも土御門分家の家長としての責務を果たしきれないまま、岐阜の金華山きんかざんに知人を頼って落ち延びていた。


「まさか、おみゃーさんがワシを頼って来るなんて世も末やわ」

 古ぼけた木造平屋の玄関の軒先。白髪の老人、権七ごんしちが有一郎を見てからからと楽しそうに笑う。その様子を見た有一郎は顔をしかめながら嘆息を漏らした。

「権七よ、こなたとて好きで来た訳でなし。しかし奴らの捜索の目を掻い潜るには、こなたが一番行かぬところが適していると判断したまで」

「そりゃえらいこっちゃね。まあ、長旅の汚れだけでも落として行きゃあいいがや」

「すまぬな」

 足袋を脱いで土間を上がると、有一郎は権七に連れられて奥座敷に進む。

 瞬間。

 静かに、だが確かに、荒い息遣いを廊下の奥から聞いた。

 有一郎は陰陽師としての仕事柄、その異常が妖のものだと察して目を細めた。


 ――雪女。

 廊下の一番奥に座っている妖を最初はそのように思ったが、違う。

 髪は雪のように白く、顔も血色なく蒼白だが、その女の腹から下には脚が6本あるのだ。

「……女郎蜘蛛じょろうぐもか」

「そうだがや。だけんど寄っちゃあいかんやよ。殊におみゃーさんはよ」

 権七が奥座敷の襖を開けながら言った。声は一段と低く、半ば脅しているようにも聞こえる。

「わからんな。そなたとて、かつては本家の陰陽師。妖を祓うのが仕事であったろう」

 まさか後れを取ることはあるまい、言外に含めて尋ねると、老人は首を振った。

「あれは負の遺産だがよ。じゃから祓うことはせんがや。あれを赦すことができる者が現れるのを待つだけやわ」

「赦す? ……バカなことを、バカなことを申せ! 人と妖は共存せぬもの。そなたとて、それを知らぬはずがないっ!」

「人と人とて共存せんじゃないがや。メリケンがこの国で好き勝手放題しちょうよ。それにな、その娘は人を襲わんよ。いんや、襲えんのよ」

「人を襲えない……?」

「憐れな娘だがや」

 権七は疲れたように首を振ると、静かに襖を閉めて自室へと戻っていった。

 有一郎は怪訝に思いながらも、廊下の奥にいた女郎蜘蛛のことを思い出していた。

 腰まで届く長い白髪で顔はよく見えなかったが、こちらに敵意を持っている様子はまったくなかった。

 むしろ、こうしている今も、その女は動きもせずに静かに佇んでいる。

 時折、苦しそうに荒い息遣いが聞こえてくるが、女が必死に声を抑えようとしていることは確かだ。そうでなくては、今にも叫びだしそうなほどに。

 有一郎は少し気になったが、三日間もの間休まず歩き続けた足は腫れており、体は鉛のように重い。

 布団に横になった途端に泥を被ったように思考は塗りつぶされて、有一郎はあっという間に深い深い眠りに落ちていった。



 目を覚ました有一郎は気だるさの残る体を引きずるように布団から出ると、軍服を着て座敷を出た。

 居間に行くと、権七が女の髪を櫛で梳いていた。

 雪のような白い肌に、魅惑的な碧眼、血のように赤い唇。

 アジサイをあしらった水色の着物が女の美しさをより一層際立たせていた。

 有一郎は女の顔から目が離せずに固まった。



(――――美しい)


 それ以外の感想が出ないほどに夢中だった。

 先天的なアルビノなのだろうか。薄い顔立ちに儚げな雰囲気が加わり、この世のモノとは思えぬ魅力をソレは放っていた。

「……美しい」

 不意に口から零れ出た。

 その言葉に自分自身驚いた。

 権七も有一郎の言葉にポカンと口を開けて驚いたが、ややあって首を横に振った。

「有一郎殿、おみゃーさんにも人並みの心があったんだがや。初めておみゃーさんのことを見直したわや」

「それは散々な言いようだな。しかしこなたとてこのような気持ちになったのは初めてだ。その女は――……」

 言葉の途中で気が付いた。

 ——足が六本ある。昨日の女郎蜘蛛の娘。そうと気づいた有一郎は慌てて踵を返して居間から出た。

 外の井戸で顔を洗うために足袋を履いている途中で娘の容姿を思い出して顔が熱くなる。


 ただただ美しかった。

 その一言は紛れもない本心であり、同時に自身の根幹が揺らぎかねない気持ちに恐怖した。

 妖は陰陽師にとって祓うべき対象であり、それ以外の感情は不要だ。

 顔を洗って気持ちを落ち着ければ、また元の自分に戻れる。そう思いながら家の裏手にある井戸へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る