第23話 ご無沙汰?

 ともあれ、何とも楽しいリアクションをしてくれる青年と共に浜辺を歩いていく。えっと、たぶんまだ須磨にいるはずだけど――



「…………ん?」

「……ん、どうかなさいましたかむらさききみさま」

「……あ、ううん」


 ふと声を洩らす私に、少し首を傾げ尋ねる惟光これみつ。そして、そんな彼に軽く首を横に振り……いや、うん、まさかね。まさか、流石にこんな遠くにまで――



「――お〜久しぶりじゃの〜パープル〜」

「そのまさかだったよ!!」


 相も変わらずふらふらやって来る酔っ払いもどきへ声を上げる私。いや何処にでも来るんかい!! あと、誰がパープルだよ。



「……あの、如何なさいましたかきみさま。突然、奇声などお発しになって」

「へっ? あっ、いや何でもな……あれ、いま奇声とか言った?」


 唐突にも程がある私の叫びに、呆然とした表情かおで控えめに尋ねる惟光。……いや、奇声とか言わないで? 急に叫んじゃったのは申し訳ないけど。


 ……ただ、それはともあれ――


(……ねえ、神様。おおかた分かってはいたけど、やっぱり……)


 そう、声を潜め話し掛ける。……いや、もはや何の意味もないんだけどね。分かってはいるけど……まあ、それでも気持ち的に。


 ともあれ……声が届いたのか何となく察したのか、納得したような笑みを浮かべる神様。そして――



「――ああ、もちろんわしの姿はお主以外には見えておらんし、当然のこと声も聞こえとらん。つまり、惟光にはお主が急に虚空へ叫んだように見えてるだけじゃから安心して良――」

「すっごい嫌なんだけど!!」



 ……まあ、それはともあれ――


「……でも、大丈夫なの? こう、懲りもせず私に会いに来て」


 そう、前回を思い出しつつ尋ねる。隣から何とも言えない視線をひしひしと感じるけど……うん、もう今更だしね。


「ああ、もちろんじゃ! なにせ、今日は地元の仲間と天女会に行っておっての。じゃから、帰るのはきっと夜になるのじゃ!」

「……うん、まあ良いなら良いけど」


 すると、私の問いに喜色満面で答える神様。……いや、まあ私は別に良いんだけど。あと、天女会って何するんだろ。ちょっと参加してみた……いや、そうでもないか。



 ……ところで、それはそうと――


「……ねえ、神様。それで、もう一つ聞きたいんだけど……その、あれからどうなったの?」


 そう、恐る恐る尋ねてみる。お仕置き――そう、天女様は言っていたけど……果たして、どんな恐ろし――


「……ああ、あの後じゃが……今までにわしが告げた愛の言葉を三日三晩、一字一句洩らさず国全土へと流され続け――」

「思った以上にえげつねぇ!!」


 いや思ったよりえげつねぇ!! 国全土ってつまりは全国民にだよね!? 私だったら軽く……いや、だいぶトラウマに――


 ……ところで、神様もだけど……いや、国民もだいぶ地獄じゃん、それ。



 ……まあ、それはそれとして――


「……あのさ、神様。すっごい悶えてるとこ悪いんだけど、私ちょっと用事が――」

「え〜つれないのうほのみん。わしゃさみしいじょ〜」

「子どもかよ」


 そう、駄々をこねる神様にすかさずツッコむ。いや、構ってあげたい気もなくはないが……ただ、今はともかく先を――


「…………ん?」


 ふと、声が洩れる。見ると、直前とは打って変わって真っ青の神様。……うん、今回は私にも分かったよ。この、何とも禍々しい雰囲気オーラは――



「――ご機嫌よう、沢山さわやまさん。本日も、主人が甚くお世話になっております」





「……やっぱり」


 そう、ポツリと呟く。そんな私の前には、以前と変わらぬ優美な微笑を湛える女性……うん、やっぱりね。


「……あ、あの、天女? どうして、お前がここに? 今日は、ずっと楽しみにしてた天女会のはず――」

「――ええ、楽しんでおりましたよ。それはそれは、甚く堪能しておりました。ですが――卒然、貴方さまの匂いが何処ぞの忌々しき臭いと交ざる気配がしたのでもしやと――」

「「どういうこと!?」」


 ふと、声が重なる神様と私。いやどういうこと!? それに、なんか言い方が生々しい!! ……あと、いま忌々しいとか言った? 



「……全く、貴方さまときたら……懲りもせず、幾度も幾度も火遊びを重ね――」

「語弊にもほどがあるよ!?」


 そう、鋭い視線で言葉を紡ぐ天女様にすかさずツッコむ神様。……うん、まあ流石にそうなるよね。語弊というか、もはや捏造の域だし。


「……さて、それではどのようなお仕置きを……そうですね、今後50年、貴方さまに対する雲の供給を一切停止し――」

「お願いそれだけは止めてください!!」


「…………ん?」


 まだまだ続きそうな会話の最中さなか、ポツリと声を洩らす私。……いや、割って入るつもりはなかったんだよ? なかったんだけど……でも、どうしても一つだけ――



「――いや製造元あんたかい!!」




「……おや、それも主人から聞いておられなかったのですね。ええ、この私が一つ一つ丹念に裁縫して――」

「あれって縫ってたの!?」

「……それにしても、本当に主人について何にもご存知ないのですね……ぷぷっ」

「性格りぃなおい!!」


 そう、何とも意地の悪い笑みで話す天女様にすかさずツッコむ。……うん、今更だけどもう隠さなくなってきたよね、私への嫌悪。


 ……あと、ついでに分かったわ。異世界より来し者に対する、あの理不尽な扱い――あれは、私に対する彼女の嫌がらせで……うん、なんか陰湿じゃない?



「……さて、それでは帰りましょうか貴方さま。先ほど申したように、今後100年は雲の供給を停――」

「なんかしれっと増やしてない!? いやじゃいやじゃいやじゃ〜! お前の作る雲がなきゃ、わしゃ生きていけんのじゃ〜!」

「…………そう、ですか。……全く、仕方がない神様ですね。それでは、今まで私にくださった愛の言葉を国全土に一週間流すだけで許して差し上げましょう」

「おぉ、なんとありがたや! 愛してるぞ天女よ!」

「……全く、調子良いんですから」


 ともあれ、そんなやり取りを交わしつつ上空へ去っていくお騒がせ夫婦。まあ、何だかんだ仲良さそうなのは何よりだけど。



「……さて、ごめんね惟光くん。遅くなったけど、改めてげんちゃ……ん?」


 そう、随分と待たせてしまって青年へそう声を掛けるも不意に留まる。と言うのも、今しがた去っていったはずの神様がふらふら戻って来たから。えっと、何か忘れ物でも――



「――そうそう、言い忘れておったが光源氏ひかるげんじはもう須磨にはおらんぞ。実は、お主が須磨ここに来てからもう一年ほど経過して――」

「言わなきゃ分かんないような時短をすんじゃない!!」





「……お疲れ、惟光くん。大丈夫?」

「……はい、君さま。ご心配のお言葉、ありがとうございます。君さまこそ、大変お疲れかと存じます」

「……うん、ありがと」



 その後、暫し経過して。

 覚束ない足取りで浜辺へと上がりつつ、互いを労う惟光と私。そんな私達が到着したのは明石――言わずもがなかもしれないけど、明石あかしきみの住まう地で。


 ところで、どうしてこんなに疲れ切ってるのかというと……まあ、小さな船にて此処まで漕いできたから。ええ漕いできましたよ。えっさほいさと二人で漕いできましたとも。……うん、ほんと疲れた。



 ……ただ、それはそれとして。


「……なんか、良いところだよね。須磨も明石ここも」  

「そうですね、君さま。私自身、やはり京都みやこが恋しくはありますが、それとはまた違った風情があるかと」

「そう、そうなの!」  


 そう、沁み沁みと話す惟光に強く同意を示す。そう、そうなの! 京都はもちろん好きだけど、それでも須磨も明石もまた違っ――


「…………あっ」


 すると、不意に声が洩れる。風情漂う立派な邸宅の辺りにて、すっかり馴染みのある美青年と初めて目にする美少女の姿があったから。場所、時期双方から明石の君と見て間違いだろう。お互い、まだぎこちなさはあるものの――それでも、既に多少なりとも惹かれ合っている様子は遠目からも窺えて。そんな二人の姿に、私は――



「……帰ろっか、惟光くん」

「……へっ? あの、光君ひかみきみにお逢いになるのでは――」

「……うん、そのつもりだったんだけど――ごめんね? 付き合わせちゃって」

「……いえ、君さまがそう仰るなら」



 そう言うと、困惑を浮かべながらも素直に従ってくれる惟光。……うん、悪いことしちゃったな。折角、協力してくれたのに。

 


 





 


 







 



 



 






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