第21話 考え直すはずだよね?

 ――それから、月日は経て。



「……さて、どうするべきか」

「ん? 何か言ったかい、むらさききみ

「あ、ううん何でもないの!」



 霞んだ月の浮かぶ、ある日の夜のこと。

 二条院の一室にて、ぼんやり呟きを洩らす私に穏やかな微笑で尋ねるのは、もはやお馴染みと言えよう見目麗しき青年――紫の上わたしの未来の夫たる、げんちゃんこと源氏げんじきみその人で。


 さて、そんな私の懸念とはろくきみ――右大臣の六人目の娘であり、次期帝たる朱雀帝すざくていの后となる朧月夜おぼろづきよに関してで。



 さて、もはや説明不要かもしれないけど――当時の貴族社会は一夫多妻であり、基本的には愛人をもつことも許されている。


 ――だが、朧月夜かのじょの場合は事情が違う。まず、前提として基本的に左大臣家と右大臣家は政敵の関係にある。そして、左大臣の娘であるあおいうえを正妻にもつ源ちゃんは、当然ながら左大臣家に属する。


 そして、前述の通り朧月夜は右大臣の娘――更には、未来の国の統治者トップたる朱雀帝の后となる女性……そんなやんごとなき際の彼女と、よもやそういう関係になったとなれば……うん、これぞまさしく禁断の愛というやつで。



 そして、流石は生粋のプレイボーイと言うか――果たして、本作にてそんなやんごとなき朧月夜さんと懇ろになってしまう源ちゃん。そして、その結果――


 なので、今夜の逢瀬――恐らくは彼女とであろう、今夜の逢瀬を止めるべく手を打つ所存なのだけど……とは言え、実際には然したる不安もない。と言うのも――



「……ねえ、ひかるお兄ちゃん。今日も、どこか言っちゃうの? ……むらさき、さみしいなぁ」

「…………へっ?」




「……あの、どうしたんだい紫の君。いや、そう言ってくれるのは嬉しい、本当に嬉しいのだけど……だけど、ここ最近はそんなふうに甘えることはなかったから、少し驚いてしまってね」


 徐に部屋を去ろうとする彼の裾をそっと掴みつつ、上目遣いで引き留める私。すると、言葉通り頗る嬉しそうにしつつも困惑を浮かべる源ちゃん。まあ、この頃にはもうわりと落ち着いてたからね、紫の上わたし


 ともあれ……うん、別にたいそうな策とか必要ないよね? だって、何と言っても私はあのむらさきうえ――源氏の君にとり、藤壺ふじつぼと並ぶ最愛の女性ひとなのだから。今だって、たいそう困りつつも随分と嬉しそうに……いや、にしても嬉しそう過ぎるでしょ。自分で言っといてだけどちょっと引くわ。


「……いや、しかし……だが……」


 すると、尚も逡巡した様子の源ちゃん。一定の効果は見られたものの、もう一押しくらいは必要か。そういうわけで――ぎゅっと裾を掴む手に力を入れ、花も恥じらう可憐な笑顔で言った。



「――私とその女、どっちが大事なの?」

「どこで覚えたのそんな台詞!?」



 何とも可愛らしく問うた私に、たいそう衝撃の表情かおを浮かべる源ちゃん。ん、そんなに驚くことかな? わりと定番の台詞だと思うんだけど。


 まあ、それはともあれ……うん、いくら源ちゃんでも流石にこう言われてしまえば――



「――聞いておくれ、紫の君。私は、貴女のことを誰よりも愛している。永遠とわの――いや、来世の愛すらもここに誓おう。そして、その愛情あいと言ったら須弥山しゅみせんを支うる大海よりも深く――」


 うんうん、なんかよく分かんないけどすっごい愛してくれてるんだねっ。


「――そして、だからこそ私は行かねばならない。何故なら……私が訪れないことで他の女性ひとの恨みを買うようなこととなれば、きっと貴女との今後にも支障が生じてしまうからね」


 そうそう、だからこそ行かねばなら……ん?


「――こうして貴女をおいていくことは、私も甚だ心苦しい……だけど、これも全ては貴女を一番に想ってこそのこと……では!」

「いやちょっと待てぃ!!」


 いやちょっと待てぃ!! 永遠とわの愛を誓いながらさらっと他の女のとこ行くんじゃない!! そんな軽薄な子に育てた覚えは……いや、別に育ててないけども。



 ……まあ、それはともあれ……うん、まあそんなに焦んなくても大丈夫かな。確か、あれはまだまだ未来さきのはずだし。






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